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【創作SS】快ケツ キューティーバニー 推参(フルヴァージョン)

 男は真に悩める者だけがたどり着けるという特別な掲示板に、パソコンから入力した。
『月が綺麗ですね』
(こんな都市伝説に頼るなんて。ヤキが回ったな)
自嘲的な笑みを浮かべながらため息をつき、珈琲を口に運んだ。珈琲はすっかり冷めてしまっていた。
(しかし、どう手を尽くしても手にいれることができなかったインドの至宝。21世紀だというのに、これほどカースト制が根深いとは。アレを手に入れるためなら、悪魔と取引しても構わない)
背後に気配を感じ、男は振り向いた。
「お悩み快ケツ キューティバニー推参。心の闇を照らしてあげる」(ポーズ)
白いバニースーツの女の子が立っていた。
「ま、まさか本当にいたのかキューティバニー。よくぞ来てくださいました。お願いです、余命僅かな父の、最後の願いを叶えてください。
『算術、幾何学、微分積分、解析学、構造学などインド数学の秘術を尽くして生産されるお茶、インドの至宝【数学ダージリン】』
特級階級のマハラジャしか飲めないと言われており、私は手に入れることができませんでした。
 馬鹿な願いと思うかもしれないですが、父に飲ませてあげたいのです。金もコネもカースト制の前には通じませんでした。
 末期癌で食事も満足に取れない父ですが、「美味しい紅茶が飲みたい」と時折呟くのです。何とぞお願いします」
 男はキューティに近づき、手を掴もうとしたが、キューティは後ずさりした。
「お触り禁止、だけど返事は即ケツ、依頼は合点承知。ちょっとお時間いただきますが、三日後のお茶の時間、お湯を沸かして待っててね」
 キューティはウィンクすると、窓から漆黒の夜に消えた。

 三日後、リビングに座る老人と男。時計の針はもうすぐ三時を指そうとしていた。

「お宝月兎(ゲット) キューティバニー推参」

 キューティは音もなく現れると、自然な動作で三人分の紅茶を淹れた。
「来てくれたんですねキューティ。ありがとございます。あぁ、この高貴な香り。
これが、これが【数学ダージリン】なんですね。さぁ、お父さん、世界一美味しい紅茶、インドの至宝【数学ダージリン】です」
 カップを老人の前に動かそうとした男をキューティが手で制した。
「まって、まって、まって、ちょっと待ってなんだもん。
 欠けても戻る月の光は、再生の力
 ムーン ルネサンス パワー」
キューティの尻尾から銀色の光が放たれ、三人の前に和服を着た、一人の女性の姿が映し出された。
 老人が涙ぐみながら女性に微笑む。
「清子、お前が大好きなダージリンティだ。世界一美味しい紅茶を和生が用意してくれたんだ。もう一度、お前と一緒に紅茶を飲みたかった」
 老人は一つのカップを女性の前に滑らせ、もう一つのカップを手にすると、香りを楽しむように目を閉じた。閉じた目から涙が溢れていたが、老人は幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 老人が紅茶を口にすると、微笑む女性の姿は消えた。
 その後、老人の瞼が開かれることはなかった。

「月の光は心を映すの。お父さんが本当に飲みたかったのは【数学ダージリン】じゃなく、亡くなった奥様と一緒に飲む【ダーリンティ】だったみたいね」

 キューティは魅惑的な表情で男に微笑んだ。

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