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ニャンのはなしですか 第5話(仮 最終解)

 1年前の6月23日(金)5時18分、いつものように5時過ぎに猫に起こされ、ナッツの散歩をしていたところポケットに入れていた携帯の着信音がなりました。勘ではなく経験則的に
『これは悪い報せだ』
と考えながら電話に出ると、予想どおり母が入院している病院からで、予想どおり悪い報せでした。
「朝早くからから申し訳ありません、これから面会可能です」
比較的落ち着いた看護師の言葉が耳に響きました。看護師の言葉を脳内で翻訳します。
『面会可能です』⇒『面会に来てください、最後のお別れになる可能性が高いです』
「わかりました。直ぐに向かいます」
と応え、ナッツに「お散歩終わるよー」と声を掛け、姉に電話をしました。

 姉は熟睡しているのか、何度電話しても出ません。私は諦めて部屋に戻り着替えて病院に向かおうとしました。

 ところが、悪戯好きの神様がいたようで、私の携帯から再び着信音がしました。画面の表示を見ると5歳年上の従妹でした。
「太郎、何かあったの。こんな早くに電話をよこして」
なんとスマホを誤作動させていたようで、従妹にも電話をしていたようでした。
「かくかくしかじかで病院に向かうが、姉が電話に出ない」
「あたし、今から出勤だから、太郎の姉宅に寄るわ」
従妹は看護師をしており、早朝出勤の途中とのことでした。姉のことを従妹に託し、私は病院に向かいました。

 1年前の6月23日(金) 午前7時23分 私と姉がいる病室で、医師が母の死亡を確認しました。
 
 あの朝から1年が経ちました。私は相変わらず猫と暮らし下僕としての生活をしています。noteで駄文を書き散らし、kindle出版をし文学フリマに出店しながら
「売れない、読まれない」
と嘆きながら過ごしています。

 「note創作大賞」に挑戦したり、他の公募に応募したりしながら
「また、選外、負け戦だったか」
と呟く日々です。
 去年と少し違うのは
「〇日は泊まってくるから、その日の夜と次の日の朝、猫のご飯をお願い」
と母に頼めなくなり、宿泊旅行ができなくなったことぐらいでしょうか。

 今日で喪が明けました。

 けれど、私と猫の生活は大きく変わらない見込みです。猫に振り回されチュールを提供し、ご飯を捧げ、散歩したりおもちゃで遊んだりする日々を繰り返すのだと思います。
 その隙をついてnoteに投稿を続けるつもりでいます。
 猫のご飯代が高くつくことを嘆きつつ、体重が増えることにおののきつつ、老化や病と一緒に過ごしていくのだろうと考えています。

 今、在る、全てを受け入れて楽しんでいくつもりです。
 全ては生きていればこそですから。
 かこに感謝し今を受け入れ未来を夢見て。
 想いを作品に込めて生きたいです。

 母に私の作品を読んでもらうことはできません。
 書き手として成果を喜んでもらうことはありません。
 だけどそれで良い。私にはnote街の皆さんがいますから。
 だからそれで良い、未熟な作品を読んで励ましてくれる方々がいる。
 書き手としてこれ以上の幸せは無いと考えています。
 生きていればこその幸せです。

 外は雨が降っています。
 近所の畑では、白や紅色のタチアオイが凛とした佇まいをみせています。
 1年前は百日紅の花が満開でした。
 雨で散歩に行けないナッツは不満そうです。ヤツ当たり気味にテーブルの上の物を落としています。
 だけどそれで良い。今を生きている。

 先ほど、救急車のサイレンが近づいてきて離れていきました。

 母が居るだろう天国に、私が行けるとは限らないですが、いつか再会できたら伝えたいです、母亡き後の私と猫たちの暮らしのこと。
『ニャンのはなしをしているの』
と母を笑わせたいです。
 そんなことを考えながら今日も明日もnoteで書き続けます。私が逝く日まで書き続けて、人生を楽しみ続けます。
 その日まで交流していただきますようお願いします。
#何を書いても最後は宣伝
 創作大賞に応募しています。お読みいただき感想文などいただけたら嬉しいです。全て完結していますので、一気読みできます。

#地には平和を人には愛を


 

この記事が参加している募集

サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。