音楽の記事を書こうとした #08
「もし違ったらすごく恥ずかしいんだけど・・・この曲聴いた時、私のために歌ってくれてるって思ったの」
それは、僕のそれまでの音楽人生の中で、一番重大な出来事だった。
小学生の時に音楽を始めて、
自分が音痴だと自覚したときも、
バンドがうまくいかなかったときも、
才能がないと折れそうになったときも、
何がしたいのかもわからなくなったときも、
やめなくて、本当に本当に良かった。
その言葉ですべてが報われた気がした。
嬉しさも束の間、恥ずかしくなって「ウワー!」と小さく叫んだ。
*
とある大学の授業の一環で各々歌を披露する機会があった。
もう僕はバンドマンではなくなっていたけれど、
その日のために自作曲を用意してみんなの前に立った。
その頃、あの子の顔が少し痩けていた。
直接話を聞いてみると、それには家族のことや、恋人とのこと、人間関係など理由がたくさんあった。辛いことが一度に多発している。
日に日に声や目に力が無くなっているのを僕は心配していた。
その子にとって僕は”仲の良い同級生”でしかない。
でもその距離感だからこそ色々話してくれたのだろうとも、思っていた。
僕が経験したことのない悩みばかりだ。
うんうんと話を聞くことしか出来ない。
でもそれが一番いいと思った。自分が下手に口を開けば、苦しみを理解しきれないことがお互い分かってしまいそうで怖かった。
年を重ねるほどに、自分の無力さを自覚することが増えていく。
その頃には少しだけ賢くなりはじめていて、"話を聞いてくれる都合の良い人間"でいることに徹したほうがいいと分かっていた。
そのつもりだった。
なのに、日を増すごとに気持ちに色が付いていった。
何かしてあげたいという欲が抑えられなくなって、
僕は曲をつくってしまった。
"しまった"と思うのは、「余計に苦しめてしまうんじゃないか」という気持ちも同じくらいあるからだ。
それでも、自分が出せる最大限の優しさであの子のなかにある不安や悲しみをどうにか包んであげたかった。
すごくすごく矛盾している。
僕はやっぱり賢くなれなかった。
*
演奏前、みんなの顔をゆっくりと見渡した。
あの子と目が合った。
急いで隣の子に目を逸らしてしまう。
「◯◯のために歌います」
なんて言わない。言えない。言えるわけがない。
言えるような人間じゃない。
歌のほうが、よっぽど素直になれる気がした。
欲を出さず、欲を出す。
無我夢中で歌った。
それは20歳そこらの、精一杯の人間賛歌だった。
*
それから時間は進んでいき。
僕は彼女のそばでギターを弾いていた。
ふと、久しぶりにあの時作った曲もやろうと思った。
あの曲はもうあの日で完成されたような気がしていたから、ずっと弾いていなかった。
自分の中で消化し終えて、昇華した気でいたのだ。
少し懐かしいアルペジオのイントロ。
彼女が、「あっ」と小さく声をあげる。
「そうそうこれ、あの授業で歌ったやつ」
僕はあの時の切羽詰まった気持ちも忘れて、普通に歌おうとしていた。
「もし違ったらすごく恥ずかしいんだけど・・・この曲聴いた時、私のために歌ってくれてるって思ったの」
大切な人に、ちゃんと想いが届いていた。
僕は嬉しくて、恥ずかしくて、「ウワー」と叫んだ。
*
自分で言うのもあれだけど、僕は歌が下手だ。
音痴だし、ギターは歴がある割に上手くないし、気持ちがすぐに先行して体の限界を越えがちで、勢い任せなところが多い。
あの時の演奏でも確か弦を切った。指も2本くらい血で滲んでいた。たった一曲であの有様だ。
きっと音楽家には向いていないだろうな。
でもそんなことは、そろそろどうでも良くなっていた。
あの子に一直線に心を向けて歌を歌えたこと。
たったそれだけかもしれない。
だけど僕にとってそれが、ロックンロールだった。
09につづく。
谷口
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