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コーチ物語 クライアントファイル 11 コーチvsファシリテーター その6

「あんた、コーチングの羽賀さんだね」
 羽賀は暗闇から突然現れた二人の男に驚きを隠せなかった。
「なんだよ、あんたらは?」
「唐沢、待て」
 二人につかかろうとした唐沢を抑えたのは羽賀。このとき羽賀は直感で何かを感じ取ったようだった。
「ひょっとしてあなた達もあそこに用事があるのではないですか?」
 羽賀は後ろ手に、遠くに灯りの見える別荘を指さした。
「その通り。そして目的は君たちと同じだ」
 コジローはそう言いながらさっと右手を差し出した。ここは一つ協力しようじゃないか、という意志の表れである。
「おい、羽賀ぁ。こんな得体の知れねぇやつと組むのかよ」
 唐沢の目線はコジローではなくジンに向けられていた。確かにジンはパッと見る限りでは普通の人ではない。その体格と言い、鋭い眼光といい、修羅場をいくつもくぐり抜けてきた印象が強い。
 だが羽賀は唐沢の言うことを気にもとめず、にこりと笑ってコジローの差し出した右手に右手を重ね合わせた。
「あなたが誰なのかは後にしましょう。今は目の前の問題を解決することを優先するべきだ。ボクの直感がそう言っています」
「そうか、君も自分の直感を信じる人間なんだな」
 たったこれだけの会話で、羽賀とコジローの間には信頼関係が生まれた。これはその特質を持つもの同士しか分かり合えない感覚。
「ところで、何か考えがあるのですか?」
 羽賀がそう尋ねると、コジローはポケットから紙とペンを取り出し、この辺りの簡単な地図を書き始めた。
「やつらの車は一台。多くても五人しかあそこにはいないだろう。そしてもう一台乗用車がある。これは小笠原議員の車に間違いない」
「つまり、今あそこでは何かしらの交渉が行われている、ということですね」
「たぶん。こちらが一気に殴り込みをかけても、やつらがどのような道具を持っているかわからない。だからやつらの力を分散させる必要がある」
「交渉か…となるとそこそこ力を持っている連中も来ている可能性が高いってことか。やっかいなのは冷静さを失って何をするかわからない下っ端連中だな。そいつらをうまく外におびき出せばいいってことか。ところで……えっと、そういえばまだお名前を聞いていなかったですね」
 羽賀のその問いにコジローは一言こう答えた。
「コジローだ」
 このとき、唐沢の顔色が変わった。
「コジローって、もしかして、あの……」
「なんだ、唐沢。知り合いか?」
「羽賀さん、何かいいアイデアはあるか?」
 コジローの言葉で再び作戦会議に集中する羽賀。このとき、羽賀はジンをまじまじと見つめて一つの提案を出した。
「失礼ですが、チンピラ三人くらいならなんとかなりますか?」
「あぁ、まかせとけ」
「よし、それならいけるかな。唐沢、こちらの方と一緒にお前の車で派手に別荘に乗り付けてくれ」
「派手にって、それじゃ見つかるだろう」
「見つけてもらうんだよ。そして……」
 羽賀は自分が立てた作戦を他の三人に伝えた。
「よっしゃ、そいつはオレの腕の見せ所だな」
 ジンはやる気満々。それと対照的なのが唐沢である。
「ホントに大丈夫かよ……なんかとんだ貧乏くじ引かされたような気がするけどなぁ」
「唐沢、おまえの強運に賭けているんだから。頼んだよ。じゃぁ早速行動を開始しましょう。決行は五分後。コジローさん、よろしくお願いします」
 コジローはこっくりとうなずき、羽賀が立てた作戦の配置についた。

「ったく、強情なばぁさんだな。あんたがやりてぇことはわかったよ。だからそれはやっていいって言ってんだろ。そのかわり、法人つぶしだけは取り下げてくれりゃいいんだよ」
 サングラスをかけたスーツ姿の男が、ゆっくりとした口調でそう語りかける。
「それは……それはできません。税金の無駄遣いをやめて、本当に必要となる教育改革資金へ回す必要があるのです。だから……」
バンッ
 激しく机を叩く音。頭を丸めた血気盛んな強面の男が小笠原議員をにらみつける。
「まぁまぁ、おまえは血の気が多いんだからよ」
 サングラスの男が抑えに入る。
「まぁこういった連中が多いのは勘弁してくれ。どうしてこんなやつばっか集まったかねぇ」
 そういって辺りを見回すサングラスの男。先ほどの頭を丸めた男の他に二名ほどいる。一人は角刈りでいかつい体格。もう一人は体は小さいが、さきほどからナイフをいじっている。
 そしてその二人の間には一人の少女が。目隠しとさるぐつわをされ、後ろ手に縄で縛られイスに座っている。かなり泣いたのだろう。目隠しはじわりとしめっている。そしてもう泣く気力すら無いようだ。
「あんたがここで首を縦に振ってくれりゃ、このかわいいお孫さんもあんたの胸に飛び込んでいけるんだよ。それにあんたが国会にでるときには、こちらも全面協力してやろうって言っているじゃない。悪い取引じゃないと思うよ」
「先ほどから申し上げているとおり、あなた達の力を借りる必要はありません。早く美咲を返してください」
 何度もこんな口論が続いたのだろう。いつまで経っても結論が出ないままの堂々巡り。右翼の幹部らしきサングラスの男も、ほとほと疲れ果てているようだ。
 とそのときであった。
ギュルギュルギュルッ、キキーッ
 派手な車の音が外で聞こえた。
「おいっ」
 サングラスの男が目で合図。頭を丸めた男が外の様子を見に出て行った。
「なんだ、てめぇらは」
 そう言われて車から出てきたのは、頭を丸めた男よりも一回り体格の大きなジン。ジンは無言でその男に近寄った。
「なんだ、大したやつじゃなさそうだな」
 ジンはそう言うと、相手にいきなり頭突き。よろけたところにみぞおちに一発ひざ蹴り。
「うごっ、うぐぐぐっ」
 腹を押さえくの字になったところに、回し蹴りでこめかみに一発。これで頭を丸めた男はKOされてしまった。
「おいっ、何かあったのか?」
 慌てて出てきたのは角刈りの男。男はジンの姿を見ると、一直線に飛び込んできた。
「てめぇっ」
 だがジンは冷静。男の攻撃をすっとよけると、今度は足を引っかける。よろけたところに後ろから一発けりを入れる。
 顔面から地面にキスをする角刈りの男。
「ったく、何も考えねぇで一直線に飛び込んで来るからぁ。おたくさぁ、もっと冷静になろうぜ」
 ジンは男の首根っこをつかんで立ち上がらせる。そしてにやりと笑ってボディに一発。
「うぐっ」
 それで角刈りの男はKOされてしまった。
「なんだぁ、きさまらぁ」
 続けて体の小さな男がナイフを片手に飛び出してきた。
「おい、乗れっ」
 唐沢がジンにそう言うと、ジンは相手がぎりぎりまで近づくのを待って車に乗り込んだ。
「てめぇっ」
 車で立ち去ろうとする二人を見て、ナイフの男はバンへ乗り込み、すぐに後を追いかけた。
「しめしめ、羽賀の作戦通りだな」
 唐沢はすぐには車を出さずに、ナイフの男が車に乗り込んだのを見計らって車を出した。
「待ちやがれっ!」
 血の気の多いナイフの男はムキになって唐沢の車を追いかけ始めた。
 そして辺りには静寂が戻る。そのとき、茂みから二人の男が登場。羽賀とコジローである。
「じゃぁ行きますか」
 羽賀の合図で二人は別荘へと足を踏み入れた。

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