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夏空のモノローグ Ⅸ

…久しぶりに訪れたグラウンドではアイツ等が泥に塗れながら練習をしていた。
…悪く思うなよ、お前等は俺のせいで野球やらされて、無茶苦茶に練習させられてるんだろうけど、その原因の俺は野球、辞めるからよ…

バレないように監督に声を掛けに行こうとしたところで遠くに居た一人が俺に気付いた様だった。クソッ、一番見たくない顔だ。

「く、桑田くん!?桑田くん!!!」

御園を筆頭に駆け寄ってくる奴等を止めるように大声を張りあげようとした瞬間…

「な!な、、何してんだよ、お前等…」

急に思いがけない景色が広がり、大声を出そうとした声が尻すぼみになっていく。御園達全員が土に顔を埋めながら、土下座していた。口々に謝罪の言葉を呟きながら必死に頭を下げている。御園も…泣きながら大声で謝罪していた…

「ごめん、桑田くん!!僕のせいで!!僕のせいで負けちゃって、ごめんなさい!!桑田くんの球、取れなくて…最後の最後だったのに…取れなくて……呆れられても仕方ないよね…
でも、只謝って許して貰えると思ってなかったから…桑田くんが来たらずっと言おうと思って…
本当にごめん!あれからずっと!ずっと!練習したんだ!もう一球も逸らさない様に!!だから、お願い!もう一度僕とバッテリーを組んで下さい!!僕にもう一度、チャンスを下さい!!」

口々に他の部員達も声を上げる。
「もうあんなエラーはしない!あれから死ぬほど守備練習したんだ!」
「桑田を楽にさせるためにマメが潰れまくれるほどバッティング練習してたんだぜ!?」「桑田、頼むよ!また俺等と野球してくれよ!!」

……嫌な汗が吹き出る、咄嗟に言葉が溢れる「し、信じられない、いや、信じたくない、だ、だってお前等は、俺の事が嫌いで、妬んで、蔑んで、ウザいから、あんなこと、したんだろ?俺の事、本当は白い目で、あの目で、見てるんだろ…だから……そうなんだろ!じゃなきゃ…じゃなきゃあ………俺は………」

…本当は分かっていたのかもしれない、でも確認するのが怖かった。
もう嫌だった、どす黒い感情に、渦に、包まれるのは…
もう期待したくなかった、裏切られてまたあんな思いをしたくなかったから…
だから俺は、1人で野球をしたかったのに…
どうして……思い出させやがったんだ…
矢継ぎ早に言葉が溢れる。

「御園ォ!!なぁ、そうだろう?俺がウザいんだろ?わざわざ声を掛けてきて、わざわざ練習してきて、わざわざボール受けやがって!!そんで最後にわざわざ溢したんだろ?俺を笑う為に!嘲る為に!最高に最悪の場面であんな事したんだろ!?
なぁ、どうせそうなんだろ!答えろよ!」

「…桑田くんが嫌い?妬ましい?ウザい?そんな訳ないだろ!むしろ感謝してるんだよ!
前にも言ったけど、僕は桑田くんのお陰で野球にまた戻れた!ここに居る皆だってそうだよ!一度は諦めた野球をやる楽しさを思い出せたんだ!
しかも甲子園だって夢じゃないって思わせてくれたんだよ!

僕が初めて君の球を受けた時、そう確信出来たから…皆にもはしゃいで話してたんだよ!甲子園行こう!って!
皆半信半疑だったけど、試合で君を見て全員が確信したと思う。
だからこそ君の足手まといになりたくなくて、一番大事な場面で緊張して固まっちゃって…。
勝つ直前でミスしちゃって、君を見殺しにしてしまって…本当に、悔しかったんだ…
だから皆!君に胸を張ってプレー出来るよう、毎日必死に練習してる!誰一人君を煩わしく思ってる人なんて居ないよ!
僕が保証するから!信じてよ!桑田くん!」

……くそぉ、なんで、なんでだよ!阿呆、阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆…ッ!!!
なんでそんなこと、今更になって言うんだよ…
なんであの時、クソ野郎共の顔が浮かんで…負けて…なんで…こいつらから…逃げたんだよッ…!!!
畜生…本当、阿呆だな………俺………………

「……ははっ、阿呆だなぁ、お前等………なんでそんな、頑張っちゃってんの…?
俺はァ、もう超高校級の野球選手の才能なんて無い、只のミュージシャン崩れなの、分かる?
そんなやつの為に何張り切っちゃってんの?
…なぁ…なんで………俺は……………そんなお前等を………、野球を……、棄てちまったんだ…?」

涙が溢れて止まらない、後悔しても仕切れない、だからもう、こいつ等から離れたい、逃げたい、やめろ、やめろやめろ!…やめて、やめてくれ…そんな顔で謝らないでくれ、こんな、クソみてぇな奴に、そんなことしないでくれよ…

俺を見る御園の顔は、対照的にくしゃっと、はにかんだ笑顔になった。

「…桑田くんに何があったかは知らないよ、才能があるとか無いとか、僕には良く分からないけど、僕は君に才能があるから一緒に野球したいんじゃないよ?
君が桑田怜恩だから、僕は桑田くんだから魅力を感じて、そう思った。
もちろん君の投げたボールは才能に依るものかもしれないけど、それだけじゃないのは君が一番知ってると思うんだよね。
沢山練習、したんでしょ?じゃなきゃあんな気持ちの入った凄いボールは投げられないと思う。
あの時、今までで一番、このボールを受けてみたいって、この人とバッテリーを組みたいって、そう思ったのはきっと、君だから、なんだよ。
だからさ、桑田くん、もう一回言うけど、僕とバッテリー、組んで下さい。
正直君の言うとおり、僕はそんなに上手く無いし、才能もないけれど、多分、桑田くんとなら最高のバッテリーになれる気がするし、甲子園で優勝だって出来る、そんな気がするんだ…
ねぇ、今度は僕が。僕達が。
もう一度僕達に本気で野球をやろうって思わせてくれた希望の光だった君にとっての…
その、新しい希望になりたいんだけど、どうかな?」

……ははっ、希望、希望ね、俺が希望の光だったかは知らねーけど、責任は、取らねーとな、こんな光、見せてもらったらよ…

「……ホント、阿呆だよ、御園、お前等も…なぁ、後悔すんなよ?
俺はもう、前の俺とは違う、才能の無いただの高校生だ、だから絶対的な力はもう無いかもしれねー。ボコボコに打たれるだろうし、三振もめっちゃすると思う。
だからよ、俺、必死に練習するよ、お前等と一緒に、毎日死ぬ程練習するよ。
…才能無かったら、バカみてぇに努力するしか無いって、お前等見てたらよーく分かったからさ。

……俺はお前等よりずっとずっと弱くて、阿呆だったけど、こんな俺で良ければ、今日からまた、ヨロシクお願いします!!!
…んで、ゼッテー甲子園優勝だ!!
やるからにはダッセぇ真似はしたくねーからな!!

…なぁ、御園、座ってくれや、今日から毎日、手が腫れ上がる程ボール受けて貰うからよ!」

「…うん!望むところだよ、桑田くん!!」


希望ヶ峰学園…
俺にとって最悪の経験をした場所。
でも、その名の通り、ここには俺にとっての希望があったらしい。
才能は無くしたけれど、もっと大きなものが手に入れられた気がする。
俺は、"超高校級の野球選手"ではなく…
只の桑田怜恩として、ここで野球の頂点を目指していくことになったってワケ。

今日も変わらずクソッタレみてぇな暑さが俺を焦がしていく。
…上等、もっとアツい日々がここにはあるからな。
「さぁ、こい!!!」
相棒の声が響き、ボールを握る手に力を籠める、何故か不思議と才能を失う前よりも力が入る気がした。

…長い間暗かった俺の空には、やっと、太陽の陽が差したみてぇだった。

夏空のモノローグ 完


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