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【3分で読める】「Sign/Mr.children」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞解釈】

[あらすじ]
帰り道、ふと彼女のことを思い出す。
「絶対にバンドで成功したい!」と意気込んで東京を訪れてはみたものの、鳴かず飛ばずの日々を送っていた。今すぐにだって逃げ出して、地元に帰りたいとさえ思った。でも、そんな僕を応援してくれた彼女を裏切ることだけはしたくなかった。

今日は風が強い。木枯らしが、落ち葉をびゅうっと吹き飛ばす。
そろそろ冬に差し掛かる頃だ。道を歩く人達も足早に室内を求めている様子である。

これ以上ここで演奏していても、誰も聴いてくれないだろう。
ギターケースに並べてあったCDを自分のリュックに移動し、楽器をしまう。ここに来た時と全く変わらないリュックの重さに気づかないふりをしながら、ケースとリュックを肩に担ぐ。

SNS最盛期の現代で、ストリートミュージシャンをしていると聞いて、あなたは笑うかもしれない。確かにコスパは悪いし、足を止めてくれる客は、InstagramのPVの何百、何千分の一にも満たないと思う。だけど、俺にはストリートにこだわる理由があった。

彼女と出会ったのは、大阪の堺市にある橋のあたりだった。
「上手ですね」
「え?」
「ギター。私も少し練習したんですけど、全然うまくならなくてやめちゃった。Fコードの壁ってやつ?越えられなかったんだよね」
「ありがとう」
尊敬している歌手の真似事をしようと、生まれて初めて人前で演奏をした日のことだった。恥ずかしさと嬉しさが入り混じった、不思議な感情だった。
「いつもここでやってるの?」
「あ、いや…。今日が初めてだから」
「そうなんだ!次はいつの予定」
「まだ決まってない」
「私毎週水曜日にここを通るんだ。だから、もし次やるなら、水曜日ね」
「え?」
「楽しみにしてるから。じゃ、よろしく」
そう言って右手を軽く振りながら、颯爽と歩いて行ってしまう彼女は、まるで台風のように俺の心を掻き乱していった。そして俺はその日から、毎週水曜日にこの場所で演奏するようになったのである。

彼女は毎日同じ時間にここを訪れた。スーツを着ているわけでもなかったので、働いた帰り道というわけでもなさそうだった。彼女がどんな人なのか興味はあったけれど、質問したことはない。踏み込んでしまえば、もうここに来てもらえなくなる気がしたから。

来る日も来る日も、演奏を繰り返した。オリジナルの曲はたった一つしかないので、時々カバー曲を織り交ぜながら、何度も弾いた。レパートリーが少ないので、飽きられても仕方がないと思っていたが、彼女だけはいつも嬉しそうに耳を傾けてくれていた。

そんな日々の頑張りの成果だろうか。少しずつ、俺の演奏を聞いてくれる客が増えていった。最初は一人、二人、三人…と。そしてその人達につられて、調子の良い時には人集りができるほどだった。

当時の俺は間違いなく調子に乗っていたと思う。音楽で食っていけるだなんて、本気で考えていた時期もあった。天狗、とまではいかないけれど、自分の実力を過信するような状況にあった。

そんなある日のことだった。
帰る準備をしているタイミングで、彼女が俺に話しかけた。
「君はこれからどうするつもりなの?」
「どうって?」
「ほら、将来の話だよ。そろそろ大学も卒業でしょ?」
「働きたくないっすね。なんていうか、社会の歯車にはなりたくないというか」
「ふぅん。社会の歯車ね」
「このままアーティストにでもなっちゃおうかなとか思ってます」
「そっか」
「なんて、冗談ですよ。間に受けないでください。俺、こう見えて現実主義者なんですよ。ちゃんと働いて、家族養って、暮らしていけたらって思ってます」
「え、じゃあ音楽は辞めちゃうの?」
「それはまだ考え中ですけど…」
「もったいないなぁ」
そう言って彼女は、ポケットからタバコの箱を取り出した。
「あれ、タバコなんて吸ってましたっけ?」
「さっき、初めて買ったの」
慣れない手つきでライターを操作し、タバコに火をつける。モクモクと煙が上がり、俺はただその行き先を眺めていた。
「君の曲、好きだよ」
「急になんすか、気持ち悪い」
「そんなこと言わなくても知ってるか。じゃなかったら、わざわざここまで来ないだろうし」
「俺、それになんて応えればいいんすか」
「ははっ。適当に流せばいいだけだよ。若者を困らせるのが趣味なおばさんとでも思ってくれればいいさ」
彼女らしくない自虐ネタを、俺はどう捉えればいいかわからなかった。
「それじゃあ」
いつものように右手を上げて、彼女は立ち去ろうとした。
「待って」
「ん?」
どうしてだかわからないけれど、彼女を呼び止めなくてはならないと思った。
「あの、来週も来てくれますよね?」
「うん」
「絶対ですよ?」
「いつも通りだよ。気が向いたら、また来るよ」
そう言って以来、彼女は一度も俺の演奏を聴きに来ることはなかった。

それから数ヶ月後、俺のSNSアカウントに「いいね」通知が届いた。ライブのスケジュールを知らせる投稿しかしないので、リアクションがつくのは珍しいことだった。

名前はいかにもニックネームっぽい感じ。しかし、その画像には見覚えがあった。俺はそれが彼女のアカウントであることを確信した。

それから、過去のツイートを遡る。すると、次のような文字が目に入った。
「仕事の都合で、引っ越すことになりました」
「この町が好きだったのにな」

この町、に俺は含まれているだろうか。
彼女は俺のことを、少しでも好いていてくれただろうか。

この時、俺は彼女の名前を知らないことを心底後悔した。
間違いなく、俺は彼女のことが好きだったのだ。

俺はあの日、彼女に出会った時のことが忘れられない。年甲斐もなく執着する自分が怖くもあったけれど、もうそうして暮らしていくしかないのだ。

俺はいつしかまた、彼女に聴いてもらえるように歌を歌い続ける。もう何一つ、彼女から受け取ったサインを見逃さないように。

たみな涼介



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