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とある大家さんの話

ピザ屋みたいなカフェをしている男と、その大家さんの嘘のような本当のような話。

「君にお店なんてできる訳ないから。」

働いてたカフェで退職を申し出たらこう言われ
「いえ、やります。」と啖呵を切ってその場で退社。

明日からどうしようかなあ〜!って
カフェでコーヒーを飲みながら途方に暮れ
退社から3時間後に知人から紹介された建物。

ほとんどの厨房機器が揃い
いつでも開店が出来るような夢の物件。

カフェをやりたいなと思ってたのに
なぜか立派なピザ窯もあるという。

何の因果かは分からないが、丁度、偶然。
男は仕事でピザも焼いていた経験があった。

「お前さん、どうする?」
「やります。」

内見し始めてすぐに聞かれたが
間髪入れずに答えて男の店作りは始まった。

準備は矢の如く進んでいき
2ヶ月弱の準備でオープンすることになる。

いつも急に現れて猛烈に喋り倒して帰っていく大家さんの話はどこかクセになる。

「ぽっくり亡くなってしばらくしたら、本にしますね。」

こんな失礼なことを本人に伝えたら
そうせえや!と笑いながら言われた。

大家さんは正義感溢れるお仕事を40年ほど勤め上げた方。

「おれなんて永遠に足軽鉄砲隊みてえなもんでよ、出世街道からは早々に外れちまったのよ。疲れるよなあ。」

疲れるよなあ、は大家さんの口癖。

これ以上考えてもどうしようもないこと
何か切り替えたいなって場面において
この口癖は便利だと最近になって気づいた。

お店の土地は20代の終わりに購入して
いずれここで何かするぞ!と野望を胸に抱いてたそう。

「目の前に山が見えて最高だなと思ってたらよ!あの工場が増えやがって、景色も何もねえのよ。疲れるよなあ。」

あれがなければなあと思うことは確かにある。
その工場で働いてるお客さんもいるので大きい声では言えないが。

実は大家さんにはここで働いて欲しい人がいた。
どこかのお店の、いわゆる、ママさん。

「他にもよ、ママのことが好きな客がいるのなんて知ってるけどよ。さすがに5本の指には入ってると思うじゃねえか。ランキング圏外だったなんて、疲れるよなあ。」

気づいたら他のお客さんと結婚して
家も建ててもらったらしい。

「ピザいいわよねえ。」

と、そのママに言われてピザ窯だって用意しているのに。

お店を建てて、立派な厨房器具を入れて、什器も全て揃って、勢いでピザ窯も用意して、それでもオープンには至らなかった。

「いやあ、なんだかまた働くのが面倒になってなあ。疲れるよなあ。」

最初はこんなことを言っていたが後々にママの話を聞いて、絶対に理由こっちだろと心の中で悲しく突っ込んだ。

そうして意気消沈した大家さん
4年ほど店を寝かせてしまったのだが。

周りの仲間たちに、もったいないから誰かに貸しましょうよと言われ、実際にその内の一人を通して大家さんと出会うことになる。

大家さんには悪いけど、ママにフラれなければ男はお店が始められなかったという。

今でも大家さんは度々男のお店にやってきて
昔の話、ママの話、人生の話、色々とマシンガンのように話してくれる。

最近は6割ほどがファイナルファンタジー11というオンラインゲームの話。
(今さらハマり直したらしい。)

やったことはないが世代的には範囲内なので
内容は聞いていればなんとなくは分かる。

「おれのジョブがなんだか分かるか?盗賊だぜ、盗賊。現役の頃はあんだけ犯人のこと追いかけて捕まえてたのによ。今じゃおれがゲームの中で『盗む』と『とんずら』を使ってんの。疲れるよなあ。」

ママにも『とんずら』されてるし
落語みたいな話だと、男は笑いながら思った。

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