2022年に読んだ本 その1
2022年に読んで印象に残った本を振り返りました。最初はサクサクと書こうと思っていたのだけど、終わってみれば長くなってしまったので3回に分けて投稿します。
『貨物船で太平洋を渡る』田巻秀敏/私家版
2022年の最初に読んだのがこの本だった。海上流通に強い興味を抱く著者が「何とかして、コンテナ船に乗船出来ないものだろうか」と思い、幾多もの手続きを経て実際にオーストラリアから日本へのコンテナ船に乗船した記録だ。
よほどの強い意志がなければ一般にはまずできない旅の記録でもあり、貨物船に乗ってみたい人にとっては事前の手続きなどが知れる貴重な資料でもある。旅の規模のわりには記述はかなりシンプルで、一気に読める。掲載された写真だけを見ても楽しい(当然ながら船員でもなければ一般にはまず見ることがない光景ばかりだ)。
2020年2月上旬から中旬にかけての航海で、感染症のことを考えるとタイミングとしてはギリギリの乗船だったはずで、その点でも運が良く、またそれだけに貴重なものになっている。いま思うと、年の最初にこんな本を読めてずいぶんとしあわせだったのだなあと思う。
『のんびり行こうぜ』野田知佑/新潮文庫
時期でいうと、2月に入ってから野田知佑の著作を貪るように読む日が続いた。2022年の僕の読書を(あるいは将来にわたって)決定づけた出会いだった。その最初が『のんびり行こうぜ』で、小学館の『BE-PAL』で野田さんが亡くなるまで連載されていた連載エッセイの最初の一冊だ。
この連載が始まったときには日本の川はすでに破壊されているか風前の灯に立っているかの状態で、このエッセイは最初から辛辣な中にユーモアがあり、軽妙でありながら深刻で、怒りとともに愛に満ちているという、かなり複雑な、川に例えるなら厳しい瀬のような入り組んだ流れがある。読んでもらえればわかると思うのだけれど、豪快さと知的さが共存しているというのが野田さんの文章の最大の特徴だと僕は思っている。
残念ながら野田さんは僕が野田さんに魅了された直後の3月に亡くなってしまった。
『定本 岳物語』椎名誠/集英社
少し時期が空き、野田知佑がらみで読むようになったのが椎名誠で、2022年に読んだ本としては椎名さんの著作が圧倒的に多かった。これをというものを挙げるなら、『定本 岳物語』。この本を僕はシーナ作品をエッセイを中心に50冊ぐらい読んでからようやく読んだのだけれど、椎名さんのような「周辺世界の大きい人」の本は、どのタイミングで読むかで受ける印象がかなり違うだろうなと思った。
息子(「岳」というのは息子の名前)と父(椎名誠)の交流と、子の成長・自立が主たるテーマの連作私小説集で、シーナ作品の中で最初に単独で読んでもおもしろいだろう。しかしその他の著作で椎名誠の人となりであったり著作活動でであったり周辺の仲間たちであったりを知っている状態で読むと、また別の読み方ができる。逆に『岳物語』を読んだあとにそれ以外の本を読んでも、印象が新たになるところがあると思う。
著作どうしが補完し合うというのは椎名誠に限ったことではないけれど、圧倒的著作数(全部で300作品ほどあるという)を誇り、なおかつ身辺のことを書き続けてきた椎名さんの場合は、その補完し合い具合が大きくなっているように感じた。
『失踪願望。』椎名誠/集英社
椎名誠作品でいうともう一冊、2022年に出た『失踪願望。』もよかった。前半は日記(集英社のウェブページで連載していた)で、後半は「三人の兄たち」「新型コロナ感染記」という書き下ろし。
「三人の兄たち」の三人というのは、実の兄、会社員時代の先輩の山森さん、野田知佑の三人。椎名さんと野田さんは一時期かなり交流が深かったのだけれど、しみじみと相手を振り返る文章というのはこれまでおそらくほとんど書かれていないので、貴重な文章だった。
『YURIKO TAIJUN HANA 武田百合子『富士日記』の4426日』①② 水本アキラ/私家版
背表紙の説明を借りると「武田百合子が夫・泰淳 娘・花との生活を4426日にわたって綴った名著『富士日記』をあきれるほど丁寧に読み解いていこうという試み」で、こんな「本の読み方」もあるのかと、2022年に一番「目からウロコが落ちた」本だった。
(その2に続く)
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