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#13 新しい朝 〜沖田と芸能界〜

ある朝、N氏は思った。そうだ。沖田修一なんて、顔知ってる人、ほとんどいない。
そうだ。映画監督なんて、名前ばかりで、顔なんて、みんな知らないんだから、誰か沖田さんになっちゃえばいいんだ。まさに、青天の霹靂といったところか。N氏はそれから、ベッドから起き上がると、起き抜けに洗面所で自分の顔を見た。

「はじめまして、沖田です」
と、声に出してみた。
いける。いける気がする。
今日から俺は、沖田修一だ。N氏は心を決めた。映画はまだ終わりじゃない。俺は誰だ。そうだ。俺はあきらめの悪い男、N氏。

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「いけるわけないだろ、バカか!」
会社につくなり、興奮気味に話したN氏に、T氏が頭ごなしに叫んだ。
「いや、でも、世の中の俳優や、オーディションに来る若い子たち、沖田さんの顔も、もしかしたら名前も知らないと思うんですよね」
「・・・まあ、そりゃ、沖田さんは、そんなに売れてたわけでもないしな」
「そうなんです、沖田さんなんて、ほとんどみんな知らないですよ」
「まあな、沖田さんなんて、映画マニアがちょっと知ってるくらいで、世間的に見たら、浮浪者と一緒だもんな」
「そうなんです、沖田さんって、結局のところ、浮浪者と一緒だったんです」
「なんかちょっと小汚かったしな」
「そうなんですよ、沖田って、小汚いんです」
「・・・マネージャーは?さすがに知ってるだろ、沖田の顔」
「いや、おそらく、誰も知らないと思います」
「・・・・・・」
そして、T氏は腕組みをすると、考えはじめた。そして、しばしの長考のあと、自問自答するように、呟く。
「知ってそうな人を避ければ・・・いけるか?」
N氏の顔がほころぶ。
「じゃあ、俺、ちょっとヒゲ生やしますね!」
「いや、誰も顔、知らないけどな」

こうして、映画「子供はわかってあげない」の新しい監督が誕生した。沖田修一という名前は、世襲制として、歌舞伎などと同じ扱いになると、あとでT氏が、制作委員会で各社に説明した。皆、沖田の顔なんて、誰も知らないという意見が一致し、すぐに納得した。

さて、映画は再び走り出した。そうともなれば、キャスティングである。まず美波に関しては、沖田なりの希望があった。美波を自分のキャリアの中でも、特に大事にしてほしい。そして、映画のために文字通り身体を張ってほしい。仕事の一つ、という以上に、この映画を大事にしてほしかった。だから、実際の十代の中から、きちんと元気な美波を選び、この映画を、彼女の代表作にしてほしかったのだ。一体、誰がよいのか。オーディションをやることになった。今、若手と呼ばれ、活躍している女優さんたちに、実際に会って、話をして、そして、ちゃんと悩み、みんなで決めたかった。

さて、今、活躍している若手の人気女優たちを、ざっとさらっておこう。まずは言わずとしれた、馬場朱音。日本人なら誰もが知っている名前だ。馬場は、14歳のとき、芸能界にスカウトで入り、清涼飲料水のCMでみずみずしい印象を残した。すぐに日本を代表する演出家、鬼塚将司に見出され、鬼塚演出と呼ばれるその厳しい演出に、彼女は言葉通り、洗礼を受けることになる。その後も、テレビドラマ「おいどんは、恥ずかいですたい」での自然体な演技が評価され、世間には「かずちゃん」の愛称で親しまれたのち、日本映画史上最大の予算で作った合作映画「愛、インドネシア」の主役に抜擢され、そのキュートな見た目からは想像もできないような、力強い体当たりの演技は、日本中を虜にした。日本アカデミー賞の授賞式では「私が映画を選んだのではありません、映画が私を選んだのです」という十代とは思えないスピーチをして、周囲の度肝を抜いたのは、記憶に新しいところだ。今や日本の映画人たちが、こぞって起用したい女優ナンバーワンである。
馬場ともう一人、双璧をなすのが、鴨志田みずほであろう。鴨志田はそもそも人気アイドルグループの一人であったが、突然の脱退。その後、数々の人気映画監督の映画作品に続々と出演し、女優としての肩書きを確固たるものとした。その後、もやしを農業の範疇におさめた伝説の人物をモデルにしたテレビドラマ、「丹波重明物語」で、丹波の娘役を演じ、お茶の間の人気者となる。そのドラマ内での「ほそくていけねえ」は、その年の流行語大賞にもノミネートされた。食卓で、育ちの悪いもやしに、そのセリフを言う者たちが続出し、社会現象となったのも記憶に新しいところだ。その際に、主役の丹波重明を演じた、俳優の幸田博之は、「みずほちゃんがいれば、日本の芸能界は、向こう20年は安泰」と評した。みずほスマイル。その笑顔が独特にゆがむのを、若い女の子たちの間で、そう呼ばれている。銀行は、まっさきに、そのスマイルを、CMに起用した。
あとは、穂波、も忘れてはいけないだろう。穂波のデビューは実は遅い。主にグラビアなどで活躍したのち、ホラー映画「もりしたさん」で主役に抜擢され、その際、演技力の高さから、実際に霊が憑依したと噂され、スタッフたちが舌を巻いたという。穂波の父は、そもそも、俳優の羽場慶一朗で、その妻であったのは、みどり桜子であるから、俳優界のサラブレットとも言っても過言ではないだろう。穂波は、役作りに定評があり、舞台「十五人の海賊」では、実際に海賊船に乗り、旅に出たという。その際、女海賊としての人生も考えたというのだから、たいしたものだ。あとは、靴の山下のCMでおなじみの暮林まりか。ブルガリア人の祖母を持つ、クォーターのケイス小暮。ティーンズファッション誌でカリスマ的な人気を見せる柴又トキ。本当は男である安村翼、西島保奈美、まどか渓、黄色い佐々木、上白石萌歌といったところだろうか。

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この世で一番醜悪な図、タレントパワーランキングを見ながら、沖田のにせものが言った。
「本当の十代じゃないと、ダメなんです!」
沖田のにせものは、そこにこだわった。十代を二十代が演じる映画があってももちろんいいのだが、沖田のにせものは、それが許せなかった。沖田のにせものは、ほんものの沖田よりも、キャスティングにこだわった。なにせ、沖田のにせものは、実質、デビュー作なので、肩に力が入りまくっていたのである。
とにかく、会わせてください。プロフィールや出演作のDVDじゃ、全然わかりませんよ!
沖田のにせものが、熱っぽくそういうので、本当はみんな嫌だったが、オーディションという形をとることとなった。
ともかく、映画は、沖田のにせものを監督にして、前進することになったのだ。はたして、沖田の影武者は、バレることなく、オーディションを無事に行うことができるのだろうか。

N氏は思った。
映画監督、ちょー楽しい。


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