立場変わる前の話
前回の前段の話です。
一年前に保護犬を迎え入れました。月齢ほぼ9か月のオスの日本スピッツです。この子を「ジロー」と名付けました。
わが家には奥さんが連れてきた先住犬のコーギーがいて、以前から奥さんの夢が多頭飼いだったので、私がもう一頭迎えることを強く提案して、迎えました。奥さんが日中家にいるので、奥さんの方がジローの面倒を見る時間は長いのですが、わが家で2頭目となるジローは、私が(育てたいように)育てるという方針で迎えました。
さて、私は40年以上犬が苦手でした。というよりも、動物全般が苦手でした。どう扱っていいか分からないのです。(余談ですが、赤ちゃん、子どももどう扱っていいか分からないので苦手でしたが、子どもももうけました。)それが、再婚して奥さんが犬(コーギー)を連れてきたのです。幸いに落ち着いたいい子だったので、私一人で散歩に連れて行けるようになり、2頭目は私が育てるとまで言うようになりました。
ジローの子育て(犬育て)は、奥さんが見ていられないくらい、僕がジローに厳しく当たっていました。
日本スピッツは気が散りやすいのです。しかも、来た時はまだ子犬なので、余計に気が散ります。そして、わが家に来るまであまり散歩の経験がなかったようだし、(後々よく分かったのですが)ビビりなので、散歩中、すぐ気が散るし、すぐに興奮したり、恐怖を感じてボルテージが上がるんです。犬と息が合った散歩を期待していた私は、本当にしょっちゅうリードを引っ張って、気をそらせたり、首輪をつかんで押さえつけたり、暴力父さんでした・・・。
奥さんは子犬を見るのが2頭目であり、何よりもしっかりと向き合う人なので、「まだ子犬なんだし」「それも今だけだから」「そういう性格なんだから」とか、私を諫めるのですが、ジローが思い通りにならないと、腹が立って仕方がなかったし、私自身ふてくされていました。
結局は私の頭の中の「こうあってほしい」自分とジロー像に現実が合わないと面白くなくて腹が立つし、ふてくされてしまっていたのです。犬と息が合った散歩をしたければ、犬が合わせてこないなら、自分が合わせたらよいのですが、我が強い私にはその発想はありませんでした。
旦那がジローに対して怒ったり、ふてくされている間も、奥さんはジローと向き合って、ジローと楽しく遊んだり、遊ぶ中でしつけたり、ジローの特徴をよく踏まえた子育て、犬育てで、ジローがビビりなのに、優しい子に育ったのは奥さんの子育ての賜物です。
毎朝の散歩と週末は夕方の散歩、(毎日遅いので)ちょっとした毎日の触れ合いの中で、ジローの性格が分かってきて、(それ以上に重要なことで)それを受け入れ始めて、わが家に迎えてちょうど一年経った頃に、日本スピッツの特徴とジローの性格がよくわかることがあり、「実はこいつすごい奴だ」ということが腹落ちしました。気は優しくて、意気地なし。本当にビビりで気が散りやすいのですが、人間と一緒に遊ぶのが大好きで、家族思いの優しい子です。
ジローは何も変わっていないのですが、私が変わることで、ようやくジローを飼っている自分ではなく、ジロー自身に向き合うことができました。
海外には奥さんと犬2頭を置いて単身赴任しています。ジローとしばらく離れる前にジローと向き合えて良かったです。それもこれも、奥さんのおかげだし、先住犬コーギーの理解あってのことです。みんなに感謝です。