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コーチ物語 クライアントファイル14「名探偵、登場」その8

 あれから三日後、真犯人逮捕の知らせが耳に入った。羽賀さんの情報通り、冬美を殺害したのは冬美の彼女、咲山かなえという人物だった。殺害動機も羽賀さんの言うとおり。冬美が自分と関係を持っていたことが許せなかったらしい。
「しかし、まさかこんな女性が……」
 取調室のマジックミラーから咲山かなえを見てそう感じた。どこかでこの女性を見たことがないか、ということで竹井警部に連れてこられたのだが。自分は初めて見る顔だった。
 めがねをかけて、全然ぱっとしない顔立ち。服装も地味だし、化粧もしていない。肌も荒れていて、田舎に住む純朴な女性という印象を受けた。見た目は冬美とは全く逆である。羽賀さんの話だと、冬美の方が「お姉様」と彼女を親しんでいたというが。とても信じられない。
「じゃぁ新城さんはあの女性を見たことがない、ということか」
「えぇ、まったく初めてです。でも信じられないなぁ。あんな女性が冬美を殺害するなんて」
「結構素直に白状してくれてるから、こっちも助かるんだけどよ。にしても、羽賀のヤツよくこの女性にたどり着いたもんだ」
 竹井警部はそれ以上は何も言わなかった。羽賀さんがちょっと違法なことをしてこの情報を手に入れたことに目をつぶってくれているのだろう。にしても、ホント羽賀さんはこの情報をよく手に入れたなぁ。
 警察署を出た後、ようやく自分が自由の身になれたことを実感。大きく背伸びをして一歩を踏み出した。そして向かった先は羽賀さんの事務所。
「こんにちはー」
「あ、新城さん、いらっしゃい。羽賀さん、ちょっと出てるけどすぐに戻ってくるから。それにしても今回は災難でしたねー」
 羽賀さんの事務所で出迎えてくれたのは、アルバイトのミク。専門学校生だが、羽賀さんの一番弟子を名乗っている。何でも気軽に話せる子だ。
「座って待ってて。今お茶を入れるからね」
「あ、お構いなく。それよりちょっと教えて欲しいんだけど」
 羽賀さんには直接聞きづらいので、ミクにこの疑問を投げてみることにした。
「なに?」
「あのさ、羽賀さんってどこからいろんな情報を得ているの? 今回のことにしても、通常のルートじゃ絶対に手に入れられないようなものだったし」
「う〜ん、こればっかりは企業秘密なんだな。まぁ有力な情報源になる人がいるってことくらいしか言えないなぁ」
 やはり無理か。でも、羽賀さんの人脈の広さに敬服してしまう。やはり情報って大事なんだな。
「ところで新城さん、新しい小説のプロットはできたの? 私、新城さんの推理小説って結構好きなんだよ。新しい作品ができたら、ぜひ読ませてよ」
 あ、その言葉なんだかうれしいな。ほんのちょっとでもいいから、自分のファンがいるっていうのは創作意欲の向上につながるから。でも、正直今は自信をなくしている。
 今まで自分の小説は、推理ものということで主人公の発想が突飛なところから真実をつきとめるような展開だった。けれど今回のことで見直さなければいけないことに気づかされた。全ては「事実」が証拠となること。なにが起きたのか、その事実を突き止めなければ「真実」は見えてこない。このことを忘れていた。
 そのことをミクに話しているときに羽賀さんが帰ってきた。
「あ、羽賀さん、おかえりなさい」
「ただいまー。新城さん、いらっしゃい。警察の方はもう終わったんですか?」
「えぇ、おかげさまで。今回は羽賀さんにだいぶ助けられました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらも楽しい思いをしましたよ。そして人の心の奥深さも知ることができました。見た目じゃ判断できないものなんですね」
 確かに、犯人の咲山かなえの見た目から、あんなことをするなんてとても信じられなかったからなぁ。そして殺された冬美も、あんなにプライドの高かったと思ったのが、レズプレイでは逆の性格をしていたなんて。
「そういえば、まだ一つだけ疑問が残っているんですけど」
 ふと思い出したことがあった。
「なんですか?」
「ほら、冬美の靴です。あのおかげで、冬美は一度外で殺害されたのではと思ったでしょう。でも警察で聞いたところによると、冬美は自分の部屋で殺されたって。どうして犯人の咲山かなえは冬美の靴を隠したんでしょうか?」
「新城さんならどう考えますか?」
 これはずっと悩みだった。警察はそんなところには注目していないのか、自分のこの疑問をはらすような情報を得ることはできなかった。
「そんなの、簡単じゃない」
 ミクがあっさりと答える。
「えっ、どうしてわかるの?」
 ミクは名探偵気取りで腕を組み、立ち上がってあたりをウロウロし始めた。
「それはですねー」
 ミクのヤツ、なんだかじらすなー。簡単だとか言って、実は今つじつまをあわせた答えを考えているんじゃないかな?
 けれどミクはにやりとしている。ホントにわかっているのか?
「ミク、そろそろ答えを教えて欲しいな。ボクも新城さんと同じく、そこがわからなかったんだよ」
 どうやらミクは羽賀さんにその言葉を出して欲しくてじらしていたようだ。
「ふふっ、じゃぁ教えてあげる。犯人の咲山かなえはあわててたのよ。とにかく証拠となりそうなものをすべて持って帰ろうとした。だから目に入った冬美の靴もおもわず手にとって現場を去った。それだけのことよ」
 えっ? ミクの答えを聞いてあっけにとられた。あわてていただなんて、それが理由になるのか?
「ミク、どうしてそう思ったんだい?」
「だってさ、現場には冬美の死体以外に残されたものはなかったんでしょ。ってことは犯人がすべて持って帰ったってことになるわよね。人を殺した後に、冷静に現場の証拠を残さないようにしよう、なんてこと、普通の人にできるわけないじゃない。だから目についたものをすべて片っ端からバッグか何かに入れて帰った。そう考えるのが普通じゃないかなって思ったの」
 そう考えるのが普通。それが普通の人が考えることなんだ。自分は頭の中で何度も殺人事件を組み立て、その度に殺人者の心理を作っていた。自分が作る殺人者は、どちらかというと計画的で冷酷、そして冷静になってトリックをつくりあげたりしていた。
 しかし現実ってのはそうじゃない。トリックを作る殺人なんてそんなに起きているわけじゃない。むしろ、とっさに殺してしまって、あわてて自分の痕跡を消そうとするのが普通か。
 今回もまた一つ学んだ。まったく、ミクの言うとおりだ。
「普通の人の普通の考えか……」
「まぁまぁ。小説はあまりにも普通すぎたら、おもしろくなくなるじゃない。やっぱ小説は架空の出来事だから。巧妙なトリックとか、複雑な人間関係とかがないと、読む方も飽きちゃうからね」
 ミクの言葉はなぐさめにも聞こえたが。自分にはもっと人の心理を勉強しなさいと言う言葉に聞こえた。
「ミクの推理が合っているかどうかは、あとで竹井警部に聞くとしましょう。ところで新城さん、次回作のプロットって決まったんですか?」
「あ、私と同じ事聞いてるー。羽賀さんも新城さんの次回作、期待しているんだ。さっきその話をしていたところなんですよ」
「じゃぁボクにもぜひそれを聞かせてくださいよ」
 普通ならここで次回作のプロットを話すところ。でも考えが変わった。
「次回作は大きく路線を変更しようと今決めました。もっと人の心理を勉強しないとなぁ。あてずっぽうの心理じゃつじつまがあわないし。巧妙なトリックとか、そういった見た目の仕掛けじゃなく。人の心の奥にある、もっとドロドロとしたところ。これを作品に表現してみたいと思いました」
 ここで一つひらめいたことがある。
「羽賀さん、コーチングって人間の心理も扱うんですよね?」
「えぇ、心理学ほど深くはやっていませんけど。まぁ扱うことも多いですね」
「じゃぁ、自分にその心理っていうのを教えて頂けないですか? もちろん費用はお支払いしますから。ね、お願いしますよ」
「えっ、そ、そんな依頼は初めてだなぁ……」
「いいじゃない、羽賀さん。やってみれば? ひょっとしたらそのおかげで新城さんがメジャーデビューできるかもよ。そのときは早めにサインもらっておかなきゃね」
「う、うぅん。じゃぁ、こうしましょう。新城さんのコーチングをやりながら、必要だと思ったところで心理の情報をお伝えする。これだったらできると思いますので」
 話は決まった。なんだかワクワクしてくるなぁ。
 羽賀さんという人が身近にいてくれてホントありがたい。コーチにしておくにはもったいないな。よし、いつか羽賀さんのような人を主人公にした小説を書いてみよう。
 よぉし、しっかりと学んでいい作品を書いていくぞ!

<クライアント14 完>

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