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夏空のモノローグ Ⅵ

「……あっつ…もう帰っていい?」

「だ、ダメだよ!今から試合なのに!
ほら、整列しに行かないと!」

うだるように暑い日差しが照り付ける中、強化試合はなんとも意地悪な日に行われた。
只でさえダリぃのに輪を掛けてやる気が…

「ほら、行くよ、桑田くん!絶対勝とうね!僕も頑張るからさ!」

ポン、とボールを渡され御園が守備位置へと走り出す、周りの奴等も掛け声をあげながら散っていく。
……ゆっくりとマウンドへ歩く。
なんか、久々だな、この場所も…
あれ?なんでだ?何度もここに居たはずなのに、なんでこんなに懐かしい気分になんだろーな…
ホームベースを見やる、ミットを構えた御園がこっちを見て笑う。

「しまっていこーっ!!!」

御園の声に周りが沸き立つ。
じりじりとマウンドを焦がす射光に呼応して汗が頬を伝う。
ボールを握る手に力が籠もる。
…あぁ、そっか。
俺、長い間、何も見てなかった、いや、見ようとしなかったんだ、このマウンドから…

「さて…とっとと終わらせますかね、クソダリぃからな!」

試合は投手戦の様相となった。
初回、俺は難なく三者凡退※1で相手を打ち取った。
その裏の攻撃、立ち上がりの相手を攻め、ヒットと四球でチャンスを作り、まだマークされ切っていなかった俺がタイムリーヒット※2を打って一点を先制する。

しかし、そこから相手投手も立ち直りスコアボードにはゼロが並んでいく。
相手はそれなりのレベルの高校な様で、こっちの奴等はたまにヒットが出ても後が続かない、俺は2打席目以降は敬遠気味にボールを散らされ勝負させて貰えず追加点が奪えない状況が続いた。

やはり寄せ集めの連中、いくら設備や指導陣が良くともそこまでの実力にはなっていない様だった。

だが有り難かったのは御園の存在だ。
まだストレートしか受けられないが、コースへの投げ分け位は可能だった。
流石にそれなりの高校レベルだとド真ん中のストレートだけでは粘られたりして中々打ち取れないからこれは助かった。
更に御園は打者の打ち気を読むのは得意な様で、上手く内と外のコースを使い分けて打者の読みを外していく。

お陰で試合はスムーズに進行し、遂に最終回まで漕ぎ着けた。
スコアは0対1のまま、この回を抑えれば勝ちだ。

「桑田くん、もう少しだよ、頑張ってね!」

「簡単に言ってくれるねぇ御園ちゃん、ま、ヨユーヨユー、俺だからな」

軽口を叩きながらボールを投げ込み続ける。
簡単に2者連続三振でツーアウト、後アウト1つで勝ちだ。

「これで、終いだッ…!」
渾身のストレート、普通なら空振りする球威、しかしここで打者は予想外のセーフティバント※3を敢行、こっちの意表を突いた攻撃は見事に三塁線へと転がり、セーフとなった。

「ドンマイドンマイ!打者に集中しよう、桑田くん!」

…分かってる、後アウト1つだ、任せとけ…っての!

投げる球に力が籠もる、打者はなんとかバットに当てたが平凡なショートゴロ※4。

「よっし!勝っ…」

瞬間、ショートの送球が上振れる、ファーストはジャンプするも取れず、その間に走者が進んでいく。
送球ミスでのエラー、内容自体は良くない、走者は2塁3塁、一打出れば逆転、だが俺はそんなことはどうでも良かった。

暑さに依るものじゃあない、嫌な汗が出る、どうしても思い出す、あの顔、あの声、あの空気…
動悸がする、まさか、と思って周りを見渡す、周りの顔が歪んで視える、ショートの「ごめん、桑田!」の声も震えて聞こえる。

…なぁ、おい、頼むぞ、違うよな?
お前等は違うよな…?

ふとホームを見やる、御園がこっちを向いて頷く。

「桑田くん!後一人だから!決めよう!ここで!」

御園の真っ直ぐな目と声に頷きを返す。
…大丈夫、後1人だ、これで決める。

続けてインコースを攻め、カウントを作る、追い込んだ、後ストライク1つ。

(桑田くん、ここ!)

御園のサインはアウトコース低め、これが決め球…
ミット目掛けて投げる、バットが空を切る、よし、三振、ゲームセット…!

味方から歓声が上がった…

…否、上がったのは敵側から…!

「振り逃げ※5だぁぁああ!!!」

…御園はボールを弾き、後ろに逸らしてしまったのだ、見失った球を探し右往左往する御園を見て、あれだけ暑かった身体が急速に冷えていくのを感じる。

2人の走者がホームに返ってきたのを見届けてから、俺は、ゆっくりとマウンドを降りた。

周りが何を言おうが上手く聞き取れない。
御園が必死に何かを伝えている、その顔が薄っすらと笑っている様な気すらして吐きそうになる

そうか、これか、これがあの気持ち悪さの正体だったんだ

どこかで今度は、と、期待しようとする俺を、俺自身が諌めていたんだ

煩い、と一言だけ絞り出し、俺はグラウンドを後にした

続く


野球用語解説
※1 三者凡退
野球は1つの回に3つのアウトを取れば終了する、その中で打者を一人も塁に出さず3人の打者で3つのアウトを取ることを指します。

※2 タイムリーヒット
タイムリーとは得点に絡んだヒットの事を指します。つまり、今回の場合、桑田が打ったヒットで点が入った、という事です。

※3 セーフティバント
バントとは、ピッチャーが投げるボールに対してバットを振らず、寝かせたバットにボールを当てて転がす打撃方法のことです。 高確率でボールを転がすことが出来るので主に走者を次の塁に進める際に良く使われます。
セーフティバントは自分がヒットになるように打つバントで、主に足の速い選手が相手のスキを突いて狙います。

※4 (ショート)ゴロ
ゴロとは打者の打った打球が転がる(バウンドする)ことを指します。
ショートゴロであればバウンドしたボールをショートが取ってアウトにしようとした場合を指します。

※5 振り逃げ
本来なら三振の場面で打者が一塁に進塁出来るプレーの事、いくつかの条件下(今回はややこしいので省きます)で打者が三振時にキャッチャーが捕球出来なかった場合、その時点でアウトにならず、一塁へと走る権利が生まれる。
その際もちろんインプレー中なので他の走者も走る事が出来、今回の場合、御園がボールを逸らし、見失っている間に二人の走者がホームに返ってきて2点が入りました。


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