ロマン主義的経営の誤謬 篇
1. 中小企業経営者に必要な経営力
見出しタイトルを「中小企業経営者に必要な経営力」と書いたところまでは良いが、正直、何から書けば良いものか迷っている。迷って迷って迷いあぐねた末に、また締切を過ぎて遅れてもいいや、という気持ちにさえなった。だって、今日は祝日だから(2024年2/12日は建国記念日)。
なぜ、こんなことを書こうと思ったかというと、2023年末になって、にわかに旧知の経営者の友人Aくんから、
「林田さん、、、実は、会社が危ないんです」
という相談を受けたからだ。寝耳に水の報告だった。たまに、やり取りするときもあったが、
「最近、調子どう?」
「順調っす、大丈夫す」
という返事しか返ってこなかったのに、何が、一体全体どうなってしまったのか。
話を元に戻すと、ぼくも若い頃、いろんな経営書を読んだ。経営書といっても、経済学崩れのぼくはノウハウ本が嫌いで経営学の本を読んだ。
マイケル・ポーターの『競争優位の戦略』とか、野中郁次郎の『知識創造企業』とか、W・チャン・キムの『ブルーオーシャン戦略』などなど、有名どころをとにかく抑えていった。
経営者でなくとも、経済学・経営学の世界で学んだことがあるものであれば、誰もが一度は聞いたことのあるこれらの書籍は、ぼくが27歳でカフェ&バーという形態で飲食店で起業したとき、ほとんど何の役にも立たなかった(もちろん、その後、業態を広げてコンサルティングやファシリテーションをする際の知見にはとても役に立ったので、無意味ではなかった)。
中小企業経営者にとって一番必要な能力。
それは、足し算と引き算である。
経営戦略を立てるために、経営状況を分析する際には掛け算と割り算も使用する。これら四則演算を活用できれば、肉屋や八百屋やカフェ&バーは経営できる。
2.プライドが邪魔をするのか?
Aくんが起業するときにも、ぼくはこの「四則演算のススメ」を強く説いた。経営の本質は詰まるところ、
「売上が立って、経費を使って、余ったら黒字。
足りなかったら赤字。」
これに尽きるのだ。
Aくんはとても素直で真面目な子なので、これを説いたとき、ぼくに即答した。
「はい。わかってます!がんばります!」
ビートルズのようにカクテル・パーティーの手法で「ヘルプ!」とサビから始まる相談を受けたとき、ぼくはまず次のことを把握したいと思った。
家賃、人件費、リース機材の費用や金融機関への借入返済金など、毎月、変わることなく出ていく固定費。それに、水道光熱費や消耗品費、売上の元となる原材料費など、売上によって料金が変わってくる変動費の割合である。
なんだか難しいことを言っているようだが、これらは全て四則演算、すなわち小学校までの知識で求められることなので、誰にでもできることである。きちんと毎日集計していれば!。
「売上とコストを計算している表みたいのある?」
と質問すると、出てきたのは、税理士が作成した損益計算書であった。
「えーっと、これでも良いんだけど、毎日の入り(売上)と出(コスト)の流れを見ないと分析できないからさ。日計表みたいのある?」
「あります」と言って出てきた日計表は、彼が起業してから2年のうち、半年ほどで記帳が止められており、空白のものだった。ぼくはそっと渡された紙を机に置いて
「この会社、どうしたいんだっけ?」
と訊ねた。すると、夢や希望や仲間や家族の話がたくさん出てきた。
わかる。
わかるよ。
「でもね。汚い話をするけれど、法人ってのは”人格”なのよ。法によって定められた人格。会社ってのは、ご飯を食べて運動してウンコが出るのよ。ウンコが出たらケツを拭いて流すのよ」
「この会社、誰もケツを拭いてないじゃない。寅さんの言葉を借りて言えば、尻の周りはクソだらけだよ。」
会社を潰す社長の共通点、それは「カッコいいことだけをしたい」ということである。もちろん、カッコいいことはしても良い。だが、我々は中小企業なのである。大企業であれば、ご飯を食べる係、運動する係、ウンコする係、尻を拭く係、水を流す係と細分化されているので経営者は、いつ、どれだけご飯を食べるか、を考えれば良いわけだ。
それを考えるために経費で会食とかしちゃうんだろう(根回しは大事だ)。
だが、中小企業の社長は、全部一人でやらなければならない。
「できない」
では済まされない。
Aくんには起業して2年で1億円の借金があった。
ぼくはドスを効かせてこう伝えた。
「もう、万歳しよっか。この金額の借金があれば破産できると思う。金融事故は5年で時効だから。まだ若いし、5年後やり直そう。」
3.還元主義化した現代の構造と思考
ぼくは、どうしてこんなことになってしまうんだろう、と考える。
プライドが高いからか?
いや、プライドが高いからこそ、お尻の周りは綺麗にしておくものではないか。
ぼくはそうなってしまうのは、現代の人間が還元主義に染まり過ぎていることが起因しているのではないかとニラんでいる。
ここでいう還元主義とは哲学的な意味を指している。
そもそもは、古代ギリシャの哲学者たちが、万物の根源(アルケー)について思惟し、アルケーは水だ、土だ、火だ、エーテルだなどと論じた。そこからデモクリトスが原子論を展開し、アリストテレスが四元素説に還元した。
中世になってデカルトはその著書『方法序説』で世界を機械に還元する。
デカルトは、世界は時計仕掛けのような機械で、部品を一つ一つ個別に研究し、最後に全体を大きな構図で見れば機械が理解できるように、世界も分かるだろう、という主旨のことを述べた。
デカルトが「分解し、部品ひとつひとつを全て理解し、最後に統合する」という方法を提示すると、それ以後の人たちは「分解」ばかりするようになった。これが還元主義だ。
だからマーケティングだとか、営業だとか、経理だとか、雑務に至るまで分解して「経営に大事なのは営業だ!」とかカッコいいことばかり考えているのかもしれない。
繰り返しになるが、全て大事なのだ。
少なくとも中小企業の経営者は、そのことを理解しておかねばならない。
4.破滅するロマン主義
もちろん、志とか夢が大事ではない、とは思っていない。むしろ、他の要素よりも大事であるとも思える。だから経営者は志や夢を大事にする。おそらく、マーケティングも営業も経理も雑務も全てこなして、志や夢がない経営者は、途中でお金だけしか見えなくなる。
またまた繰り返しになるが、還元主義的に考えれば「志」か「金」か、となりそうだが、言うまでもなくどちらも大事である。
だから、お尻を拭けない経営者の多くは志や夢のみを語りがちである。
そこには戦略や戦術はない。
古いことを懐かしむことをセンチメンタリズム、たった今を重視することをリアリズム、未来を追い求めることをロマンチシズムと言い、人間は、この三類型のどれかに帰属するが、過去も現代も見ずに未来のみを追い求めるのは「革命的ロマン主義」と言って良い。
これはぼくの造語ではなく、かつて司馬遼太郎が、帝国陸軍を評して「革命的ロマン主義」と定義した。
司馬遼太郎は
と規定した上で、この革命的ロマン主義の系譜(北一輝、石原莞爾、三島由紀夫)を徹底して嫌った(一方で、その小説を読めば司馬遼太郎は圧倒的にロマン主義者である)。
Aくんは、この後、再起を図るべくもう少しだけ頑張ると言う。相当、条件は厳しいが、失敗したとしてもどうせ破産するだけで結論は同じなので、現状の分析と策を授けた。
今度は、目をつぶらずに、見開いて美しいものを見に行ってほしい。
(了)
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