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夏空のモノローグ Ⅷ

「…以上でデモンストレーションは終了です。さて、お待たせ桑田くん。
愚問かもしれないけどどうする?被験体になるかい?今ならまだ止められるけども」

「…はぁ、待ちくたびれたぜ、とっとと始めて下さいよ、別に見てる分には危ない感じも無さそうだし」

「気持ちは変わらないみたいだね、それではこっちへ…それほど時間は取らせないよ、というか半分寝てる間に終わるようなものだから、外科手術でも無いしね」

樽崎に連れられて入ったのはベッドが1つあるだけの簡素な部屋だった。
その周囲に良く分からない大型の機械が設置されていることを除けば、だが。

「今からこの装置を使って才能を植え付けていくんだけども。
具体的には睡眠学習に近いかな、まぁアレは基本紛い物だが、こちらは意識、細胞レベルでその才能に関する知識や思考、行動原理を身体に染み込ませる事により才能の種、つまりはきっかけを埋め込む。
きっかけの有無は案外大事なんだ、そこから一気に才能として花開いていく事もあるし、徐々にかもだが育っていくかもしれない。
先ず種を植える、という行為は案外自力では難しいからね。

とはいえ、急に膨大な要素を身体に植え付けるので勿論負担はあるし、モノになる量も個人差が出てしまうけどね。
身体の許容量に依ってはパンクしない様に身体が元々ある要素を排出してしまう事もある、まぁ、端的に言えば別人の様になってしまうと言っても過言じゃあ無いな。
これが君にとっては一番のリスクだろうがね、まぁ要らないと言うなら問題はないだろう。
ま、説明としてはこんなものかな。
じゃあ、始めるからベッドに寝てくれるかな、準備をするよ…」 

軽く頷いてベッドに横になると樽崎が装置を操作し、俺の周りを機械がドーム状の様に覆っていく。

「それじゃあ始める、まぁ楽にしておいてくれ」

ガコン、と音がして装置が動作を始める。
次第に白い光が溢れ出し、視界がシロに塗り潰されていく…
直後、洪水の様な情報、景色、感情がフラッシュ写真の様に雪崩込んできた。

たまらず悲鳴をあげる、自分が自分で無いような、そもそも自分が自分であるか、分からなくなり、それもあまり考える事も無くなっていき…

光は終息した。

「よし、とりあえずは無事成功、かな?装置を戻すからちょっと待っててくれ」

ゆっくりと装置が展開し、元の形へと戻っていく。
まだ視界がチカチカして、身体も少し鈍っている気がする。

「どうだい?何か変わった感覚はあるかな?」

……頭で少し考えてみると、確かに野球の事については何か靄が掛かった様な感覚がする、例えばどう投げれば良い球が投げられるか、とか、どうスイングすれば上手くボールを遠くに運べるか、といったことがどうにも分からない、というか、今まですっきりしていた部分が全て不透明になった様な気がする。

音楽についてはまだ分からないが、軽く今までの楽譜を思い出すとなんとなく音階やコードがすらっと分かるような…
まだまだ曖昧だが少なくとも以前より数段見識が広がった様な気がする。

「んー…まだ分かんないっすけど、なんとなく今まであったものが抜け落ちて、新しいものが身体に入った様な、そんな感覚はかなりあるっすね、上手く行ってるみたいな気はするかな…」

「まぁあくまで種が植わったところだ、身体に馴染むまで時間がかかるかもしれないし、やってみれば案外すらすらっと上達するかもな。
まぁ、少し残念だけどね、君ほどの野球の才能をむざむざ貶してしまうというのは」

「…いいんすよ、野球なんてやってもダルいだけっすから。
俺1人でやるには野球ってのは不親切過ぎるし、かと言って他人が関わるとろくな事にならないし…。
ま、これからはパンクロックで世界取りに行くんで、お世話になりました、樽崎さん、それじゃあ」

「…あぁ、頑張りなよ桑田くん、良い結果が出る様応援させてもらうとするよ」

ブラブラと手を振ってから施設を出た。
…あぁ、暑い、この暑さ、どうにかなんねぇのかな……ダリぃな………
グッと拳を握る、その力がなんだか少し弱く感じてなんとなく寂しさを覚える自分がいて情けなくなる。
もう、野球は棄てたのに。

野球…そうだ、アイツ等に言わなきゃあな、俺はもう野球辞めるって。
盛大に縁を切って、堂々とミュージシャン目指すって、俺の為に野球する必要も無いし、俺の事、もう鬱陶しい、妬ましいって思って過ごす必要も無いって言い付けてやんねーとな…
ケジメ、つけに行かねーと…

気持ちを振り切るにはどうにも相性が悪い、蒸し暑くて気怠い空が、なんとも恨めしかった…

続く

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