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コーチ物語 クライアントファイル14「名探偵、登場」その6

 翌朝、わりと早く目が覚めた。まぁ朝は寝起きがいい方だから。ここで頭の中に浮かんだ小説のプロットをメモしてみる。うん、今度はちょっとおもしろいものが書けそうだ。
「あ、起きましたか。竹井警部が待ってますよ」
 警備の警察官が見回りに来て、自分に気づいてくれた。
「え、竹井警部ってこんなに朝早くからいらっしゃるんですか?」
「朝早く、というより徹夜ですよ。あの人、仕事の鬼ですからね」
 竹井警部、見かけよりもずっと仕事熱心なんだな。
 トラ箱を出て案内されたのは、取調室ではなく廊下のソファのあるところ。そこにはちょっと寝ぼけ眼の竹井警部が待っていた。
「おぉ、新城さん。トラ箱の一夜はどうだった? なんか参考になったか?」
「えぇ、おかげさまで。新しい小説のイメージができあがりましたよ。やはり何事も経験ですね」
「はっはっはっ、新城さんはホントにおもしろい人だな。朝食はこれからだよな。署の前の喫茶店で一緒にモーニングでもどうだ?」
「あ、ぜひ。そういえばお腹空きましたね」
 竹井警部に案内されて喫茶店へ。するとそこには見慣れた人物が待ちかまえていた。
「あれっ、羽賀さん。どうして?」
「そろそろ新城さんが出てくる時間じゃないかと思いまして。竹井警部にお願いしてここにつれてきてもらうようにしたんですよ」
 竹井警部を見ると、似合わないウインクをしていた。羽賀さんへのアイコンタクトなのだろうが、ホントこの人にウインクは似合わないなぁ。
「じゃぁ自分に何か用があって?」
「えぇ、どうやら事件の真相が見えてきました。だからその確認に。あ、その前に朝ご飯食べましょうよ」
 自分も竹井警部もその意見に賛成。早速モーニングセットを注文。朝、目玉焼きとサラダを食べるなんて久しぶりだなぁ。いつもはトーストにジャムを塗って、インスタントコーヒーでかき込むだけだったから。
「で、羽賀よぉ。事件の真相って何なんだよ?」
「昨日の電話で新城さんがリンゴの話をしましたよね。覚えていますか?」
「あぁ、確か殺された冬美の彼氏らしい男は、リンゴが嫌いじゃないかってことだったよな」
「正確には、冬美さんは新城さんに『リンゴは好きか?』って聞いた。そうでしたよね」
「えぇ、冬美は自分にそう質問しました」
「ここで考えられるのは二つ。一つは昨日の予想通り、冬美さんの彼氏がリンゴが嫌い。だから新城さんにもそう尋ねた。もしくは過去につきあっていた男性がリンゴ嫌いだった」
「おぉ、昨日はそういうことだったな。で、もう一つは?」
 竹井警部はトーストを口にほおばりながら羽賀さんにそう尋ねた。この人、見た目も豪快だけど食べ方も豪快だな。皿の上にはもうほとんど食べ物が残っていないや。自分なんてまだ半分も食べていないのに。
「で、もう一つの可能性。それは冬美さん自身がリンゴが嫌いということ。ひょっとしたら冬美さんは自分と同じようなリンゴ嫌いな人がいないかを知りたかったのかもしれません」
「そりゃどうしてだ?」
「人って、ちょっと変わっていると思うことに対して、同類が他にいないかを探してしまうものなんですよ。安心感を得たいという気持ちが自然に出ちゃうものなんですよ。ボクは納豆って苦手なんですよ。だから何かのついでについ人に『納豆ってお好きですか?』って尋ねることがあるんです」
「なるほど。でもそれは事件と関係するのかよ?」
 竹井警部はモーニングをすべてたいらげ、コーヒーをすすりながら羽賀さんの話に耳を傾けていた。
「ここでもう一つ新城さんが思い出した言葉を振り返ってみましょう。確か冬美さんは『彼女の作った手料理で自分の嫌いなものを出されたらどうするか』って新城さんに尋ねたんですよね?」
「えぇ、確かそんなことを言っていました」
「それは正確な言葉ですか?」
「正確なと言われると、ちょっとはっきりはしませんが…でも確かそんなニュアンスの言葉でしたよ」
 羽賀さんは何を聞きたいのだろうか? この言葉に何か隠されているのか?
「ここで一度話の流れを整理しますね。まずリンゴの件。これが冬美さんの彼氏がリンゴ嫌いだった場合なら。先ほどの冬美さんの言葉はその通りと受け止めて間違いないでしょう。おそらく冬美さんがつくった料理にリンゴが入っていた。そのとき彼氏はリンゴが嫌いだから食べなかった。それに対して『自分勝手なんだから』という思いを抱いた」
「まぁその通りになるだろうな。でもよ、もう一つの冬美がリンゴ嫌いだった場合はどうなるんだよ?」
「このときの解釈。これは変化します。冬美さんの言葉通りではなく、彼女は彼氏に置き換わるんではないかと」
「おい、どういうことだ?」
 このとき、ボクの頭は羽賀さんが言わんとしていることが理解できた。それを思わず口にしてしまった。
「つまりこういうことか。料理を作ってくれたのは冬美の彼氏。そこに冬美の嫌いなリンゴが入っていた。冬美はプライドの高い女性。だからそれを拒否して食べなかった。そうでしょ?」
「はい、その通りです。冬美さんが新城さんに尋ねたときには、男性と女性の立場を入れ替えて言葉にしてみた。そう考えるのが自然だと思ったんです」
「でもよ、その後の自分勝手なんだからってのはどうなんだよ?」
 確かにその疑問は残る。だが羽賀さんの答えは単純明快だった。
「あれは冬美さんが自分自身に言った言葉です。自分勝手とは自分のことなんですよ。で、こう考えると冬美さんが殺された動機が見えてきました」
「動機って?」
 ここにはとても興味がある。羽賀さんが推理した動機とは一体なんなのだろうか?
「おそらく冬美さんの彼氏は料理にはそれなりの自信を持った人ではないかと。わがままでプライドの高い冬美さんに気に入られようと、きっとかなり手の込んだ料理を作ったんでしょうね。しかし冬美さんはその料理を『リンゴが嫌いだから』という理由で手をつけなかった。さすがにそれには腹を立てたに違いありません」
「だから殺したというのか?」
 竹井警部の疑問は確かにその通りだ。たったそれだけの理由で人を殺すなんて考えられない。しかし羽賀さんの言葉は続いた。
「それはあくまでもエピソードの一つですよ。察するに、冬美さんは彼氏にたびたびそのような態度をとっていたはずです。また殺されたときの格好。あれを見ると冬美さんはいつも人に見せるものとは違っていたということですよね」
「えぇ、冬美の化粧や服装はちょっとけばけばしいものがありましたから」
「しかしその男に会うときはちゃんとした服装ではなかった。それだけ相手を軽く見ていたということにもつながるかと」
 確かにそう言えるかもしれない。でもそれで殺すなんてこと……。だが羽賀さんの考えは違った。
「おそらくその男には積もりつもったものがあったんでしょう。ボクは講演でよくこんな話をするんですよ。人の心の中にはやる気の風船がある。しかし間違ったコミュニケーションをとると、その後三つのことが起きる」
「三つってなんだよ?」
 竹井警部は食後のコーヒーのお代わりを要求し、それを口にしながら羽賀さんに質問をした。
「風船に圧力をかけると、三つの事象が起きるんです。一つ目は圧力のない方向に風船が変形する。これは『逃げる』という行為です」
「あ、それわかります。自分も部長から逃げだしたくなることありますから」
「じゃぁ二つ目は?」
「二つ目は、風船の中の空気が抜けてしぼんでしまうんです。この状態を『やる気がない』と人は見てしまう。それを見てさらに間違ったコミュニケーションをとって相手にストレスを与え、さらに風船をしぼませる。そうして最後には風船の中の空気、人の行動エネルギーがなくなってしまう。今、社会的にそういう人が多いのをご存じですか?」
「ご存じって、そんなのしらねぇよ」
 竹井警部はそう答えたが、自分はピンと来た。
「それって『うつ』でしょ」
「その通りです。まぁうつの原因はさまざまですが、ほとんどは間違ったコミュニケーションから引き起こされているのも確かです。そして三つ目、風船に圧力を加え続けると最後にはどうなると思いますか?」
「どうなるって、そりゃ最後は破裂するだろう」
「竹井警部、ご名答。この破裂のことを『切れる』というんです。ガマンにガマンを重ねたけれど、最後は破裂して暴れ出したりする……」
 なるほど、羽賀さんの言うことは納得できた。つまり冬美の彼氏もその状態だったということか。そして冬美の殺害に及んだ。
 羽賀さんはそこまでしゃべると、残ったモーニングセットを一気に食べ始めた。

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