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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第三章 真実とともに その7

「兵庫、きさまどうして、どうして石塚さんを……」
「決まってるじゃないですか。日本がこれから正しい方に向かおうとしているのに、それを邪魔しようというのですから。だから消えてもらっただけですよ。でも、それもあなたたちに阻止されましたけどね」
「じゃぁ、最初からそれを狙って私に同調したフリをしていたのか?」
「ホント、大笑いですよ。まさか坂口さんから誘ってくれるとはね。おかげで裏切り者の情報は筒抜けでしたよ」
 まさか、本当に兵庫が裏切り者だったとは。灯台下暗しとはこのことだ。自分の部下の素性までは深く調べなかったからな。
「じゃぁ坂口さん、そろそろ覚悟はいいですか?」
 そう言って兵庫はポケットからナイフを取り出した。きっとあのナイフが私の背中を刺したんだな。
 大声を出して助けを呼ぶこともできる。だがそれでは間に合わない。では兵庫と戦うのか? だが傷を追った私には体力的に不利だ。どうする?
 兵庫はゆっくりと私に近づいてくる。私はそれにあわせて後ずさりをする。ダッシュして逃げることもできる。が、これもおそらく兵庫に追いつかれるだろう。そうなると、一気に刺されて致命傷になる危険性もある。
 じゃぁどうする?
 このとき、兵庫の後ろにあるものを見た。
 そうか、きっとそうだ。そうに違いない。
 私は目を閉じて、その場で祈る格好をした。
「なんだ、神頼みか? それとも命乞いか? まぁいい、もうこれであんたも終わりだ」
 そう言って兵庫が駆け出そうとした瞬間!
「ぐへぇっ、あがっ」
 兵庫の悲痛な叫び声が聞こえた。
「坂口さん、待たせたね」
 その声はジンさん。そう、あのとき私が兵庫の背後に見たのは、ジンさんが隠れながら兵庫に近づいてくる姿だった。私は兵庫の気を私に集中させるために、あえて祈るような格好で意表をついてみたのだ。
「ジンさん、ありがとうございます。でもよくここがわかりましたね」
「ったく、羽賀さんにこいつを仕掛けてもらって正解だったよ」
 ジンさんはそう言って私のパジャマのえりを探った。そして小さなものを手にした。
「これは……発信機?」
「あぁ、少なくとも半径200メートルくらいだったら、こいつの位置がわかるからな。今夜、ずっと病院の駐車場で坂口さんの動きを見張っていたんだよ。おそらく敵が動き出すだろうと思ってね」
 なるほど、しかし羽賀さんいつのまにこんなのを仕掛けたんだろう?
「ありがとうございます。ところで兵庫はどうしますか?」
「とりあえずオレがしかるべき所に連れていくよ。どうやらこいつにはまだ黒幕がいるようだからな。それより坂口さん、あんた傷口が開かないように安静に寝ておかなきゃ」
「はい、ありがとうございます。でも、黒幕って一体……ひょっとして、リンケージ・セキュリティの社長、佐伯孝蔵ってことか……」
「それは二人目の石塚さんが教えてくれるよ」
「そ、その二人の石塚さんの謎も解けたのですか?」
「あぁ、だがまだその存在を確認できたわけじゃないから、これについてはもう少し待ってくれるかな。そっちの方は羽賀さんが追ってるから」
「わかりました……では今夜は病室に帰ります」
「あぁ、そうしたほうがいいだろう」
 そう言ってジンさんは倒れている兵庫を担いで、再び暗闇に消えて行った。
 その夜、私の頭の中は今まで起きたことと羽賀さんからの情報でいっぱいになっていた。どこをどう結びつければいいのか、少し混乱している。
 ようやく眠りについたのは、明け方近くだった。おかげで朝食の時間ギリギリまで寝ていた自分がいた。
 午前中、羽賀さんがお見舞いに訪れてくれた。
「坂口さん、昨晩は大変でしたね。傷口は大丈夫でしたか?」
 ジンさんにひと通り報告を聞いたのだろう。私は多くを語ることなくこう答えた。
「大丈夫です。それより兵庫は?」
「彼にはいろいろと聞きたいことがありますので。それについてはジンさんにまかせてあります。それよりも、こっちの方を報告しないと」
 そう言って羽賀さんはデジカメを取り出した。
「なんですか。あ、二人の石塚さんの謎ですね」
「はい、今朝方ようやく二人目の石塚さんを見つけました。こんなにも時間がかかるとは思わなかったですよ」
 そういって羽賀さんはデジカメの画像を私に見せてくれた。
 そこに映っているのは、薄暗い部屋の中にある一台のパソコン。
「これ、何なんですか?」
「これがもう一人の石塚さんです」
「もう一人のって? これ、パソコンですよね」
「はい、パソコンです。そしてこれが今まで坂口さんが戦ってきた相手なんですよ」
 どういうことか今一つ理解出来ない。パソコンが石塚さん。そして私たちが戦ってきた相手……まさかっ!
 私はもう一度デジカメの写真を覗き込んだ。さらにこの画面をズームアップし、ディスプレイを見た。
 そこには私たちが見慣れている画面が映し出されている。これは明らかに、何かをハッキングしているときの画面だ。
「ということは、このパソコンがもう一人の石塚さん。いや、私たちが戦ってきた方の石塚さんということなんですか?」
「はい、その通りです。石塚さんはフルオートでハッキングするプログラムを組んでいたみたいなのです。ただしこれの難点は、入手したデータの判別はつきません。だからこそ、最後は人の手がいるのです」
「なるほど、ではこいつらは今も動いている。そういうことですか?」
「えぇ、その通りです。そして逐一信和商事にその蓄積データを送っていることになります」
「じゃぁ、ハッキングに人はいらないじゃないですか。石塚さんは何をしていたのですか?」
「彼は、ハッキングした膨大なデータを選別し、蓄積すべきデータのみを保管する。そんな役割でした。そしてなにより、彼はこのハッキングシステムの開発者です。定期的にメンテナンスを行い、さらに制度の高いハッキングシステムに仕上げていく。それが石塚さんの役割でした」
 なるほど、ハッキングは石塚さんではなくこのコンピュータがやっていたのか。それで石塚さんが二人いるってことになったわけだ。
「じゃぁ、石塚さんが亡くなった今もこの装置は動いているということなのです?」
「はい、そして信和商事にそのデータを送り続けています」
「じゃぁ、私たちがやってきたことの意味がないじゃないですか? 石塚さんはどうしてこの装置を止めなかったのですか?」
「止める前に亡くなってしまいましたから……」
 そうだよな、考えてみればわかることだ。石塚さんが生きているのにこの装置を止めてしまうと、間違いなく石塚さんの仕業だということが信和商事側にバレてしまう。さすがにそんなことできるわけがない。
 石塚さんは私たちとの活動を続けながらも、信和商事、そしてロシア側に情報を流し続けていた。そんな矛盾の中で生きてきたのか。
 その苦悩は人一倍だったに違いない。
「でも、羽賀さんはよくここまでたどり着きましたね。この装置は信和商事の中にあるんじゃないですか?」
「そこはさすがにセキュリティ性を高めていましたよ。万が一逆ハッキングされてこれが信和商事内部にあることがわかると、会社そのものがピンチに陥りますからね。全然関係の無い場所にありました」
「どうやってそれがわかったのですか?」
「それについてはちょっと企業秘密で詳しくは教えられないのですが。まぁこちらにも天才ハッカーがいるということだけお伝えしておきましょう」
 羽賀さんの人脈もなかなか幅が広いな。
「じゃぁ、私たちはどうすればいいのですか? この真実を知ったところで、何も出来ないじゃないですか。今こうやって話しをしている最中にも、その装置はロシア側に情報を流し続けている。私たちの方もそうだ。その情報流出をを防衛するために活動を続ける。イタチごっこを続けても、なんの意味もないのに」
 私は真実を知って愕然とした。私たちの反乱は、マクロ的な視点からすると大きなダムを針の穴でつついた程度でしかなかったのかもしれない。そんなことでは日本を救うなんていうダムの決壊を引き起こすことは永遠に不可能だ。
「本当にそうでしょうか?」
 羽賀さんは慰めの言葉としか思えないような質問をしてきた。
 本当に我々は無力だったのか。もう一度考えてみた。だが今の段階では何も出てこない。
「そもそも坂口さんは何をしたかったのですか?」
 何をしたかったのか。そこをもう一度考えてみた。そして頭の中にひとつの結論が浮かび上がった。

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