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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第三章 真実とともに その1

 石塚さんが死んだ。
 その一報を聞いたとき、私の中にある何かがはじけ飛んだ。
 石塚さんは信和商事の社員。しかしその実態はロシアへ日本の軍事機密情報を送っているスパイであり、天才的なハッカーであった。
 私はリンケージテクノロジーという、表向きはセキュリティ機器の開発や情報システムを制作している会社の社員。私の勤めている会社は、リンケージ・セキュリティという警備会社の子会社であり、主な取引先はここである。
 私の仕事は、主にセキュリティ情報の開発と表向きはなっている。が、実際にはリンケージ・セキュリティから依頼をされて日本の情報機密が外部へ漏れないようなシステムをつくる仕事をしている。
 つまり、石塚さんとは敵対関係にある。彼とはハッカー対防御側として何度か直接対決を行ったことがある。だがおもしろいもので、ネットの世界を通じて彼のことがなんとなくわかってきた。
 そんなある日、突然彼から思いもよらないメールが届いた。
 メールアドレスなんて知らせていないのに、どうしてわかるのか。そんなのはハッカーとしては序の口。まぁ裏をかえせば、我社のセキュリティもまだまだ甘いということなのだが。
 しかし、敵となる人物が正々堂々と私にアクセスしてくるとは。度肝を抜かれた。
 そしてそのメールには一言、こんなことが書いてあった。
「オレたち、いつまでこんなことを続けるんだろう?」
 その一言は、私の中にくすぶっていた気持ちを呼び起こさせてくれた。実は全く同じことを常々思っていたのだ。
 私は今まで、何を目的としてこんな仕事を続けていたのだろうか?
 日本を守るため? いや、そんなことは正直みじんにも思ったことはない。
 会社に言われたから? その方が間違いなく意識は強い。
 もともとコンピュータに強く、その能力を買われて今の仕事に就いている。自分を認められている。そんな錯覚に陥っていたのだろう。
 けれど、本当に自分の能力を使わなきゃいけないのはいつなんだろう。
 石塚さんからのメールでその思いが心の奥から沸き上がってきた。そして居ても立ってもいられない。そんな衝動にかられてしまった。
 私は、相手が敵だと分かっているにもかかわらず、そのメールに返信をしてしまった。
「もう、こんなイタチごっこはやめたい」
 本音だった。どうせなら自分の力を、もっと建設的で前向きなことに使いたかった。だがそのことを誰かに話すわけにもいかない。
 その日から、石塚さんとのメールのやり取りが始まった。といっても、このメールも会社のサーバーを通してやっていたのではどこかで誰かに見つかってしまう。だがそこは二人とも抜かりはない。お互いにプライベートで使っている携帯端末を使い、外部サーバーを通してのメールのやり取り。しかも、内容は機密には絶対に触れないようにする。
 一見すると、会社への愚痴の言い合いのような内容。しかし、そこは気心が知れた相手だ。何を言わんとしているのかが十分読み取れる。
 そして、とうとう石塚さんと対面することになった。
「初めまして。なんだか今まで文通していた恋人に会う気分ですよ」
 初めて会ったときの彼のセリフはこうだった。私もまさに同じ思いだ。敵なのにこんなにも気心が知れている相手なのだから。まさに気分は恋人、いやそれ以上なのかもしれない。
 その日、私と石塚さんは二人で飲み明かした。このとき、お互いの本音に気付いたのだ。
 自分たちの力を、本当の目的のために使おうじゃないか。家族が安全に住めるこの国をつくるために。
 そうしてこの日から、私たちの活動は始まった。
 実は社内には同じような思いを抱いている連中が他にもいることが徐々に分かってきた。自分たちの技術を本来何のために使うべきなのか。その疑問を抱きながらも会社の命令に従わなければいけない。
 こうして気がつくと、五人の仲間ができていた。信和商事から二人、リンケージテクノロジーから二人、そしてリンケージ・セキュリティから一人。
 けれど、私たちの動きはけっして悟られてはいけない。連絡は必要最小限に、しかもセキュリティを何重にもかけて慎重に行う。
 そんなとき、それぞれの会社にこんな命令が下った。
「友民党がロシアと人工衛星に関する軍事交渉を秘密裏に行う。その妨害を行え」
 リンケージ・セキュリティは旧日本政府、つまり相志党のお抱え機関でもある。そのため、友民党がこの軍事交渉を成功させるのはあまりよろしくない。相志党としてはこの軍事交渉をなるべく失敗に終わらせるように仕向けなければいけない。
 これは相志党のわがままな考えであり、日本という国を考えたものではないことは誰の目にも明らかである。
 が、哀しいかな私たちはクライアントの言う事を聞かなければならない。
 これは石塚さんの方も同じである。彼の方は今回の交渉の対象となる、日本のとある企業の人工衛星の制御技術を入手し、いち早くロシア側に知らせることである。そうすることで交渉に関してもロシアが我が優位に立つことができるからだ。
 ここで私たちは行動を起こした。
 今回の軍事交渉で友民党に有利になるような情報を渡し、今後の日本のためになる政策をとってもらおうとしたのだ。
 そこで私たちはとあるルートを使って友民党に交渉を持ち出した。
「本当に日本のためになる交渉を行い、私たちの家族が安心に暮らせるような結果をもって帰ってください」
 この交渉、なんと友民党の前党首である土師さんが直接聞き入れてくれたのだ。そして土師さんは約束してくれた。もちろんだと。
 そして、石塚さんは今回対象となる人工衛星の制御技術だけではなく、その裏にある相志党の陰謀、さらにはそれを裏付けるさまざまな資料までハッキングしデータを入手した。
 だが、私たちのこの動きはどこかでリークされていたのだ。
 そのため、石塚さんが入手したデータが私たちの手に入る直前に、石塚さんは何者かに殺害される結果となった。
「石塚さんが殺害されたのは私たちの責任だ。けれど、一体どうして?」
 何重にもかけたセキュリティがやぶられた形跡はない。各々の行動がつながるなんて素人のようなマネはしない。なのにどうしてこんな結果になったのだ?
 いてもたってもいられず、なんとか石塚さんの無念を晴らそうと思い、彼がどこかにデータを残していないかを探り始めた。
 そのとき、ある人物の姿が見えてきた。それが羽賀さんである。
 羽賀さんは石塚さんの奥さん、紗織さんに近づき、石塚さんが入手したデータを探していることがわかった。
 最初は羽賀さんはロシア側かリンケージ・セキュリティ側の人間だと思っていたのだが、いろいろと調べていくうちに、先日の飛行機事故で奇跡の生き残りをした人物だということがわかった。
 さらに調べたところ、このとき羽賀さんは今回の軍事交渉の件で、コジローという凄腕のファシリテーターから依頼を受けて調査をしていたことがわかった。その調査の帰りに飛行機事故に遭ったのだ。いや、正確に言えば彼は難を逃れていた。
 飛行機に乗る直前に、なぜか拉致監禁されて別の者が代わりに飛行機に乗り込んでいた。これはリンケージ・セキュリティの人間であることは独自の調査でわかっていた。
 どうやらリンケージ・セキュリティは羽賀さんの入手した情報をここで奪取しようとしていたらしい。
 が、それよりも上手をいっていたのがロシア側である。彼らはなんと、自分たちに不利となる情報ごと消し去ろうとしたのだ。その結果、飛行機爆破という過激な方法に出た。
 これがあの飛行機事故の裏側である。もちろん、こんなことは世間には公表できない。
 しばらくは羽賀さんたちの動きを見ていたが、結果的には私たちがやろうとしていたことを肩代わりして行なってくれた。
 うん、この人達なら信頼できそうだ。
 そう判断して、私は単独で羽賀さんにアプローチをかけた。
「こんにちは、初めまして」
 羽賀さんが事務所にいる時間を見計らって、私はアポ無しで彼を訪問をした。
「はい、なんでしょうか?」
 にこりと笑ったその顔は、なんだか信頼して何でも話せそうだという気持ちを起こさせてくれた。よし、この人にかけてみよう。
「実は私、こういう者です」
 名刺を手渡すと、羽賀さんの顔色が一瞬変わったのがわかった。
「もしかしたら、石塚紗織さんを一度訪問された方ではないですか?」
 少し身構える羽賀さん。当然だろう。私は亡くなった石塚さんとは敵対関係にある企業の人間なのだから。
「そのことで、実はお話があって参りました。まず最初にお伝えしておきます。私は石塚さんとは仲間です。ロシア側でもなければリンケージ・セキュリティ側でもない。石塚さんと志を同じにしている者です」
 そう言って信じてもらえるだろうか。不安はあった。が、羽賀さんはまたあの笑顔を見せて私にこう伝えた。

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