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少女は鼻の穴を膨らませる

私の母は、身長が170cmある。子供の頃から背が高かったらしく、足もそれなりに長い。そして欧米系のぱっちり二重だ。

なかなかエキゾチックな雰囲気を持っている彼女だが、残念ながらスラっとしているわけではない。なんというか、でかくてどっしりしている。洒落者の彼女がビッグシルエットの黒いコートなんか着た日には、とにかくでかい。

友人がうちの母を「ジュエリーデザイナーっぽい」と形容した時は感心した。本当に”っぽい”。言い得て妙である。母は、ジュエリーデザイナーっぽいただの主婦だ。

そんな迫力のある見た目も相まって、彼女はご近所さんや学生時代の友人から「強そうなしっかりした女性」と評されている。娘の私から見ても、ずっと「強い母」だった。

母は、なんでもはっきり物を言う。家族にも他人にも歯に衣着せぬ物言いなので、たまにひやっとする。よく喋る相手には「よく喋るね」。太ってきた相手には「太ってきたね」。おいおい、それを言ってしまうか?ご近所さんとこんなにも一触即発な会話をしているとは・・・すごい度胸だな、と常々思っていた。

ちょっとドジをしていじられても、彼女はクールだ。母が噛むと、父と私はひな壇芸人的なねちっこい絡みをするのだが、母はあまり笑いもせずスルーする。母は強くて、流されない人間なのだなぁと思っていた。

私が20歳を超えた頃のある日、母の異変に気が付いた。いつも通り喋っていると、母の鼻の穴が急にフンッと膨らんだのである。たしか、新しく購入したシルバーのピアスを褒めた時だったと思う。表情は少しニヤッとした程度だったが、確実に鼻の穴がフンッと膨らんでいた。私はそれが衝撃的かつ泣くほど面白かったので、その後も母の鼻の穴を観察するようになった。

どうやら母は、恥ずかしかったり、照れている時に鼻の穴が膨らむようだ。これまでクールだなぁと思っていた無表情は、実は必死に照れを隠していただけであり、その照れは鼻の穴から筒抜けだった。

母がはっきり物を言うのは、純粋に思ったことを言っているだけ。いじられても褒められても表情が変わらないのは、もの凄く恥ずかしがっているだけだった。

彼女はぱっと見「強くてしっかりした女性」だが、中身は「ただのピュアな少女」なのだと20年いっしょに過ごしてようやく気がついた。母に強さを求めなくなりフィルターが外れたからこそ、母の少女性が見えてきたのかもしれない。ただし、きっかけが鼻の穴であることを忘れてはいけない。

鼻の穴の大発見を面白がって父に伝えたが、父はとっくに知っていた。恐らく父は、母が少女であることも知っている。母に関しては、私だけが知っている秘密はないかもなぁと思った。

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