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【ショート・ストーリー】世界で一番つまらない

朝、嫁を起こす。
と言ってももう昼だが。

嫁はすごい。自力で起きることがほぼない。
目覚まし時計の音も聞こえない日もあるという。いつもは私が先に家を出るのでわからないが、休日の爆睡加減を見ると、まあ納得だ。
たまに、生きているのか確認することもある。
私は三十も半ばなので、そろそろ「寝るのにも体力がいる」ということを実感している。目が覚めてしまうのだ。ついついトイレに立ってしまう。
嫁も先日三十を迎えたが、睡眠に関しては歳を感じさせない。赤子か。赤子の相手をしたことがないからわからないが。

しばらく軽く揺さぶってやると、動物のような唸り声をあげる。強く揺さぶって力で起こしてやりたいところだが、機嫌が悪くなり兼ねないので、お姫様のように扱ってやる。全く、私は優しいな。
嫁の起床。だが、まだ油断はならない。
嫁は寝起きがかなり悪い。
理不尽なほど不機嫌になるので、私はこの時間がとてつもなく嫌だ。休みなんだからまだ寝させろと駄々をこねるだろうか、なんだかそんな気がする。
嫁がゆっくりと体を起こしたので、とりあえず私の役目は終わった。寝室の隣の居間へと戻る。
嫁が自然と居間にくるのが、一番穏便に事が進む。8年間の付き合いでとっくに履修済みだ。
するとベッドの上の嫁が、げらげら笑いはじめた。
ぎょっとする。イカれたかと思った。
どうしたの?と聞くと、ツボに入ってひーひー言いながら嫁が言う。
「いやね、今見た夢がとんでもなくって!」
あー、など、やばいー、などと言いながら目尻を拭う嫁を見て、今から無駄な時間を過ごすことを悟り、覚悟した。
人の夢の話ほど面白くないものはない。
というのは過言かもしれないが、状況がわからない私からしたら退屈な事この上ない。私はその光景を見ても聞いてもいないのだから。
申し訳ないが、興奮しながら話されたところで1mmも伝わってこないのだ。
これを言ったら確実に喧嘩勃発するだろう。なので私は今日も聞き役に徹する。なにせ私は優しいからな。
早く朝ご飯、いや、昼ご飯が食べたい。


怪しいゲームセンターに入ったら猫がいたの。
そのゲームセンター、見た目も怪しいけど中も変で。暗いし、狭いし、臭いし。あとなんか臓器みたいなのあった。あと鉄扉からトゲが生えてた。
私は猫を追っかけるのに夢中だったの。で、あなたはメダルゲームやってた。
プリクラの台とかスロットマシーンとか、ばたばたと私たち目掛けて倒れてくるのにお互い自分のことに必死でさ。
したら放火された。
狭いし暗いからなかなか逃げられなくてさ、臓器もむにゅむにゅしてて気持ち悪いし。
で、私は意識を失ったみたい。目を開けたら天龍源一郎に介抱されてた。
あなたはその場にいなかったから、メダルゲームしながら死んだのかも。


さらっと私が殺されていた。ひどい話だ。


でさ、天龍の家すごいの。全部ガラス張りなの。モデルルームみたいなの。全然落ち着かない。
天龍の家にも猫がいて、多分、黒猫だった。私がゲームセンターで追っかけていた猫とは別の猫だった。
その猫がすっごい甘えたがりで、横になっている私の上に乗ってふみふみしてきたの。
そこで気付いたんだけど天龍の猫だからめちゃくちゃでかくて、重かった。嬉しかったけどしんどかった。


天龍が飼っていても別に猫は巨体にならないだろ。


ふみふみごろごろしてるなぁ、と思ったら、凄い勢いでほっぺたを吸ってきたの。お母さんのおっぱい吸うみたいに。
でもね、天龍の猫だから吸引力も強くて、私ほっぺただけ痩せるかと思った。すごい。


痩せる勢いで吸われたら母猫の乳がもげないか?
天龍の猫はなにか特別に鍛えられているのかもしれない。


吸われたからかな?何故かわたしが天龍源一郎みたいにガラガラ声になってしまったの。理屈はわからんけど。
したらポケットに入っているガラケーのバイブが鳴って、出たら宮本くんだった。


宮本くん?知らないやつだな。
嫁も知らない人なんだけど、と続ける。知らないのに名前はしっかり覚えてるものなのか、私はあまり夢を見ないからわからない。
知らない人の名前が出たので少しだけムッとした、気がした。


宮本くんがなんか、なんだろ、電話越しでも伝わるくらいにやにやしててキモいなって思ったんだけど。あ、この時も天龍の猫は私のほっぺたを吸っています。
へらへらした宮本くんと軽い挨拶をして、「そうそう、昨日の演奏よかったよー」って宮本くんが私のことを褒めるわけ。
そこで記憶が戻ったんだけど、私昨日どっかの駅でゲリラライブしたんだわ。赤いギター持ってヘドバンしてた。ガールズバンドだった、結構盛り上がってた!


へへ、と謎のドヤ顔である。
バンド経験があるならまだしも、ないよね?


でさ、ライブしたことは思い出したんだけど、当の宮本くんと自分の繋がりが全然わからなくて、「誰ですか?」聞いたんだけどさ、私、声が天龍になっちゃったから自分でも何言ってるかわかんなくて。
宮本くんにも通じなかったんだろうね、めちゃくちゃキレられて、電話切られちゃった。


嫁はけらけらと笑う。
私も聞き慣れた声を期待して電話をしたら天龍が応答したら切ってしまうだろう。宮本くんは悪くない。


あ、やばいな、怒らせてしまった、と焦って私は宮本くんにかけ直したの。知らない人なのに。
したら宮本くんの妹が出たのね、ワンコールで。
妹はね、桃も未来ちゃんっていうんだけど。
未来ちゃんがすごく神妙な声で「お兄ちゃんちょっとやばいかも、おむつ持って出て行っちゃった…」って。
全然意味わかんなかったんだけど、ガラス張りの部屋の外見たら、外車が急ブレーキかけて止まってさ。そこで天龍ハウスは3階建てくらいの高さがあることに気付いたんだけど。
車から宮本くんがすごい形相で降りて、ながーいスコープ?のついた銃?を私にに向けてたのよ。


「ここで目が覚めました。」

情報量が多すぎる。頓珍漢だし。
でも嫁は満足そうだった。
おむつはなんの用途があったのかとか、なんの臓器を踏んだのかとか疑問はいろいろあるが、問い正したところで何も意味がないだろう。夢だし。

「んー、もう一回寝るわ。あと一時間したら起こしてぇ」
一仕事終えた嫁が寝に入ろうとする。
おいおいまだ寝るの、と引き留めたが、言い訳か何かをもにゃもにゃ言いながら布団に包まり、しっかりと寝ますよ体制を見せつけられた。
これは何を言ってもダメだな、と諦めた私は自分で昼ご飯を作ることにした。


乾麺を茹でている時に、寝室から「あ!」と嫁の驚く声が聞こえた。
どうした?と聞くと
「天龍源一郎じゃなくて、長州力だったわ!」
と言ってまた、寝た。
まあ、幸せそうで何よりだ。




云寺




※3/29 8:31→タイトル編集(マガジンに纏める為)







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