あの人のようにあなたもできるの害悪
知っての通り現代は常に他者との比較に晒される競争社会だ。
子供の頃から点数を比較されて成績をつけられる。受験競争では大多数が優秀な受験者と比較され無残に散っていく。社会に出ても優秀な人材と比較され、過半数は低い水準の業績評価に甘んじることになる。その社会システムは長年にわたり洗練されてきたものであり、とやかく言うつもりはない。
しかし、何でも比較してよいわけではないということを伝えたい。人それぞれにあるコントロールできない領域を手近な例と比較して、貴方もそのようになれると無責任に言ってのけるのは無神経この上ない。
白血病を患った小生は、治療を終えて経過観察中の身である。まだまだ正常値に戻っていない検査値も多くある。殊に免疫に関わる値(グロブリンなど)については横ばいで推移していた。治療後2年半経ちようやくその値に増加の兆しが見えていたところである。
そのことを職場の人間に話したところ、以下のような反応があった。
「I江R子っているでしょ?あの人みたいに回復できるんじゃない?」
特に悪気はないと思われるが、オリンピック選手のような超人を挙げつらってその人みたいになれる、と安易に言ってのけるのは配慮に欠けた失言である。
確かに彼女は白血病界の象徴的な存在かもしれない。日本中のプレッシャーを背負いながら地獄とも言える治療を経て表舞台に復帰した謂わば超人である。早い段階からプールで泳いでいることからも免疫機能が一定程度回復していることが分かる。
では、白血病患者の誰もが彼女のようになれるか、と言ったら非である。
白血病(に限らず他の疾患もだろうが)患者の予後は、疾患のタイプや患者の年齢、罹患時の状態、治療方法、治療薬、治療期間などによって大きく左右される。小生の場合で言えば、予後は最悪になりうるパターンと言える。免疫機能が正常まで回復するには、今後さらに数年かかるか、もしくは一生かかっても戻らない可能性すらある。I江R子のようにはなれないのである。そうした事情を慮れず、安易な比較を行うのは危険である、と警鐘を鳴らしたい。
野球をやっている人にO谷選手がメジャーで活躍してるんだからキミも彼みたいになれる、陸上をやっている人にウサイン・ボルトのように100m9秒58で走れる、と言うだろうか?鬱病の人に克服した人もいるからキミも頑張れ、と言うだろうか?身長や体つき、環境、過去の経験などコントロールできない領域を無視した言論は謹んでしかるべきだろう。