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風呂の窓と昭和遺産酒場【日記0403】

10時頃起床。土曜日だし早起きして色々やりたい気持ちはやまやまなのだが、金曜の夜はたいてい本を読み耽るので起きるのはたいてい9時から10時頃。

お腹が空いた。何を食べよう?茹でた鳥のささみとほうれん草が残っているっけ。作り置きしたひじきの煮物を食べてもいいけど、ほうれん草もまだ残っていて早く消費しなくては。炭水化物は?全粒粉パンがあるけど、なんだか麺類が食べたい。お腹は減ってるけどとりあえずゴミ捨てをしなくては。土曜の収集は午後なのでありがたい。とはいえ早めに出さないと落ち着かないので、まずはゴミ捨て業務を片付けた。それから台所の流しと床を掃除してから、ごはん。茹でてあったほうれん草と鶏肉のささみにポン酢をかけた。ほうれん草はサラダ用のもので、まだ残っていたのでざくぎりにしてドレッシングをかける。炭水化物はうどんにした。乾麺を茹でて、白だしのつゆにネギと卵を添えた。おかずがあるので、麺は半分にした。録画した朝ドラを見ながら食事を終える。

盆栽と庭のハーブに水をやり、ウォーキングのために着替え。お風呂を沸かしておき、ストレッチとすごい軽めの筋トレをしてから、外へ出た。散りかけている桜が綺麗。いつもは二周するコースを一周に留めて帰宅。たったの20分だけとやらないよりはマシかな。ダイエットは継続が大事と自分に言い聞かせる。

帰宅して、出かける服を決めてから、風呂へ。今の家の風呂は窓が大きい。壁の一面の幅いっぱいの長さの窓がある。もちろんモザイクがかった窓でさらに窓の外にはすだれをかけてあるのだけど、陽光がめいっぱい入ってきてとても気持ちがいい。今日は電気を付けずに入った。彼氏もこの風呂を大変気に入っていて、いつも窓を20センチくらい開けて、入っている。窓の外は隣に住んでる大家さん一族の駐車場のような敷地になっている。1日のうちに何度か車が停まる。駐車場のようなと言ったのは、車がなければただの小さな空き地だから。草木が生えていて、風呂の窓を開けると新緑がのぞく。彼氏はそれを気に入っている。「緑がきれいに見えるし、明るいうちに入るのがいいんだよ」と言っている。朝早くから働いて夕方には帰宅するが、たしかに必ず日が暮れる前に風呂に入っている。

私はさすがに窓を開けるわけにはいかないのだけど、木漏れ日、兼すだれ漏れ日が、窓にハイカラな模様をつくっていて、すごくきれいだった。昼風呂は何度もあったのに、今日初めて、この明るいうちの風呂窓の魅力に気づいて、幸せな気持ちになった。

郊外の築75年の木造の檜造りの平家の古民家に引っ越して半年。密閉されたマンションやアパート、現代の一戸建てと違うなぁということは多くあるけれど、その一つが、何か月か住んでいても、たびたび新たな発見があるということだ。

あれ?ここの梁はこんな模様していたっけ?ここにこんな穴空いてたっけ?ということがつきない。柱にある子供の身長の記録も住み初めて3か月ほどして、見つけた。

風呂から出て、着替えて、戸締りをして、16時前に家を出る。なんとか予定のバスに間に合った。今日は南千住のとある店へ行く。

東海道線で上野を目指している最中に彼氏から電話が鳴って、スマホのデジタル時計を見て初めて、自分が家を出る時間を1時間勘違いしていたことに気がついてヒヤリとした。ヒヤリとしたけど過ぎてしまった時間は巻き戻せない。彼氏に時間を間違えていたので少し遅れると話し、乗り換え検索をした。上野から南千住は9分か。17時半には着けるかな。今日私は、上野から歩いて南千住へ行くつもりだった。家から上野まで約1時間としたら、上野から南千住の目的の店まで余裕をもって約1時間。約2時間かかる予定で待ち合わせは17時だったので、15時に家を出なければいけないのに、起きてからなんの疑いもなく16時に出るつもりで行動していた。不幸中の幸いなのは、電車で行けば約30分の遅刻で済むことだった。

とはいえ、遅刻は遅刻なのでそわそわとしながら、上野から常磐線へ乗り換える。めったに乗らない路線だが、比較的人が多い。JRの南千住駅は想像よりも大きな駅でとてもびっくりした。過去にも訪れたことがある店だが、その時は地下鉄の駅を利用したのか、それどもどこか他の場所からバスを利用したのか、記憶が定かではない。

急いでいたのと駅から店への経路がよくわからなかったので、タクシーを乗ってしまった。あっけないほどあっという間についてホッとする。

彼氏から先に店に入ってるとメールがあったが返信せずにいた。どうせ、あそこに入ったら携帯を見ることはできないから。店の前で一瞬だけ躊躇したが思い切って引き戸を開けた。すぐに彼氏の背中が見えた。

「いらっしゃいませ」と言う店主の声。彼氏の横に座ろうとしたら、彼が小声で言う。「いやいや、あなたそっち座って、別で」と。たしかにその方がよさそうだ。中にいる客は全て一人できている。私は彼と待ち合わせであり連れだって来ていることが店主にバレないように、彼の席とひと席開けて着席した。スマホは触る必要がないように、リュックのポケットにしっかりしまってある。リュックをカウンターテーブルの下にあるフックに引っ掛けコートを脱いでいると店主がやって来た。「下にある紐をもって」と言われた。なんのことかよく解せなかったが、下を覗くとたしかに適度な太さの白い紐があったので手に取った。店主はさらにコートをその紐の中に入れて、紐の先をフックに引っ掛けろと言う。紐のせんたんに小さな輪っかがあって言われた通りにすると、コートが大変コンパクトにテーブルの下に収まった。

ビールと煮凝りを注文して、ひと仕事やり終えたような気持ちで一息つき、店内を見渡す。

変わっていない。

ここは昭和の文化遺産ともいえる古典酒場である。かなり趣があり、宣伝すれば流行りそうなものだけど、そんなものに店主は全くもって興味があるわけがなく、むしろ嫌悪しているくらいで取材なども一切受けていない稀有な店だ。

最初に入店したのはいつだったか。もともと、老舗やレトロな雰囲気の店が好きなのだけど今の彼氏と付き合うようになってその趣向に拍車がかかり、あちこちに一緒に行くようになった。すると必然的に東京に出る時には、東部に行くようになった。この店はたまたま近くにいたときに、見つけたのだけど、最初に入ったときの「なんだここは!」という驚きを今でも忘れられない。

引き戸を開けた瞬間から、静寂な空気と、平成であることを忘れるような空間に圧倒されて、一瞬入店するのをひるんだことを覚えている。店の敷地に結界が貼ってあって、ここだけ時計の針が進んでないのではなかろうかと錯覚するような趣に衝撃を受けた。

鄙びた木造の平家の建物。店内はだだっ広く、コンクリむきだしの床に年季の入った木材の大きな横長のコの字カウンターがある。横長とは、“コの字”の縦棒の部分が長い形である。これをコの字と言って良いものか、悩んだが、他になんといえば調べてもわからなかったので、多分コの字でいいのだと思う。客席はこのカウンター席のみ。店の面積に対しては席が少なすぎるが、店主と他は調理場にいる女性2名のみで運営しているようで、それが精一杯なのだろう。この広さからすると、昔はテーブル席もあり、日雇い労働者などを中心に多くの客で賑わっていたのだろうと往時が偲ばれる。店の入り口から見た正面には巨大な神棚がある。左手にカウンターがあり、カウンターの正面に、短冊型や黒板書きのメニューがある。鄙びた雰囲気なのだが、店は清潔さが保たれていて、慣れれば居心地が良いし、ある種の人にはたまらない空間だと思う。この日は、私と彼氏の他に、女性客が1名、男性が入れ替わりで4〜5人。中年以下の客はいない。皆一人で来ていた。いつ来ても、3人以上で来ている客などまずいないので、静かで落ち着いている。

初入店のときには、店のルールを知らなかった。写真撮影などもってのほかだという空気は入店するだけで感じとることができるたが、スマホやケータイをテーブルに置くことすら厳禁である。店に入ってそうそう「それは、ダメですから、しまってください」と見事に店主に戒められた。音が鳴るだけでも怒られそうだ。

2回目に行ったときにも、怒られた。まず、彼氏が先に入っていて、後から私が入り、同じ席に着くと、待ち合わせなら待ち合わせと最初に言えと注意された。また、酒を飲み進めるにしたがい彼の頬が赤くなると、もう酔っ払っているからやめたほうがいいと、そんなに本数は飲んでいなくホロ酔い程度であったが、酒を出してくれなくなったので、渋々退店した。

私が行ったのはその2回だけで、今日が3回目だった。彼氏はひとりで何度か行っていたので、その体験談は聞いていた。前回は本をカウンターに出したらあまり良い顔をされなかったとか。しかし、今回、本を読んでいる人が二人ほどいたので、私も文庫本を読み始めたが特になにも言われなかった。店主はなぜか私の彼氏に厳しい。店主はルールには厳しく、客を選んでいたりもしそうだが、根は悪い人ではなさそうで、常連には笑顔を見せることもあった。いつか私たちにも笑顔を見せてくれる日が来るのだろうか、と過去に来店して思ったものだ。

今回も彼氏と来ているが、以前に待ち合わせならそう言えと店主に注意されたことや、ちゃらちゃらした雰囲気が似つかわしく一人飲みの聖地ともいえる場所であるため、今回は他人のふりをすることにした。だから彼氏としゃべることができない。ひとりで店内やメニューを眺めながら、煮凝りとビールと、お通しのおしんこをつまんでいた。が、しばらくすると、彼氏が空になったお通しの小さな皿に、白身のフライを一切れ、ササっとこちらにスライドしてくれた。私はそれを瓶ビールの後ろに置いて店主に見られないように箸をつける。“コの字”の中は結構広くて、意外とバレない。彼氏からは同じ要領で肉豆腐もひと口ぶん、もらった。なにを理由にこんなことをしているのかと一瞬ばからしくもなったけど、楽しくもなってきた。瓶ビールと煮凝りが空になったので、焼酎ハイボールとホタルイカの酢味噌を注文した。

ビールを頼んだら、なにも言わずに大瓶が出てきたので、すでにほろ酔いだ。焼酎ハイボールを飲みながら、ご機嫌で次に煎り豚を食べようなかと思っていたのに彼氏が会計を始めた。もう少しゆっくりしたいのに……。しかし、どうせ彼は外で煙草を吸っているだろうしと残りの焼酎ハイボールをゆっくりと味わった。

しばらくして、グラスが空になったので、店主に会計を頼む。店主は、いつものごとく、恐らく私が人生で見た中で一番大きな算盤で会計を行っている。

グラスは空になったが、レトロな瓶に残っている炭酸水を見て、なんとも言えぬ気持ちになった。焼酎ハイボールは、炭酸水の瓶も出てきて、店主が酒飲みが好きそうな濃さの、いい塩梅になるように焼酎と氷が入ったグラスに注いでくれる。すると炭酸水が少し余るのだ。残っている炭酸水を見て、お代わりしたかったな、と思った。

しばらくして算盤で計算を終えた店主がやってきた。するとテーブルに残っている炭酸水を見て、「これもったいないから注いじゃうね」と氷とわずかな水分の残った私のグラスに注いだ。しかも、ニコッと笑いながら!!

不意打ちで見せられた笑顔は、頬がピンク色をしていて意外とチャーミングであった。私は満面の笑みで「ありがとうございます」と言いながら炭酸水を飲み干した。店を出てから、うれしくてつい彼に自慢した。「やっぱりあのおじさんも女には弱いんだな。あと、やっぱり一人で来てる客のほうが好きなんじゃん」と彼。

次回も別々のふりをして行こうと思う。

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