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アリスの恋〜シングルマザーの前進していく力を描くロードムービーの名作

『アリスの恋』(Alice Doesn't Live Here Anymore/1974年)

これはあくまでも個人的な周囲の話だが、結婚したカップルの約半分以上は離婚しているように思う。

子供がいないケースだと1〜3年程度、いるケースだと3〜5年(子供がまだ小さい)が多い。そして最近は、「再婚した」という話も聞くようになった。世の中のデータ的には、結婚する4組に1組は再婚だそうだ。

新しい環境へ踏み出すために“子連れ再婚”をした家族。もしくは親の新しいパートナーと過ごす子どものいる家族。そんな再スタートの形を「ステップファミリー」と呼ぶ。

日本もこれからこういった家族がより増えていくだろう。ちなみにシングルマザーに娘がいる、シングルファーザーに息子がいる方が、子供の視点からはステップファミリーは成立しやすいという。「同性の相手に自分の親を取られる」というライバル視や心配が少ないからだ。

『アリスの恋』(Alice Doesn't Live Here Anymore/1974年)を観ていて、そんなことを考えた。映画の主人公は35歳のシングルマザー。12歳の息子がいる。この場合はどうなのか?

主人公のアリスを演じたエレン・バースティンは、この時、実生活でも離婚したばかり。脚本を読んで大きな共感を抱き、自立を目指す女性の姿に自らをダブらせたという。

1970年代前半といえば、アメリカでもまだなかなか理解を得られなかったのが、シングルマザーという生き方。

それまで平凡な生活を送っていた主婦が、一度は諦めた夢に向かって歩み始める。つまり「これが私の人生。男に捧げるためのものじゃない」。ロードムービーとしても、男性のアシスト役でない存在感は、当時としては斬新な感覚だった。

バースティンはこの画期的な作品の監督を誰にすべきか、親交のあったコッポラに相談することにした。すると「『ミーン・ストリート』は観た?」と言ってマーティン・スコセッシを推薦された。

後日対面した際、男の世界を描くのが好きそうな新人監督に「これは女性の映画。あなたにできそうかしら?」とバースティンが尋ねると、スコセッシは「分からないけど勉強して頑張る」と返答。バースティンは、その虚飾のない誠実な対応に信頼を寄せた。

日本公開時の映画チラシ

『アリスの恋』を貫くのはリアリティ、そして前進していく力だ。オープニングは『オズの魔法使』的な少女時代のノスタルジーが綴られるが、一変して横暴な夫との結婚生活で現実が始まっていく。

アリスは若い時に結婚。今は反抗的な子供を育てながら主婦をしているが、夫との関係にもはや愛も絆もない。その夫が事故死すると、一時の悲しみは安堵感へと変わり、自己の再発見=歌手になる夢が蘇る。

故郷のモンタレーへ帰って夢を叶えようとするアリスは、息子を連れ立って車で出発。お金がないので、モーテルに泊まりながら、立ち寄った街のバーやクラブで歌って稼ぐプランを練る。

しかし、雇い入れてくれる店もなく、早くも挫折感を味わう。やっとのことで歌の仕事にありつくアリスだが、気を許したDVの男(ハーヴェイ・カイテル)のせいで辞めざるを得ない。

やがて歌ではなく、ウェイトレスの仕事に就くアリス。店の常連で牧場主の男(クリス・クリストファーソン)から気に入られるが、道中のこともあり、一歩踏み出せない。それに歌手になることが目的の旅なのだ。

一方、反抗的な息子は、地元の女の子(ジョディ・フォスター)にそそのかされてトラブルを起こし、忙しい母親を困らせる。アリスは本当に夢を叶えることができるのだろうか。

映画のエンディングは、撮影当日まで決まらなかった。アリスが結婚したら、歌手になる姿は描けない。逆に夢を取れば、愛は描けない。

すると、クリス・クリストファーソンがアイデアを出した。「本当に彼女を愛しているなら、俺なら一緒についていくけどな」

この一言で男が牧場を捨て、アリスと結ばれて、彼女の夢に協力していくという結末が決まった。エレン・バースティンはアカデミー賞主演女優賞に輝いた。

次作『タクシー・ドライバー』で映画界に衝撃をもたらすスコセッシ監督は、この映画でいろんなことを学んだ。中でも、牧場での撮影シーンは笑い話になっている。

スタッフは、牧場を借りるために牧場主である夫婦に金を払い、どこか他の場所に泊まってもらうことにした。しかし、撮影がスケジュール通りに運ばず期限だけが迫った。延長を申し出たが、答えは頑なにノーだった。

急いでリビングで撮影していると、牧場主の夫婦は、スタッフの間に割り込んで撮影をずっと眺め始めた。「カット! もう一回」と監督が仕切ると、「今のがいいわ。それでいきましょうよ!」という夫婦の声で遮られた。

スコセッシは周囲を見渡して言った。「こんな状況で撮影した監督って他にいるのかな」

文/中野充浩

参考/『『アリスの恋』』パンフレット、DVD特典映像

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