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脳出血で記憶喪失 目覚めたら病院のベッドで「落ち着いて聞いてください」と言われた話

重症急性膵炎闘病記の第5回です。第4回はこちら↓

切ったお腹を開けっぱなしにしたまま生活するド田舎の鍵事情みたいな日々も終わり、いよいよICU(集中治療室)からHCU(高度治療室)に移動となったのが12月末のこと。HCUに行くということは相変わらず管やらなんやら色々つながっていてまだ悪化のリスクはあるもののただちに死ぬことはないだろう、といった状態になったことを意味します。それなのになぜかまた死にかけたという話です。

スマホとテレビが一気に解禁され情報の洪水状態に

ICUには持ち込み禁止だったスマホがHCUに移ったことでついに使えるようになりました。本来はHCUでもスマホNGなんですが感染対策での面会謝絶や長期入院での特別対応だそうです。まだ音声通話などは禁止(どっちにしろ呼吸器ついてるのでしゃべれない)ですが、ようやく魂の居場所であるインターネットに接続することができます。ドリームキャストと電話回線でネットやってた中学生のころでもこんなにネットから離れたことなかった。

入院後初のツイート

LINEやメールが2カ月分溜まってるし、この期間に起こった主要ニュースも追いかけたいし、そもそも急性膵炎についてもやっと自分でググって調べられる。やることが…やることが多い…! しかもHCUの個室にはテレビもあったので、情報に飢えまくった体にいきなり情報の洪水が流れ込んできて軽く溺れました。

そんでじゃあかじりつくようにスマホいじりまくったかというと、意外とそうでもなかったです。スマホ使うのって実はかなり体力を消耗するんですね。ずっと38度前後の熱が出てて頭は朦朧としてるし、スマホ持ち上げる腕も操作する指もまともに動かないし、「やりたいけどしんどくて無理」って日がほとんどでした。1フリック、1タップが鉛のように重い。友達から冗談で「そろそろ一緒にスプラトゥーンできそうだな」とか言われましたが、体感としては「逆立ちでフルマラソン走れ」って言われてるくらいの無茶に聞こえました。

死にかけおじさんが「おさるのジョージ」ばかり見る理由

なので日中はとにかくずっとテレビ見てました。テレビは体力の消耗ゼロで情報を摂取できる素晴らしい純粋受動型娯楽だということを再発見し、「この人たち毎日同じようなメシとクイズの話ばっかりしてる…」とその充実のコンテンツぶりに絶望したりしました。

ちょうどいちごが旬で毎日アナウンサーがいちご食うニュースを見てこの思考に至りました

この時期、あらゆるジャンルのテレビ番組を視聴しましたが、ニュースとかも「殺人事件があった」「火事で何人死んだ」とか重い話題が多くて暗くなるので病院で見るもんじゃねえなと思いました。逆に医療現場のドキュメンタリーとかは病院で見るとめっちゃ臨場感があって引き込まれました。寝たきり老人の介護シーン見ながらおむつ替えられるとかほぼ4DXだもの。

バラエティは急にでっかい声が出たりしてびっくりするし、ドラマは話を理解するのが疲れてしんどい。意外と病人向けの番組ってないんだなと思いました。結論としてEテレの「おさるのジョージ」が一番見てて疲れないということになったんですが、看護師のおばちゃんには「アラ、かわいいの見てるわね」と笑われました。皆さんは瀕死のおじさんが真剣な眼差しでおさるのジョージを視聴しているのを見かけたら、そういう入り組んだ事情があるんだと思い出してください。

今知ったんですがスタメンのこの人が「黄色い帽子のおじさん」呼ばわりだったことに衝撃を受けました

1日中水のことを考える日々、終わる

入院中、最も強烈な欲求として常につきまとっていたのが「水が飲みたい」というものでした。飲食をすると膵臓から膵液が分泌されるんですが、急性膵炎の状態でそれが起こると炎症が悪化しちゃうので基本的に最初は絶飲絶食となります。ちょうどこの時期、チュートリアル福田さんが急性膵炎になったときの記事を調べてたら「毎晩水の夢を見た」「うがいだけが楽しみ」って書いてあって、めっちゃわかるってなりました。で、「1週間後ようやく水が飲めた」って書いてあって「ハァ?」ってなりました。わしゃ2カ月以上絶飲絶食やぞ!(重症だからです)

そんなわけで1日25時間は水のことを考える地獄の日々を送っていましたが、年明け早々の1月5日、ついに水を飲むことが許されました。嚥下訓練、モノをちゃんと飲み込めるかの練習ってことなんですが、先生から「今日、お水を飲む練習しましょうか」と言われたときの僕の衝撃たるや、すさまじかったです。衝撃度としては童貞がボインのチャンネーに「今日、お姉さんとイイコトしよっか」と言われたものと同等と思っていただいてかまいません。犬だったら尻尾ちぎれるくらい振ってたと思う。

久しぶりに飲む水はめちゃくちゃにうまかった……と言いたいところですが、まだ喉に呼吸器の挿管(人口鼻)が残っていたりするのもあってあんまりうまく飲み込めず、むせそうになったりでちょっとしんどかったです(この時期はセキがすごくて喉から痰を頻繁に吸い出さないといけなかった)。でも精神的な喜びはすごかった。デビュー戦がちょっとほろ苦いのも童貞のそれに近いものがあります。

また、同じく嚥下訓練としてちいちゃいゼリーも食べさせてもらいました。これはとんでもなくうまかった。赤ちゃんが初めて食べるようななんでもないゼリーなんですが、果汁の甘みを感じられるという体験がありがたすぎて思わず「うめぇ……」って声が漏れました。看護師さんが気を利かせてこのときの様子をスマホで動画撮って後日妻に送ってくれたんですが、僕が震える手で小さいゼリー食ってうまさを噛みしめてるのを見て泣いたと言ってました。

脳出血で気絶→「いいですか、落ち着いて聞いてください」

そんな感動のお食い初めがあった矢先のことでした。いつものように妻に「今日は初めてゼリーを食べられたよ」といった短いLINEを送ろうとしたのですが、その日は指がガクガク震えて何度やり直しても上手く文字が打てません。というか自分では正しくフリックしているつもりなのに表示される文字は違ってるという変な感覚でした。打ち直すのにも疲れ、せめて単語を細切れにしてなんとか送ろうと思ったのですが結局「初めて」という言葉だけを送信して力尽きてしまい、その日は眠ってしまいました。

そして目を覚ましたとき、看護師や医師がなんかざわざわしてました。「大丈夫ですか?」「私たちのことわかりますか?」とかなんか妙なことを言ってくる。次の言葉を聞いて耳を疑いました。「大井さん、意識障害で何日も話ができない状態だったんですよ」。

ネットでよく見るこれじゃねーか!

僕が最後に妻にLINEをしようとしたのが金曜日。そして医師に「いいですか、落ち着いて聞いてください」と言われたのが翌週の木曜日。高血圧による微量の脳出血があって意識がおかしくなっていたそうで、僕的にはほぼ1週間気絶していたことになります。

ただ、この話の怖いところは僕は記憶がないのに肉体は起きて活動していたということです。日曜日には妻とのZoom面会があったんですが、そのときにはどうも様子がおかしかったそうで、話しかけてもボーッとしていて反応が薄く、かと思えば机をバンバン叩き始めて看護師に「助けて、助けて」と訴えるなどちゃんとヤバイやつの行動になっていたそうです。怖すぎるだろ。

その後も目をギンギンに開けたままナースコールを連打するのに看護師が来ても何も言わない、などの状態が数日続いたそうです。実はその期間、僕的には強烈な悪夢を見た記憶がありました。真っ暗な四次元空間みたいな場所をさまよっていて、どこまで行っても出口がなく、呼吸もどんどん苦しくなっていくというまさに「助けて、助けて」状態になっている夢を永遠かと思うくらい長い間見てました。人生で一番怖くて長い夢だったかもしれん。

この夢と自分が意識障害になっていたという事実が怖すぎて、起きたあと看護師の腕を掴んで号泣しました。そんなことがあったのでスマホもまたしばらくお預けということになってしまい、半端なLINEや異常行動を見せて不安がっているであろう妻に連絡を取ることもできませんでした(後に気付くんですが僕が意識障害で返信できない期間も、妻は毎日LINEに「大丈夫だよ」「怖くないよ」といった励ましのメッセージを送ってくれていました)。「妻がかわいそう」といって夜中に看護師を呼びつけてまたワンワン泣いたのを覚えています。あのとき、俺は赤ちゃんだった。

幸い脳出血は軽度のもので後遺症などの心配もいらないとのことでしたが、またしても快方に向かってからの転落、いきなり記憶がぶっ飛ぶという恐ろしさもあってかなりショッキングな体験でした。ICU患者だと1週間程度の意識障害はそこまで珍しくないそうですが、当時は「いつ意識が戻るかわからない」「てんかんなどの後遺症が残る可能性もある」とも言われていたそうで、妻も「何回奇跡の生還すれば退院できるの…」とだいぶ憔悴していたようです。ごめんね。

おまけ「看護師に唯一キレた話」

本編は以上となりますが投げ銭代わりの有料エリアとしてちょっとしたおまけ雑記も付けておきます。意識障害後、最初のZoom面会での出来事で入院中唯一看護師にキレた話です。僕的には印象的な事件で本編に入れようかとも思ったんですが、あんま命を助けてくれた人のこと悪く言うのもアレなのでおまけに格納ということで。

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