背負わされた母の夢
小3のとある日曜日。
いつものように起きてすぐ
テレビの前に行きばあちゃんが作る
朝ごはんを待ちながら
今日は一日何をしようか
ゴロゴロしながらウキウキしていた。
そうこうしていたら
2つ上の兄が2階から降りてきた。
『TAR、今日出掛けるから朝ごはん食べたら着替えろ』と言われた。
『えー、どこ行くの?』
『わかんない、ママが言ってた』
『えー、映画かなぁ、遊園地かなぁ』
自分に都合のいい想像を繰り広げる
無邪気なTAR少年。
朝ごはんを食べ身支度を済ませ
ママの準備を待つ。
『まだー、ねー、まだー』
ようやく準備を終えたママが
2階から降りてきた。
『お待たせ、じゃあ行こうか』
『どこに行くの?』
『楽しいところ』
『ねー、どこどこ?』
『TAR、行くぞ』
まだウキウキ気分の僕は
2人の後を小躍りしながらついて行く。
僕の自転車だけまだインチが小さい。それでも2人に遅れをとらないよう
立ち漕ぎしながら
ウキウキとついて行く。
自転車を漕ぎ続け
しばらく経った時
ある中学校の校門を通過した。
まだ尚なんの疑いもなく
ウキウキしていた。
校舎脇に自転車を停めて
開口一番
『学校?学校で何するの?何?何?』
グラウンドに向かって歩きだすママ。
ママと兄の後をウキウキついて行く。すると野球の練習をしている
大勢の子供達がいた。
『カキーン、ダッダッダ、パシッ、シッュ、ザザー、パシ』
あっけにとられ
その光景を眺めていたら
どこからともなく大きな声で
『ストップ〜』
その掛け声と共に練習を中断し
一斉に僕たちの方を見て
『こんにちは〜』
全員が声を揃えて挨拶してきた。
『こわっ、なんかこわっ』
すると1人の男の人がやってきて
『こんにちは、お電話いただいた見学の方達ですね』
『エッ?!』と僕と兄は驚く
するとその男の人がママと
少し話しをしてから
僕と兄に話しかけてきた。
『初めましてこんにちは』
『こっこんにちは』
『君がたけぞうくんで君がTARくんかな?』
『はっはい』
それから僕と兄は
別々に練習見学させられることに
小5の兄はAチーム
小3の僕はZチーム
簡単な質問に答え
少しだけ練習に混ぜてもらったり
訳もわかぬまま見学を終え
先に戻っていた兄とママのとこへ
僕は一刻も早くこの場から
立ち去りたかった。
きっと兄も同じ気持ちだったと思う。練習に付き添ってくれた男の人と
軽く会話を交わし終えたママから
衝撃のひと言がいい放たれた。
『来週から2人共よろしくお願いします。』
『エッ⁈』
『わかりました。お待ちしてます。じゃあ2人共、来週の日曜日8時に待ってるからね』
『エッ⁈』
僕と兄は挨拶もそこそこに
項垂れてそそくさとその場から離れた。
自転車に乗りながら
ママに色々話しかけられたけど
ほぼほぼ無視するくらいには
憂鬱だった。
家に辿り着き
ママの部屋に兄と2人で呼ばれ
僕たち2人にいかに
野球をやらせたいのかという
熱意を一方的にぶつけてきた。
僕はママのすべての問いかけに対して
ノーと言った。
友達と遊びたい。
テレビ観たい。
ゴロゴロしたい。
野球に興味がない。
やりたいと思わない。
兄は転校するまで野球をやっていた。というか
正確に言うとやらされていた。
それを一瞬羨ましいなぁと思う
時期もあったけど
いざ自分の貴重な日曜日と
野球を天秤にかけた時
明らかに貴重な日曜日の方が
大事だった。
平行線の話し合いに
嫌気がさした僕は
ママの部屋を飛び出そうとした。
その時、ママの声色が変わった。
何事かと振り返ると
泣きじゃくるママの姿があった。
その姿を目の当たりにしたTAR少年は
渋々ママの前にちょこんと座った。
震える声で搾り出すように
ママは言った。
『ママの夢はアンタたちが甲子園に出ることなの』
突拍子もないことを
言い放ちやがった。
今の僕ならきちんとした言葉で
丁重にお断りしている。
けどTAR少年は
我が家の家庭環境を顧みる。
パパとは別居中。
じいちゃんばあちゃんが
ほぼほぼ親代わり。
ママは僕たちを育てるため
働いている。
それでも今の僕なら
きちんとした言葉で
丁重にお断りしている。
その涙とママの夢を背負うことで
家族がまた向き合って
一緒に生きていける
かもしれないと思い
僕は、僕たちは、
渋々ながらママと家族のために野
球という十字架を背負うことにした。
こうして7年間に及ぶ
僕の苦悩と葛藤の日々が
始まるのであった。
つづく
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