見出し画像

2022年に読んだ本 その2

その1から続く)

『宮脇俊三の紀行文学を読む』小牟田哲彦/中央公論新社
 2021年の刊行だが、元は2019年にNHKラジオで放送されたの同名の連続講座がベースになっている。10章に分けて宮脇俊三作品を論じていて、おそらくここまで真正面から総合的に宮脇作品を論じた本はいままでなかったはずだ。僕もかなり宮脇俊三作品を愛読している自負があるけれど、これはかなりよくできた本だと思った。入門にもいいし、ファンにも読み応えのある一冊だった。

『台湾鉄路千公里 完全版』宮脇俊三/中公文庫
 その宮脇俊三の紀行文として、2022年に中公文庫から『台湾鉄路千公里 完全版』が出た。内容に触れる前にマニア的な話になるけれど、最初「中公文庫から出る」と知ったとき、僕は非常に驚いた。というのは、かつて中央公論社の編集者だった宮脇俊三は、退社して紀行作家となってから生前はついに中央公論社(中央公論新社)から自著を出さなかったからだ。大げさな言い方をすれば、この刊行は宮脇俊三作品にとってエポックメイキング的な出来事だった。ひそかに世の中の宮脇俊三ファン界隈はざわついたのではないかと思っている。
 内容は、1980年に角川書店から出た『台湾鉄路千公里』に、その後の台湾再訪の短編紀行文などを加えたもの。1980年というのは台湾はまだ戒厳令下にあったということも驚きだが、解説によると日本から年間50万人近い男性が買春目的で台湾を訪れていたという、歴史の暗部あるいは恥部ともいえる事実に呆然とした。この本の中でも著者が売春をもちかけられるシーンがたびたび出てくるのだが、その事情を知ってずいぶんと暗い気持ちになった。
 最初の台湾紀行は宮脇俊三作品としては最初の海外紀行もので、同行編集者なし・ガイドなしの一人旅で、文章にも後の作品と比べるとかなり熱がある。

『自意識とコメディの日々』オークラ/太田出版
 放送作家オークラの半自伝であり、90年代~00年代の東京コントシーンであり、バナナマンはどれだけすごい存在かであり、東京03はいかにして生まれいかにして売れたかであり、若き日のおぎやはぎや若き日のラーメンズの記録であり、コント屋たちの青春群像劇である。2000年なんてつい最近かと思っていたら、冷静に考えたら(考えなくても)もう20年以上前なんだなと気づき妙な気分になる。

『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』松永良平/晶文社
 著者の青春時代からプロフェッショナルになっていく姿を描き出したというものでは、その音楽版といえる『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』もおもしろかった。あまり音楽に詳しくないので出てくるミュージシャンはほとんどわからなかったけれど、そんなこと関係なくぐいぐい読んだ。当時の著者周辺の音楽シーンを知っていたら、なおさらおもしろいのだろうなと思う。
 あと僕は星野源の音楽をよく聴くけれど、星野源がかなり有名になってから(『SUN』が出たあとに)後追いで聴き始めたので、SAKEROCK時代のことがかなり詳しく書かれていて(それを目当てで読み始めたわけではなかっただけに)わずかでも当時の空気が感じられた気がしてうれしかった。

『上を向いて歩こう 奇跡の歌をめぐるノンフィクション』佐藤剛/小学館文庫
 音楽関連の本では『上を向いて歩こう』が厚みのある本だった。坂本九『上を向いて歩こう』がいかにして生まれ、いかにして世界に広まったかをたどるノンフィクション。著者は『星野源のおんがくこうろん』第1期の中村八大の回で解説をしていた人で、かつてファイブ・ディーという音楽事務所(THE BOOM、中村一義、SUPER BUTTER DOGなどが所属していた)の代表だった佐藤剛さん。
 次に挙げる『テレビの黄金時代』と時代的にはかなり重なり、セットにして読むと時代のおもしろさや興奮がより増していくように思う。

『テレビの黄金時代』小林信彦/文春文庫
 『上を向いて歩こう』がヒットしたのと同じ時代のテレビの世界を描いたのが『テレビの黄金時代』。1961年頃に始まり71年頃に終わった「テレビの黄金時代」を、時に内から、時に外から冷静に眺めた著者が記すテレビ史。
 小林信彦さんには『1960年代日記』という日記文学の傑作があるのだけれど、それを骨格として肉付けをしたのが本書という印象がある。井原高忠、青島幸男、前田武彦、大橋巨泉、坂本九、クレージーキャッツ、コント55号……といったテレビ初期の怪物たちや人気者たちがテレビを駆け巡っていた時代、読めば読むほどたしかにそれは「黄金時代」だったんだなあと感嘆してしまう。

『1989年のテレビっ子』戸部田誠(てれびのスキマ)/双葉文庫
 時代としては「黄金時代」のその少し後のテレビを描いたのが『1989年のテレビっ子』だ。70年代には「添え物、脇役にすぎなかった」という「笑い」がいかにしてテレビの中心となったか。それは『THE MANZAI』にはじまる「マンザイブーム」がきっかけとなったと著者は書く。
 ビートたけし、B&B、明石家さんま、タモリ、島田紳助、カトちゃんケンちゃん、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン……といった現代に続く「超」がつく大物芸人たちの奮闘・群像劇だ。全体を通して「フジテレビってすごかったんだな」と思わせる本でもある(ちなみに前出の『テレビの黄金時代』を読むと「日本テレビってすごかったんだな」と思う)。
 『テレビの黄金時代』では、著者の小林信彦は漫才ブームがテレビにもたらした影響についてはかなり批判的な立場である。はっきりと「後のテレビに非常な悪影響をあたえた」と書いてあり、さらに2005年に出た文庫版のあとがきでは、「ヴァラエティならぬ<バラエティ番組>は一九八〇年代から劣化し、ここ数年の<お笑いブーム>とかで、さらに劣化している」と断じている。「安く作れて、そこそこの視聴率がとれるのは、現在の局側の理想だろう」。
 小林さんの「劣化」という表現が正しいのかどうかはともかく(僕は「黄金時代」の番組をほぼ見たことがないので)、僕も最近の「バラエティ番組」はまず趣味が合わない。でも、『1989年のテレビっ子』を読むと、それでも80年代あるいは90年代というのはまだいい時代だったのだなと思う。
 読み終わっての後悔は、2014年の『笑っていいとも!』のグランドフィナーレを見なかったことだ。もうあれだけの大物がテレビで一堂に会すことなどないだろう。歴史の一場面を見逃したという悔いが残る。

その3に続く)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?