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ファクトリー・ガール〜ウォーホルとディランの狭間で破滅した女神イーディ・セジウィック

『ファクトリー・ガール』(Factory Girl/2006年)

現代アートの伝説アンディ・ウォーホル。その黄金期は言うまでもなく、ポップアートや実験映画などで、その名を美術史に永遠に刻んだ1960年代だ。

ニューヨークにある「ファクトリー」と呼ばれた自身のスタジオで、〈キャンベルスープ缶〉〈コカコーラ瓶〉〈マリリン・モンロー〉〈エルヴィス・プレスリー〉といったシルクスクリーンによる作品を次々と“大量生産”。

有名人、死、企業製品などをモチーフにしたシリーズのほか、「アンダーグラウンドの帝王」として、パーティや音楽興行までも創作素材にし、ポップ・アーティストとして眩しすぎるオーラを放っていた。

芸術が大きく変化し、ロックが生まれた──そんな真っ只中の1965年。

アーティストやミュージシャン、詩人や俳優、モデルやドロップアウトした若者たちが行き交う文化的サロンとなっていたウォーホルのファクトリーに、突然一人の女神が舞い降りる。

誰もが心を奪われる彼女の名は、イーディ。カリフォルニア・サンタバーバラの名家、莫大な資産を築くセジウィック家の令嬢。

貧しいチェコ移民で容姿にコンプレックスがあり、スターやセレブが大好きなウォーホルにとって、イーディ・セジウィックはまさに完璧な存在だった。

イーディもまた、自殺した亡き兄を彷彿とさせるホモセクシャルのアンディに、特別な感情を抱いた。

日本公開時の映画チラシ

そんな彼女が、“スーパースター”として迎え入れられるのは当然のこと。ブレーンの反対を押し切って、彼女を当時熱中していた映画(1963〜1966年に約60本も制作)に起用する。ウォーホルは言った。

「彼女は何をやらせても僕よりうまい」

イーディは、ファクトリー・ガールとしてウォーホルのミューズとなった。自由気ままに振る舞い、優美さも兼ね備えた彼女は、どこに繰り出しても周囲を魅了した。

彼女はいつも出て行こうとしていた。良いムードのパーティの時もそうだ。イーディはいつもそんな感じ。次に何が起こるか、それを待っていられなかった。
──アンディ・ウォーホル

『ファクトリー・ガール』パンフレットより

また、ブロンドのピクシーカット、大きなイヤリング、クレオパトラの瞳と称された独特のアイメイク、レオタード、黒いタイツはイーディの象徴となり、ファッション雑誌ヴォーグも虜に。

アンディといた時、私はジャズ・バレエを1日2回踊った。誰もこんなダンスで楽しい気分になるとは思わなかったけど、レオタードを着てつま先で立ってみた。レオタードにTシャツ姿の私を、新しいファッションとしてヴォーグ誌は撮っていった──イーディ・セジウィック

『ファクトリー・ガール』パンフレットより

1950年代の保守的な装いとは一変した、最先端のモード。ロンドンと並んでポップカルチャー革命の中心となったニューヨークで、「ユース・クエイカー」(若者文化が起こした揺さぶり)と表現され、「It Girl」(最も輝いている“時”の女性)として、1965年のガールズ・オブ・ジ・イヤーに輝く。

その年、イーディとウォーホルは、ニューヨークの中心だった。

しかし、華やかな時は長くは続かない。その一番の原因は、ボブ・ディランとの恋だった。ウォーホルとディラン。北極と南極ほどの遠く、対照的な存在。

皮肉屋のディランは「激動の世界でゴミを描いている。スープ缶の中身のように空っぽ」とイーディの前で言い放つ。ウォーホルはあんなにも美しかった彼女が、“ロックスター”のせいで醜くなることに耐えられない。

1966年、二人は決別。ウォーホルの心はすでに、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとニコに夢中になっていた。

イーディの運命はこれ以降、急激に転落していく。もともといびつな家庭環境から逃れるために実家から飛び出した彼女は、心の闇と孤独に闘っていた。

やがてディランにも去られ、父親から生活費の援助を断たれたイーディは、ドラッグに溺れて精神を蝕んでいく。

自宅は火事に見舞われ、ヴォーグからも愛想を尽かされ、すべてを失っていくイーディ。そんな時、美術学校時代の親友シドが現れる。

彼が差し出したのは、ニューヨークに行く前に撮った1964年の1枚の写真。そこには夢と希望に満ち溢れた“自分”がいた。涙が止まらなかった……。

『ファクトリー・ガール』(Factory Girl/2006年)は、そんなイーディの半生を描いた映画。シエナ・ミラーがイーディを、ガイ・ピアースがウォーホルを演じている。

イーディ・セジウィックは1971年11月16日、ドラッグの過剰摂取により28歳で死去。死亡記録の職業欄には「女優」と書かれてあったそうだ。

なお、ボブ・ディランの「女の如く」を収録したロック史に輝く金字塔『ブロンド・オン・ブロンド』は、イーディとのロマンスなくして生まれなかった。

文/中野充浩

参考/『ファクトリー・ガール』パンフレット

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