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コーチ物語 クライアントファイル 11 コーチvsファシリテーター その2

 羽賀がコーヒーショップに入ると、奥の方で異彩を放つ姿が目に入った。依頼主の小笠原真紀子議員である。
 この駅中のコーヒーショップ、客層は若い人かビジネスマン。それなりの年齢層の主婦の姿も見受けられるが、六十代の女性が一人でこんな店に来るというのはめずらしい。
 さらに小笠原は六十代とは思えない、ピンク色のジャケットとスカートという格好。首には真珠のネックレスもしている。
「小笠原さん、ですね。私コーチの羽賀と申します」
 羽賀は深々とあいさつをして名刺を手渡した。すると小笠原も立ち上がってていねいなお辞儀を。
「わざわざおいでいただきありがとうございます。小笠原でございます」
 言葉遣いもていねいだ。いつもラフな格好で動き回る羽賀の方が恐縮してしまった。
 小笠原は名刺をテーブルの上に置き、しなやかな動作でゆっくりとイスに座り直した。
「で、早速ですがどのようなご依頼でしょうか?」
「はい、羽賀さんは私の活動のことはご存じでしょうか?」
「えぇ、県議の小笠原さんと言えば、現在教育改革に力を入れていらっしゃいますよね。そして次の選挙では国会出馬ということも耳にしていますが」
「はい、実はそのことでコーチングをしていただけないかと思いまして」
「そのことで、というと?」
「その前に、お飲物を注文されませんか?」
 羽賀はうっかりしたという顔。このコーヒーショップはカウンターで飲み物を注文して、自分で取りに行くというセルフサービスの店である。
 小笠原の席にはすでにコーヒーと思われるコップが置かれていた。
「じゃぁ失礼してちょっと飲み物を注文してきますね」
 そう言って席を立つ羽賀。その直後に小笠原はどこかへ電話をし始めた。
「それにしても、教育改革と国会出馬、どういった依頼になるんだろう?」
 羽賀は独り言を言いながらカフェラテを注文。ほどなくして席へと戻った。が、そのとき事件が起こった。
「あれっ、小笠原さん? おかしいなぁ、さっきまで居たはずなのに」
 なんと、依頼主である小笠原が姿を消したのだ。残っているのは小笠原が飲んでいたコップだけ。
「トイレにでも行ったかな? まぁしばらく待ってみるか」
 だが羽賀のその思いも虚しく、十分ほど待ってみても小笠原が帰ってくる気配がない。
「おかしい。何かあったか?」
 慌てて店を出る羽賀。だが探すあてがない。
 羽賀は携帯電話を取り出し、辺りをキョロキョロしながら電話をかけた。
「あ、ミク。小笠原さんから何か連絡は入ってないか?」
「いや、何もないよ。どうしたの?」
「依頼主の小笠原さんが消えた。さっきの依頼の電話のときに連絡先は聞いてないか?」
「連絡先は…これ、固定電話の番号だけど。かかってきた電話の番号もこれだったよ」
「じゃぁそいつを教えてくれ」
 羽賀はミクから電話番号を聞き出しすぐにかける。
「はい、友民党県事務所でございます」
 ちっ、羽賀はかるく舌打ち。
「すいません。小笠原議員はそちらに戻られたでしょうか?」
「いえ、本日はもうこちらには戻らない予定となっておりますが」
「では何か連絡とか入っていないでしょうか?」
 その羽賀の質問には残念ながらノーの答え。これで八方ふさがりだ。
「どうしたらいいんだ……」
 とにかくやみくもでもいいから探そうと走り出した羽賀。と、そのとき一人の男性と軽くぶつかってしまった。
「おっと、失礼しました。ごめんなさい」
 羽賀はそう言うと駅の駅の出口の方へと走っていった。
「なんだかさっきの男性、慌ててたなぁ。急ぎの用事でもできたんだろう。さてと、ここか……」
 コジローが立っているのは駅中のコーヒーショップ。待ち合わせの時間にはもう五分ほどある。
 コジローの主義としては時間厳守。これは早くても遅くてもダメ。そしてできる限り依頼主より後から入ることをモットーとしている。
「依頼主は奥のテーブルに座っているということだな。ということは、結構早めにこの店に入っているはずだ」
 コジローは店の入り口からさりげなく店の奥をのぞき込む。だが指定されている場所には誰も座っていない。そこには飲みかけであろうカップが一つ置かれているだけであった。
「おかしいな、トイレにでも行っているのか?」
 コジローは時間ぎりぎりまで店の外で様子をうかがってみた。だが時間ちょうどになっても席に誰かが戻ることはなかった。
 さらに別の客がその席に座ろうとしていたので、コジローはあわててその席へと走っていった。
「あ、すいません。ちょっとこの席で待ち合わせをしているもので」
 席を横取りされた女性客はちょっと不満顔。
「それにしてもおかしい。どうしたのだ」
 ここでふとコジローがテーブルの下に目をやると一枚の名刺が落ちていた。
「コーチ 羽賀純一。こいつと会っていたのか?」
 コジローは店を出てすぐに公衆電話へと走った。
 コジローは携帯電話を持ってはいるがあまり使うことはない。携帯電話というのは常に通信記録が残ってしまう。通常の会話ならば問題ないが、裏ファシリテーターという立場上、クライアントに関わる連絡を行う場合はなるべくその痕跡を残さないようにするのがコジローの主義だ。
 コジローが公衆電話からかけたのは喫茶エターナル。
「あ、真希ちゃんか。マスターは?」
「今、奥に閉じこもってますよ」
「なら大至急調べてもらいたいことがある。コーチングをやっている羽賀純一という男だ。どんな男なのか、そして小笠原真紀子との関係。よろしく頼む」
 コジローは手短に用件だけを告げて電話を切った。
「この男、ホームページがあるのか」
 次にコジローが向かったのはインターネットカフェ。駅前に大きなチェーン店があるので、そこに飛び込んだ。そして早速名刺に書かれているURLにアクセス。
「ん、この男、さっきの……」
 コジローは気づいた。先ほどコーヒーショップの前でぶつかったあの長身の男こそ羽賀純一である。
「ってことは、小笠原真紀子は私と会う直前にこの男と会っていた。しかしあの男の慌てようからみて、小笠原真紀子は姿を消した。どうしてだ? 小笠原真紀子はこの後私とも会う予定にしていたはずなのに。それに彼女は私とこの羽賀に何を依頼しようとしていたのだ?」
 そんな考えを薄暗いインターネットカフェの一室で巡らせるコジロー。そのときコジローの携帯電話がリズミカルに小刻みに震えた。
「マスターか」
 コジローはマスターからのメールに対しては特定の着信バイブに設定している。マスターからのメールといっても、そこには何も書かれていない。これはマスターが情報を送ったという合図なのだ。
 コジローはパソコンに向かってあるホームページを開く。そこにはQRコードしか載っていない。
 それを携帯電話で撮影すると、コジローの携帯電話には文字がずらりと並んだ。そしてパソコンはエンターキーを押すと画面が切り替わった。これで二度とそのQRコードは復活しない。
 コジローの携帯電話に並んだ文字。これはコーチ羽賀純一に関する情報であった。マスターからの情報はこのようにして受け取っている。これは情報の痕跡を残さないようにするためである。
「あいつ、元四星商事のエリート営業マンか。しかもあの畑田の部下だったとはな。そしてコーチングは桜島先生から学んだのか。こいつは凄腕のコーチだな。しかしそいつがあれだけ慌てているということは、やはり小笠原真紀子が突然姿を消したとしか思えないな……」
 そうしていると、再び同じ着信バイブが。コジローは先ほどと同じようにしてマスターからの情報を受け取った。
「今度は小笠原真紀子についてか」
 再度携帯電話に並んだ情報を眺めるコジロー。そこで意外なものを発見した。
「なるほど、そういうことか。それで小笠原真紀子はあの場から姿を消したんだな。おそらく私とあの羽賀というコーチにはこの件をなんとかしてもらいたくて依頼をしてきたんだろう」
 何かを納得したコジロー。
「さて、これからどう動くか……」
 まだ正式に小笠原真紀子からは依頼を受けたわけではない。だから見て見ぬふりをすることもできる。
 しかしコジローは思い立って、インターネットカフェを後にした。そして再び公衆電話へと足を運んだ。

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