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コーチ物語 クライアントファイル 9 疾走!羽賀コーチ その1
「はぁはぁ、こ、ここか…」
ボクはカバンを脇に抱え、腕時計を見る。時間は夜の七時十五分を少しまわったところだ。
ボクは走り回ってようやく目的の場所までたどり着いた。
周りを見回す。追っ手は来ていないようだ。とにかくこいつを早くあの場所まで届けなければ…。
その思いでビルの横にある階段を駆け上がった。
ドン、ドン、ドンっ。
ボクは激しくその扉を叩いた。
電気がついているのはさっき外から確認したので、間違いなく人はいるはず。
早く、早く出てきてくれ。そう祈りながら、階段の外を眺める。追っ手に見つかる前に、早くこいつを…。
「はぁい。今空けますからそんなに激しくドアを叩かないでくださいよぉ」
部屋の奥から女性の声が聞こえた。しかし、その声はボクが期待していたものとは違う声。
「すいません、開けてください。
ここの人に、羽賀さんに大至急お願いしたいことがあってきました」
「はいはい、ちょっと待ってて」
ボクの声に女性の声が応えてくれ、それと同時に扉が開いた。
と同時に、ボクは部屋の中に滑り込む。そして後ろ手に扉を閉め、内側からカギをガチャリとかけた。
「い、一体何なのよ。あなたどういうつもり?」
目の前には若い女性。ぼくよりも年下だろう。
「ここの羽賀さんはどちらにいらっしゃるのですか?」
「それよりも、どうしてカギなんか閉めるのよ。
まさか、強盗とかじゃないわよね?
自慢じゃないけれど、この事務所にはそんなお金はないわよ!」
確かに、言われたようにこの殺風景な事務所にはそれほどお金があるとは思えない。が、そんなことはどうでもいい。
「ここの羽賀さんはどこに?
大至急お願いしたいことがあるのです」
「その前に私の質問に答えてよ。
全く、こんな時間にいきなり訪問されて、ドアを開けるなりいきなり入ってカギを閉めるなんて。怪しいにもほどがあるわよ」
「あ、ごめんなさい。でも、こうしないと安心して話ができないので……多くは語れませんが、今ちょっと追われているんです。それで追っ手を振り払ってやっとここにたどり着いたもので…」
「な、なによ。ちょっとあなた何やったのよ?」
「ボクは何もしていません。ボクだってどうしてこうなったのか知りたいくらいですよ。とにかくここの羽賀さんにあわせてくださいよ。お願いします」
「羽賀さんなら今いないわよ」
えっ、ボクは女性の言葉に愕然としてしまった。そして時計を見る。あ、あと四十分ほどしかない…急がないと。
「羽賀さんは、羽賀さんはどこに行ったんですか?
連絡は取れないのですか?」
「もうちょっとしたら帰ってくるはずよ。今自転車のトレーニングに行っているから。いつも七時半くらいに戻ってくるから後十分くらいかな」
「あと十分…連絡は付かないのですか?」
「羽賀さん、携帯電話嫌いだからあまり持ち歩かないのよね。特にトレーニングの時はじゃまだからって持っていかないし」
そう言って女性は机の上にある携帯電話に目をやった。
「あぁ、どうしよう、どうしよう」
ボクは頭を抱えてしまった。このままでは間に合わないかもしれない…。
「一体羽賀さんに何の用なのよ? 用事なら羽賀さんの一の子分、名アシスタントのミク様が聴いてあげるわよ。どんと任せなさい!」
ミクと自称する女性は、そう言ってボクの前に胸を張って立ちはだかった。ただし、胸を張ってといったものの、その胸はそれほど大きくないのが印象的だが。
「あなたにこんなことを言っても信じてもらえないかもしれないですが…」
とにかくこうやっていても仕方がない。この小さな胸のミクさんに話だけでもしてみよう。
「大丈夫、私だって羽賀コーチの一番弟子。あなたのことを信じるから、安心して話をしてみて」
大丈夫かな、そう思いながらもボクは話を始めた。
「今日の昼にボクは彼女とデートしていたんです。ボクも彼女も平日にしか休みが取れないし、なかなかタイミングが合わないので、本当に久しぶりのデートだったんですよ」
ミクさんはフムフムといいながら、メモを取り始めた。
「昼に一緒に食事をして、今日は公園へ行こうってことにしていたんです。たまにしかあえないので、のんびりいろいろと語り合いたくて。でも、公園に行ったのが間違いでした。こんなものを見つけてしまうなんて」
「こんなものって、どんなものよ」
「それがこれなんです」
そう言って、ボクは脇に抱えていたバッグを取り出し中を開いて見せた。
「な、なによ、これ?」
バッグの中にあったもの。それは白い粉。
「おそらくあれじゃないかと」
「あれって…ま、まさか?」
「でないと、ボクが追われる理由がありませんから」
そう、あれとは覚醒剤のこと。そしてボクを追っているのはどう見てもカタギの人とは思えない連中。
「だったら、こんなところに来なくて警察に行かなきゃ! 何でこんなところに来たのよ?」
その疑問はもっともだ。ボクはさらに説明を加えた。
「ボクも最初は警察に届けようとしたんです。でもそれも間違いでした。そのまま見ないふりをすればよかったんだ」
「だから、何があったのよ?」
「ボクと彼女がこのバッグを見つけて警察に届けようとしたときに、突然男に腕を捕まれて…バッグをよこせと言われたので、ボクも怖くてその男に渡そうと思ったら、別の方向から男が駆け寄ってきて『そのバッグをこっちによこせ』って。そしたら腕をつかんだ男の方が、あわててボクの彼女にナイフを突きつけてこう言ったんです。『このバッグを持って逃げやがれ。おまえの彼女はオレが預かっておく。とにかく逃げろ』って。ボクは無我夢中で逃げましたよ」
「えぇっ、あなた彼女をそのままにして逃げてきたの? なさけない男ねぇ」
「あのときはそうするしかなかったんですっ。彼女にはナイフが突きつけられているし、このままじゃ彼女の方が危ないでしょう。それにナイフを突きつけた男の目が尋常じゃなかったから」
そうは言ったものの、今思えばそれは言い訳に過ぎないと感じているボクがいた。
「で、そこまではわかったけれど、どうしてそれと羽賀さんが関係するのよ? 警察に行けばいい話じゃないの」
「話はまだ続くんです。別の方から来た男がボクを追ってきたんですけれど、ボクはなんとか振り切りました。そしたらあの男から携帯に電話がかかってきたんです」
「え、どうしてあなたの携帯を知っていたの?」
「ボクの彼女の携帯を使ったんです。
おまえの彼女はオレが預かっている。おまえの持っているバッグと引き替えに彼女を渡すって。時間は夜八時、場所は隣の町にある、今は使われていない会社の倉庫だって」
「夜八時って言ったらもう時間がないじゃないの。だったらこんなところに来ないで直接そこに行けばいいじゃない」
「だめなんです。もう一つの追っ手がボクのことを探し回って…」
「はぁ〜、今日もいい汗かいたなぁ」
そう言っていると、ドアの向こうで男の声が聞こえた。ボクの目は希望の光に輝いた。
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