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廃墟に住む王

かつて栄華を誇った城塞跡の中庭に、泥まみれの冒険者たちが集まった。

 彼らはさまざまな出自を持ち、それぞれがこの荒廃した城塞に住むといわれる悪霊の王、リッチの噂を調査するために集まってきたのだ。

 リーダー格の冒険者、アルディンは背が高く、鎧を身にまとい、力強い風貌を持っていた。彼の横には、小柄ながら狡猾な知恵を持つ盗賊のサリアが立っち、魔法の力を操るエルフの魔法使い、エリアスがその背後に控える。

 目の前には激流といって差支えのない川と城壁に挟まれる形で城塞は存在しており、ようやくの思いをして辿り着いた先にあった城塞の、その荒れ果てた姿に彼らは息を呑んだ。

 ところどころは崩れた壁に、窓は割れ、荒廃した庭園は野生の草木に侵されており、いたるところに土砂らしきものが積みあがっている。まるで嵐でもあったかのような惨状のまま存在していたこの城塞は、まさに衰退の象徴ともいえる状態だった。

エリアスは城塞の入り口に手を伸ばし、古びた扉に触れた。彼女の指先からは青白い光が漏れ、その扉がゆっくりと開いていく。

「よし、いくぞ」

まずはアルディンが意を決して中に入り、サリアとエリアスが続く。

一歩ずつ、彼らは廃墟の中へと進んでいった。廊下には落ち葉と土砂が積もり、薄暗い光が壁にかすかに踊っていた。各部屋を除いてみてもすでに別の冒険者が漁った後なのか、めぼしいものは何もない。

彼らの足音だけが静寂を切り裂いて響く。

「リッチの気配はまだ感じないわ。」
 エリアスは目を閉じて気配を探るが、この階層に悪霊王らしき存在を周囲に感じることはできなかった。

 アルディンは剣を構え、サリアは罠を警戒しながら進む。

「うへぇ、またぬかるみだ・・・」

 泥水でぬかるんだ道の行軍は決して楽なものではなく、サリアは何度目かの愚痴をこぼす。川が氾濫でもしたのか建物内にも関わらず、これである。

「ねぇエリアス。帰ったら私の装備のメンテナンス手伝ってね」
「気を抜くなよ、サリア。君にしか罠は見抜けないんだから」

 どことなく緊張感の抜けたサリアの声を聞きながら、アルディンは柱の影から突然襲われること無いよう暗がりに鋭い目を向けるのをやめない。

「私の魔法は装備を水洗いするためにあるんじゃないんだからね」

エリアスは泥まみれになっている自身の装備を確認してため息をつく。
「新調したばかりなのに・・・」

途中魔物にも襲われつつも撃退を繰り返し、発見した階段を上り、一行は最上階を目指す。ふと階段を上る途中、かろうじて風景画とわかる豪奢な絵 ーそれもボロボロになってはいたがー が飾られていたのを見て、アルディンは思いついた疑問をエリアスに投げかけた。

「エリアスはこの城塞が荒廃した理由を知っているかい?」
「エルフに聞けば歴史のことならなんでもわかるって思ってるなら大間違いなんだからね」
「でも俺よりは物事を知ってるだと」
「それはまぁ、そうなんだけど・・・」
「城塞が荒廃してから百年はたつってギルドで聞い

てきたけど、エルフの時間間隔からしたら誤差みたいなもんだろ?ヒューマンの格言でも老い人は知識の宝物庫って言葉が-ッぁ!」

不意打ちの形で鎧でカバーできていない腰のスキマに衝撃を受け、アルディンは痛みにうめく。ちらりと抗議の視線をエリアスに向け、そこに邪眼師もかくやという氷の眼差しを確認し「ゴメンナサイ」と即座に謝罪する。

そう、優秀な冒険者とは常に戦況を把握し最適な行動をとることができる者を指すのだ。道中の罠を探るため先行していたサリアがこちらに顔を向けることなく「アホディン」と呟いたのが聞こえた気がするのも気のせいなのだろう。

滑らかな動作で土下座を決め込んだアルディンを冷たく見下ろしていたエリアスはしばらくしてため息を一つついた後、この地方の歴史を記憶から引っ張り出す。

「・・・以前はこの地方でも特に有力な豪族が住んでたの。この建物は住居もかねていたらしいわ」
「えー?でもその割にはお宝になるようなものもなかったよ。まぁ下の階は泥まみれだったから、お宝があってもあんまり持ち歩きたくはないけど」

罠の解除も終わり戻ってきたサリアが愚痴をこぼす。

「そうね。私もそれはちょっと不思議だったのだけれど、かなりの年月放置されている遺跡なんだし、他の冒険者に荒らされたと考えれば説明もつくわ」
「うーん、こんなに苦労しているのに儲けはあまり期待できないのかなぁ」

 途中何度か遭遇した魔物も廃墟では定番ともいえる大ネズミにスライムのみ。リッチ配下でお馴染みのスケルトンやゴーストの姿はない。出てくる魔物の質を考えると儲けも少なく、この冒険は赤字もいいとこである。リッチがいることを前提に備えとして聖水を用意していたものの、出てくる魔物にアンデッドの姿はなく、力押しでなんとかなる魔物ばかりだった。

「まぁ魔物も弱くて安全なんだし、調査するだけでお金が貰えるんだから楽でいいじゃないか」

器用に階段で土下座をしていたアルディンは立ち上がりつつ、サリアをなだめる。
そもそも自分たちへの依頼は調査がメインである。依頼書にもそう書いてある。もちろんリッチを倒せば特別報酬も期待できるが、たとえリッチがいなくても調査自体の報酬額は冒険者の生活を1ヶ月まかなえるものであり悪くはない。むしろちょっと怪しいくらいだ。ただ、立地は魔物の中でも上位種といわれる存在であるため、調査の危険手当としては妥当だと思える。

自分たちはやるべきことをやればいい。安全に、楽に稼げるならそれでいいのだ。

「・・・っ!みんな!」

何度目かの階段を登りきった後の広間でエリアスが警告を発する。

「!」
「!」

即座に交戦体制に入ったアルディンとサリアは武器を構えながら周囲を警戒する。

「この階にいるわ」
「・・・周囲にはいないよ」

「あれか」

先にあるのは豪奢な廊下とあからさまな扉。見渡すかぎりに敵はいない。
三人はアイコンタクトを交わし、エリアスを挟む形でアルディンと扉の前まで慎重に進む。

扉には見たこともない文様が浮かんでいる。周囲に脅威が無いことを確認し、サリアは慎重に扉を調べだした。
しかし、扉には鍵穴も無くそれらしいギミックもない。固唾を呑んで見守る二人に顔を向けてお手上げのポーズをする。

「わかんにゃい」
「魔力は感じるけれど、この構成は私にはわからないわ」
「まぁ、奥に「いる」のは間違いないんだろうけど・・・」

自分たちはあくまで調査隊である。討伐隊ではないので、ここで引き返してもいい。ただ、腕利きのシーフであるサリアや、エルフのエリアスでも開き方がわからない扉である。自分達が扉を開くヒントでも持ち帰ることができれば、追加報酬も期待できるが・・・

悩んだアルディンが二人の意見を聞くべく周囲に顔を向け ーー扉の傍らにある不思議な形をしたプレートがあることに気が付いた。

「これは・・・?」

一見すると壁の模様に見えるが、よく見れば不自然な形をしている。プレート自体に埃が被っているため、もしかしたら扉を開けるヒントが書かれているかもしれない。そう思い、埃を払おうと手で触れると・・・

りーんごーん

どことなく間の抜けた音が鳴り響き、硬直するアルディン、サリア、エリアス。

「警戒しr
ガチャ

ハッと気を取り直したアルディンが二人に声をかけようとしたところで、扉が開く音がする。

間に合わない!そう判断したアルディンは咄嗟に腰に下げたポシェットから聖水を取り出し扉に向かってなげた。

ガシャン!

瓶が割れ小さな範囲であるものの一帯に聖水が降り注ぐ。

(これで時間は稼げる!)

徹底するにしろ、戦うにしろ、聖水で清められた一帯はアンデッドは近寄れない一時的な聖域が時間を稼いでくれるだろう。本来は武器に振りかけ、直接的な攻撃に使う方が効果的だが、このイレギュラーな事態では立て直しの時間を稼ぐことが最優先である。

「サリア!エリアス!一旦距離を

とr【はいはーい。いらっしゃいませー】

ー臨戦態勢に入る三人の、またもや虚をつく形でー

間の抜けた、ちょっと高めの声とともに、リッチが顔を出したのだった。

・・・・・・

【いやー、驚かせてしまってすみまへん。なんや玄関で水こぼしはってましたけど、ケガはありまへんか?】
「あ、いえ・・・大丈夫です」
【ほなよかったー】

【ヒューマンのお客はんとか久しぶりやわー】と喋りながら笑うリッチにあはは、またまたーと笑いを返すサリアを眺めながら、自分は一体何をしているんだろう・・・と、アルディンはぼんやりと考えていた。

目線を隣に向けると特殊な結界により魔法が使えなくなっているエリアスは涙目で震えているままである。

扉が開きリッチが顔を出した後、臨戦態勢に入っていた3人に対して、リッチは怒涛の営業トークを行い、気が付けば部屋に通されていた。

正直頭の中は?でいっぱいである。

実は高度な催眠魔法でもかけられたのかと訝しんではみたものの、すでに部屋に通された後であり、なんならお茶まで出されているしまつである。

アルディンは案内された部屋を見回してみる。
そこは一見応接室の様だった。

リッチが姿を現した扉の先。
案内されるがままに一歩踏み入れると、アルディンは水の膜に突っ込んだような何か不思議な感覚に包まれた。後ろから「ひゃう!」という奇声が聞こえ、何事かと振り向いた時から、エリアスは涙目で震える置物と化してしまっていた。

 当初はエルフのみ錯乱する魔術でもかけられていたのかと焦っていたが、部屋に案内される際にリッチから【あ、すんまへん。この一帯は営業妨害対策で魔法使えないんですわ。ご了承くださいねー】と頭を下げてきたことで、エリアスが魔封じの状態になっていることがわかった。

一方で自分の度肝を抜いてきたのサリアである。通された部屋でリッチにいわれるままに多少埃っぽいものの、豪奢なソファに座ったアルディン一行にリッチはどこから持ってきたのかカップに入ったお茶を目の前に用意しだした。

リッチの入れた飲み物である。どんな得体のしれないものが・・・と固まっているとサリアが躊躇せず口をつけたのだ。

その光景にあまりにも驚きすぎて目と口を丸く開いたアルディンに対し、お茶を飲みほしたサリアは「だって喉乾いてたし」と答えた。大物過ぎる。

【お代わり持ってきますわー】とリッチが扉向こうに消えていくのを呆然と見送りながら -逃亡するための最大のチャンスだと後で気づいたのだが-アルディンはリッチが戻るまで混乱する頭を落ち着かせることに努めた。

【それで、今日は入居前の見学ということでええんですかね?】

ティーポットのお茶をサリアのカップに注ぎながら、リッチがアルディン一行に話しかけてきた。

(にゅーきょまえのけんがく?)

言葉の意味がよくわからない。呪文か?

「見学といえば見学かな?」

困惑するアルディンをしり目に、サリアはカップ片手に応える。こいつコミュ力お化けか?

【ほな、ご紹介?それともチラシ見たんでっか?】
「チラシといえばチラシかな。ギルドからの」

(いや依頼だし)

【あぁー、そっちかー】

(どっちだよ)


【希望する物件はありまっか】
「調査の依頼対象はここなんだよねー」
【この物件でっか?お客さんお目が高いですわ。なんと今なら即日入居可もOKですわ】
「入居は希望してないよ。建物とそこに住み着いているリッチの調査依頼なんだよね」
【今日は下見だけっちゅーことですか。でもリッチねぇ・・・今の住民にリッチはおりまへんで】
「え、そうなの?」

(じゃぁお前はなんなんだ・・・)頭の整理が追い付かないままリッチとサリアの会話は進んでいく。

【でもねお客さん。ちょうどわてがいる時に来てもらえるなんて運がいいですわ】
「えへへ、そうかな」
【今ならわてが直接案内しまっせ。それに家賃も幾ばくかは勉強させてもらいますさかい】
「そうなの?じゃぁ・・・」

サリアとリッチの会話が続く。

どうしてこうなった・・・いや、リーダーとして自分はここからどうするかを考えなくては・・・。魔法封じの結界といい、このリッチの危険度は高すぎる。ただでさえ知能が高くやっかいな相手なのに、ここは相手の本拠地とも言うべき場所だ。しっかりしろ!アルディン!俺はリーダーだろ!仲間を無事連れて帰る義務がある。たとえ自分が犠牲になってもみんなをまもr

【あ、お連れさんもお茶冷めないうちに、ほらほら】
「え、あ、はい。いただきま」

突然話をこちらに振られ、慌てたアルディンはお茶を一口飲み・・・

そんな行動を迂闊にとってしまった自分に愕然とし・・・

さらに飲んだお茶が自分の故郷で普段飲むお茶と変わらない味で・・・

【あ、お茶請けだしてへんかったー!】

あちゃーという顔をしてパチンと(音はならないが)自分の額を叩くリッチの姿を見て・・・


「うまいっすね、このお茶」

アルディンは考えるのをやめた。


【ほな、今日のご用件は物件の下見と】
「いや、下見でなく調査なんだけど・・・」
【まぁ住民の民度から気になるもんですわな。先にご挨拶しとくだけでも、いざ住むとなったら心強いというのもわかります】
「ダンジョンに住むとか正気でない発想だよね」
【まぁまぁ、今なら下の階でも気のいい連中が住んでますわ。治安面も保証しまっせ!!】
「さっきまで私たち、その下層の連中に襲われてたし、あまつさえそれを返り討ちにしてきたんだけど・・・」
【いやー、自分も清掃でたまたま訪問してたんで、お客はんタイミングもバッチリ。これはもう運命やと思うんですわ。さ、早速契約を】
「「「お断りします」」」

話を通じないリッチを相手に、アルディン達は律儀に会話を続ける。いや、モンスターなんだから話が通じないのは当たり前なんだけど。こめかみに言いようのない痛みを感じつつ、アルディンはこの場をどう切り抜けるか思考を巡らしていた。

ーー まず第一方針は迂闊に敵対しないこと。

目の前のリッチは多少なりとも(?)理性を残しており、会話を望んでいるようにみえる。
 まだうっすらと涙が残るエリアスを見ても明らかに、自分達の魔法が封じられているこの状況でリッチ(上級魔物)は敵対すべき相手ではないのは火を見るより明らかである。相手が敵対の意思を持っているのなら話は別だが、リッチはなぜか商談(らしきもの)をしたがっている。会話を続けていれば自然と立ち去れる可能性も無きにしもあらずなのだ。
 それに相手はこの廃墟にも詳しいことは話の流れから明らかであり、会話を続けて入れば貴重な情報を入手することができるかもしれない。貴重な情報を持ち帰ることでギルドの報奨金の上乗せも期待できる。無事に帰ることができれば、ということは前提だが。

 「それも踏まてチャンスをまとう」

 【茶菓子はどこだっけか・・・】とリッチが席を外した隙に、アルディンはエリアスとサリアに自分の考えを伝え、穏便に脱出する糸口を探す。(出てきた茶菓子は美味しかった)

「ところで、リッチ・・・さん、この廃きょ・・・物件はどういうものなんですか」
【あー!自己紹介忘れてましたな。わてはロロイド・ゼぺリウム3世いいます。ロロでかまいまへん。しがない物件屋ですわ。どうぞ御贔屓に】
「あ、ども」

自己紹介として渡された四角い金属片には、『ゼぺリウム不動産 ロロイド・ゼぺリウム3世』という名前が記入されている。

名前の横には『迷宮建物取引士(国家資格)』と記載されていた。
(えぇ・・・)という顔をしてこちらを見てくるエリアスに同意を念を送りながら、アルディンは現状突破の糸口を掴むため会話を続ける。

「・・・えーっと、ロロさんはこの建物を管理されているんですよね。見た感じ我々ヒューマンが住むにはちょっと環境が厳しいとは思うんですが」
【あー、ここは元々ヒューマンの向け物件やったんですわ。そこで色々あって、わしの会社で取扱いさせてもらってるんです】

エリアスに聞いた過去の歴史と一致する。
一方で話を聞いていてもよくわからないことが多い。

「え、でも元々ヒューマンが住んでた場所をどうやって・・・まさかッ!」
「ッ!」

何かに気が付いたのかエリアスの顔色が青く変わる。
昔ヒューマンが住んでいた場所に今は魔物が住んでいるのだ。
そんなことが起きる理由は1つしか思い当たらない。
そう、それは目の前のリッチが滅ぼs

【競売で競りおうて買うたんですよー】

【わてはこれでも目利きに自信があるんですわーガハハ!】と笑いながら話すリッチをエリアスは生気の無い目で眺め、アルディンは剣の柄に手をかけた状態で(このまま一閃したいな)という誘惑に抗うことになった。
サリアに至ってはお茶菓子に夢中である。

「・・・競売になった経緯を知りたいのだけど」

魔術師特有の精神集中力を活かし、気を落ち着かせたエリアスが質問を重ねる。

【本来は告知義務はないんやけど、久々のお客さんや。お話させてもらいましょ】

【んー・・・】と若干渋る様子を見せたロロも、まぁえっかと話し出す。

【ここは元々災害が多い土地なんでヒューマンが住むには厳しい土地なんで長らく放置されとったんですわ。なんでここは国境になっとてやね、誰も欲しがらへんけど、他国を攻めるのにはええ足掛かりとなる場所やったんですわ】

当時、この場所を所有していた王国は他国への侵略を積み重ねる野心的な国王が居たらしく、戦争で手柄を立てた人物に国境周辺の領土を与え、そこを足掛かりに侵略するという行為を繰り返していたらしい。今はもう滅んでしまったその王国の、ここはそういう場所の1つ、というわけだ。

【当時は王国の住人は皆が皆、また悪徳でなぁ・・・。このあたりは手柄を立てた魔術師を新たな領主とした土地やったさかい、まぁなんというか、欲望むき出しに橋頭保として砦をたてたわけですわ】

まるで見てきたかのように語るリッチの表情はどことなく呆れをにじませ、やるせないというように肩をすくめる。

【まぁ戦争国家、戦闘民族とでもいうべきやつらでな。奴隷や市民は下層に住まわせて税を納めさせつつ、自分らは上層に済んどったわけや。この土地から相手ん国にすぐに攻め込めるように・・・ってことですわ】

欲に目が眩むと何も見えんようになるのは今も昔も変わりませんわ。とロロは続ける。

【まぁ一部のヒューマンはこんなところ住む場所やないって言うてましたけどね。自分たちは大丈夫と言って、いろんな人が我先に移住してましたわ】「ということはやっぱり?」
【案の定、あんさん達も見たとは思いますが、あの川が氾濫しましてなぁ。支配階級の住む上層は無事やったけど、労働階級の住む下層は全滅。生き残った上層の連中も、下に住むのが悪いとかい言うてましたが、下層の労働階級がいなくなったことで立ち行かんのうなりまして、まぁ破滅ですわな】「欲に目が眩むとはいうけど、それは今も昔も変わらないのね」
【ほんまに。でもまぁ、そのおかげでわてが安う買えたんでその点は感謝ですわ】

ガハハと笑うリッチを見て、なんともいえない表情になる三人。

「それで買い取って、ロロさんが、えーっと経営?してると」
【そうなんですわ。入居者募集中でっせ!どないです?】
「さっきこんなとこにヒューマンは住めないって言ってたけど」
【OH!】

やってもうたー!と額に手を当て、天を見上げるリッチもとい、ロロイド・ゼぺリウム3世。

なんなんだこいつ・・・。
アルディンの中でいざという時のための覚悟が、ガリガリと削られている音がする。

「とりあえず、自分たちは住むことができないんで、この辺で帰らせてもたってもいいですかね」
【そうやね。残念やけど、ま、しゃあないですわ。今後もよろしゅう御贔屓に】

アルディンの提案にあっさりうなずくロロ。なんだったんだあの緊張は…と思うものの、無事帰還できそうなことをとりあえず喜ぶことにする。

来た時と同じく、扉をくぐり元居た広間に出る。

無事に帰還できる。それは嬉しいことだが、リッチとはいえ人間に対して敵意もなく、お茶やお菓子までご馳走になったこの貴重?な経験を、ギルドにどう報告すべきか・・・アルディンは悩んでいた。

話が通じるだけでなく、人間に害をなすという意識が無いのであれば、このリッチのことを、わざわざギルドに報告することで討伐対象にしなくてもいいのでは。という思いもある。しかし、今後も人を襲わないという保証はないのだ。

そんなアルディンの悩みを見抜いたのか、エリアスは見送りについてきたロロに質問を投げかけた。

「ところで、ロロさんはたまたまって言ってたけど、なぜ今日ここに?」

そうか、たまたま来ているだけなら元の住処に帰る可能性もあるのか。
その事実に気づいたアルディンはエリアスの質問の意図を読み取り、目くばせで感謝を示し、ふふんとエリアスが得意げに笑みを返す。

【あぁ、掃除しにきましてん】
「えぇー?大変だね」
「それはまた・・・」

下の階の惨状を思い出し、思わずサリアから声が出る。
アルディンはちり取りと箒で掃除をしているロロの姿を思い浮かべた。

「たぶんあなた達の想像のような手作業じゃなくて魔術でするのよ」
「へ?」
「そもそも上級クラスの魔法が使えるのだから、ガレキや土砂の除去なんて簡単だと思うわよ」
「それはそっか」

リッチは魔術師の慣れの果てとも言われている。オーガやオークのような肉体労働が専門というタイプでないことは間違いない。

「魔術かー。私の部屋もエリアスが掃除してよ」「全部吹き飛ばしてあげましょうか」「ぴえん」という二人の会話を聞きながら、アルディンはロロに別れの挨拶を告げようとし

【ガレキや土砂なんて掃除しまへんで】

不意を突かれた形でロロから否定の言葉を聞くことになった。


「それはどういう・・・」
【むしろ今の住人達にはあれが売りなんですわ。そんなことしたらあきまへん】

確かに大ネズミやスライムは崩れた廃墟によく出没する。それが好みと言うのなら、ロロは一体なにを・・・

「じゃぁ、掃除って・・・」

【ここは競売で買うたっ言いましたやんか。確かに安う買えたのは事実なんやけど、それは訳ありだったからなんですわ】

心なしか広間の温度が下がった気がする。

【なんで、掃除の準備のために部屋に結界張ってたとこにあんさん達が来たもんで】

サリアとエリアスが警戒態勢に入る。この冷気は勘違いではない。
確実に広間の温度は下がっている。

【さっきの話にあった当時の魔術師、あれが不法占拠してましてなぁ】

あたりを目だけで見まわす。豪奢な廊下と広間。そうここはかつての領主が住む・・・

【わての物件やねんから大人しく出て行ってもらいませんと!ということでちょっとあんさん達に手伝ってもらわれへんかなって】
「皆!くるぞ!!!!!」

抜刀しながらアルディンが叫ぶ。そう敵はすぐ背後にいる!

『ワタシノシロカラデテイケエエエエエエエエエ!!!!!』

「やるぞ!!!」
「えぇ!」
「はいはーい!」
【わての物件から出て行ってもらうで!】

※参考 プラウド二子玉川
 旧堤防より外側のハザードリスクの高い立地にたつ物件。1〜3階の浸水リスクは高く、浸水リスクの低い4階以上の上層には地権者が住む。

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