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コーチ物語 クライアントファイル 11 コーチvsファシリテーター その4

「そうですか、まだお戻りになっていませんか……ありがとうございます」
 小笠原議員の自宅の玄関で深々と頭を下げてお礼を言う羽賀コーチ。お手伝いさんの言葉では、昼に出かけたきりまだ自宅には戻ってきていないとのこと。しかも何の連絡もない。
 小笠原議員は現在一人暮らし。県議会議員であった旦那さんが亡くなり、その意志を継いで県議に立候補。そして当選。一人娘は近くに住んでおり、秘書のような仕事をしているが、家事については一切をお手伝いさんが任されているとのこと。
 今日も予定では夕方には帰ってくるはずで、夕食をつくって待っていたのだが。連絡は一切無いという。
「さて、ここからどうするか……。お手伝いさんが言うには、娘さんは右翼団体に脅されているということだったな。その手の情報はここに限る、か」
 羽賀コーチは自転車にまたがり、颯爽と夕日の沈む街へとペダルをこいだ。そして向かった先は……
「なんだよ、誰かと思ったらおめぇか」
 いかつい、まるでブルドッグのような顔をした人物が奥からめんどくさそうに出てきた。
「竹井警部、ちょっと事件の匂いがするんですよ。協力してくれませんか?」
 羽賀コーチが訪れたのは警察署。そして刑事の竹井警部を頼ってきたのだ。
「ったく、警察が民間人に協力を要請することはよくあるけど、民間人が警察をこんなにこき使うったぁ、どういうこったよ」
「竹井警部、そう言わないで。それにあなたのお給料は私たちが稼いだ税金から支払われているんですから。市民の見方になって下さいよ」
 竹井警部の口の悪さは今に始まったことではない。ほとんど口癖みたいなものだ。だから羽賀コーチもそこはよくわかっている。
「で、どうしたんだよ?」
「実は、コーチングの依頼をしてきたある人物が突然姿を消してしまいまして」
「ほう、おもしろそうな話だな。ここで話すのもなんだから、あっちに行くか」
「あっちって、またあそこですか?」
「なんだよ、あそこが一番落ち着いて話ができるんだよ。さ、行くぞ」
 竹井警部にそういわれてしぶしぶ歩き出す羽賀コーチ。その向かった先の部屋の入り口にはこう書かれてあった。
 取調室
「今は大した事件が起きてねぇからな。ここもオレの権限で使い放題だ」
「ったく、竹井警部は何でも私物化しちゃうんだから」
「まぁそう言うな。で、何が起きたんだ?」
 羽賀コーチは竹井警部に今までの流れの一部始終を話した。
「なるほどねぇ。小笠原真紀子の娘の件は警察でもちょいとマークはしてんだよ。事件に発展しねぇように気を付けてはいるんだけどよ」
「じゃぁ、まだ娘さんには何も起きていないってことですか?」
「いや、ちょっと待て。それは確認してみねぇとわからねぇ。ちょいと聞いてくるわ。そこで待ってろ」
「竹井警部、ついでだからカツ丼取ってくれませんか?」
「ふんっ、なんで取調室に来るとみんなカツ丼を食いたくなるかねぇ」
 竹井警部はそう言いながら部屋を出て行った。
「それにしても、依頼の場から消えるとなるとよほどのことが起きたに違いない。やはり娘さんのことか。いや、ひょっとして……」
 羽賀コーチは思い立って携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。
「あ、ミクか。大至急調べて欲しいことがある。小笠原議員のお孫さんについてだ」
「それなら多少は調べてあるわよ。女の子二人の姉妹。お姉ちゃんは小学四年生、妹は幼稚園の年長さん」
「その二人の今の居場所を調べて欲しい」
「調べるって……もうこの時間だから家に帰っているはずでしょ」
「それを確認して欲しいんだ」
「でも、どうやって……」
「そうだな……じゃぁこうしよう。舞衣さんにお願いをして花束をつくってもらってくれ。それを宅配で届けるふりをして家の中の様子を探ってくれないか。ボクから届けたってことにしていいから」
「わかった。大至急調べてみる」
 そうして電話を切ったとたん、竹井警部が取調室に駆け込んできた。
「羽賀っ、カツ丼は後回しだ。ひょっとしたらやばいことになってるかもしれんぞっ」
「どういうことですか?」
「マークしている右翼団体に動きがあったぞ。ライトバンの街宣車が一台、県外へ向かったということだ。しかし小笠原真紀子の娘は自宅にいるという情報をつかんでいる」
「娘さんのお子さん達はどうですか?」
「子ども達、だと? それについては何もつかんじゃいねぇが」
「ひょっとして……その右翼の車はどこに向かったんですか?」
「残念ながらそこまではつかめていねぇ。こいつが事件だったら追跡するんだけどよ。まだ事件にもなってねぇのに、県警の管轄は超えられねぇからなぁ」
「竹井警部、ひょっとしたらすでに事件は起きているかもしれませんよ」
「なにっ!」

 その頃、コジローはエターナルへと戻っていた。そしてバックヤードの奥にある小さな部屋でマスターと二人してモニターをにらんでいた。
「コジロー、あの教育長くせ者だな。すでに自分の天下り先を確保して、そこの事業援助をうまくとりつくろってるぜ」
「しかし、その天下り先は小笠原議員の提唱する教育改革では不要となる施設の一つだ。そうなってもらっては困るから、なんとかやめさせたいってのが教育長の本音だろう」
「でもよ、右翼とつながっているとはなぁ」
「おおかた日教組問題で騒ぎ立てている右翼に目を付けたんだろう。あの問題は教育委員会でも目の上のたんこぶだろうからな」
「で、コジロー。お前はどう動く?」
 コジローは腕組みをしながら考えた。お互いの言い分もわからないではない。小笠原議員は世間では正義の味方のように見えているが、教育委員会からすれば悪の首謀者に見えているはずだ。なにしろ自分たちが行っていることをことごとく否定されているのだから。
 小笠原議員が提唱することについて、全てが賛成できるという内容でもない。特に今回教育長が目の色を変えて防ごうとしている廃止施設の問題。これは経費問題からの訴えではあるが、まったく不要な施設であるとは言えない。
 両者の言い分をきちんと聞き入れ、さらに納得できるような策を打ち出すことは可能なはず。
 しかしそのファシリテーションを行いたくても、当の小笠原議員が姿を消したとなると話は進まない。やはり居場所を突き止めるのが先決か。
 コジローとマスターは一旦部屋を出て店の方へと出た。この時間になるとエターナルには客はほとんど来ない。だがこの日は一人客が座っていた。
「なんだ、ジンか」
 マスターはその客の顔を確認すると、落胆したようにそうつぶやいた。
「なんだはねぇだろう。マスターが情報を探ってるっていうから、せっかく来てやったのによぉ」
 ジンと呼ばれた男。彼は体つきはかなり大きく筋肉隆々。小柄なコジローとは対照的だ。彼はこの店の常連でもあり、かつ私立探偵のような何でも屋として裏の世界を闊歩している。
「で、今日は何かいい情報でも入ったのか?」
 コジローがジンに問いかける。するとジンはニカッと笑って左手をそっと差し出した。
「相変わらずがめついヤツだ」
 マスターはレジから一枚、福沢諭吉を取り出してジンに手渡した。
「まいど。で、早速だがコジロー、あまりゆっくりはしていられねぇぞ。小笠原真紀子の孫がさらわれた。幼稚園の女の子の方だ」
「なにっ。それで小笠原真紀子は突然姿を消したのか。で、行方はわかるか?」
「昼間、小笠原真紀子の娘に嫌がらせをしていた右翼のバンが一台県外へと向かった。おそらく方向からして、右翼の幹部が持っている別荘だと思うんだが」
「それだけわかれば十分だ」
 コジローはそう言うと、リュックを担いで店を出ようとした。
「コジロー、おまえ車は持ってねぇだろう」
 ジンはそう言うと、車の鍵を指先でぐるぐると回して見せた。
 それを見てにっこりと笑うコジロー。
「成功報酬だぞ」
「今回はサービスだ。おもしろそうなこと、たまにはオレにも一枚かませろよ」
 そう言ってコジローとジンは暗くなった街を飛び出した。

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