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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第三章 真実とともに その8

「私は、私は自分を救いたかったんだと思います」
 これが本音かもしれない。いや、間違いなく本音だ。
「自分を救いたかった、というと?」
「はい。今行っている仕事。これが裏の世界のことであり非常に危ない橋を渡っていることは十分承知しています。最初はそういった世界にスリルも感じたし、刺激もありました。しかし……」
「しかし?」
「最近では、本当にこれでいいのか。それを考え始めたのです。自分はいったい何のためにこの仕事をやっているのだろうか。日本を守るため。それは大義名分です。実際のところ、一部の利権のためにしか動いていないというのは承知していましたから。けれど、命令だからやっていた。それが現状です」
「なるほど、そういう気持ちで今までお仕事に取り組んでいたのですね」
「はい。だからこそ、だんだんと虚しさがこみ上げてきました。そんなときに石塚さんと出会いました。そして話をしていくうちに、自分の中に充実感が湧いてきたんです」
「そのときの気持ちをもう少し詳しく教えてくれませんか?」
「はい。これは前にも話したと思いますが。石塚さんも私と同じように虚無感にあおられながら今まで仕事をこなしてきたと言っていました。こんなことをしていて本当にいいのか。その気持は私と同じだと感じました。あ、だからなのか」
「何かに気づきましたか?」
「えぇ、石塚さんがもう一人の石塚さん、この自動でハッキングを行うシステムを作った理由がわかりました」
「どういう理由なんですか?」
「石塚さん、自分の手でこれ以上今の仕事をしたくなかったんだと思います。あまりにも虚無感のある仕事にこれ以上てを染めたくない。だから自分の代わりをつくったんです。虚無感を感じないコンピューターにそれをやらせることで、自分の心を解放したかったんだと思います」
 羽賀さんは私の言葉に大きくうなずいてくれた。
「ボクも同じだと思います。石塚さんは自分の代わりをプログラミングしてつくることで、自分の気持ちを抑えていたんじゃないかなって。でも、それでもまだ虚無感は残る。だからこそ坂口さんたちと手を組もうと思ったんですよ」
 羽賀さんのその言葉は私の気持ちを救ってくれた。うん、最初に自分の気持を救いたいという発言をしたときには、これは利己主義からきたものだと思っていた。しかし、同じ思いを共有し、利他主義として行動することで自分も救われるということが間違いではないと感じることができた。
「結果として石塚さんを亡くしてしまったのは大きな損失ではありますが。坂口さん、これからどうしていこうと思いますか?」
 どうしていこうと思うのか。まだ自分の頭の中には漠然としたものしか無い。だからうまく言葉に出来ない。
 しばらく沈黙の時間が流れる。その間、私はもう一度今までの行動を思い出し、さらにこれからのことをイメージしてみた。
 そしてひとつの結論が弾きだされた。
「巨大なものに対しては針の先ほどの反抗かもしれない。しかし、それがいつしか大きな風穴をあけることにつながるかもしれない。それを信じて、私は今の行動を続けます。しかしメンバーは再度考えないといけないでしょう。五人のうち石塚さんは亡くなったし、兵庫は裏切り者だったし。残りの二人とうまくやっていけるのか。ちょっと不安もあります」
「その不安とはどんなことでしょうか?」
「まず信和商事の川崎さん。彼は石塚さんが中心にコンタクトをとっていた方です。私自身、川崎さんのことをあまり知らないんですよ。だから石塚さん抜きでやっていけるのかなと思いまして」
「なるほど、相手をあまり知らない。だからこその不安ですね」
「はい。そしてもう一人の大磯。彼はウチの親会社の社員で仕事も一緒にやっている仲です。川崎さんよりは相手をよく知っています。しかし、だからこそ不安なんです」
「だからこそ不安?」
「はい。実は今回のことも、スパイは大磯だと思っていました。彼が一番怪しい存在だと感じたんです。実は今もその不安は拭えません」
「なるほど、大磯さんについての不安、ですか……」
 羽賀さんはここで考え込んでいた。それにはどういう意味があるのだろう?
「本来、守秘義務があるので言うべきではないことなのですが……これはクライアントの意向にも通じるから、言っても大丈夫かな」
 羽賀さんは独り言のようにボソボソと口にしている。が、その言葉は私にはっきりと聞こえるようにしゃべっているのがわかる。
「大磯さんのことなのですが」
 羽賀さんは私の正面に回り、あらためてじっと目を見てそう言う。
「はい」
 私はその言葉に対して、そう答えるしかなかった。
「実は、私は大磯さんからも相談を受けていました」
「えっ、大磯からですか?」
「はい。大磯さんからも実は坂口さんと同じように相談を受けていました」
「だったら、どうして言ってくれなかったんですか」
「私たちには守秘義務があります。クライアントの情報は外には漏らさない。けれど今回大磯さんがいだいている不安と、坂口さんがいだいている不安が全く同じでしたから。ここは橋渡しをしたほうがよいと判断したんです」
「大磯が抱いている不安?」
「はい。大磯さんも坂口さんと同じ志をもっておられます。しかし、坂口さんが刺されてしまったことで、大磯さんは不安になったんです」
「不安って、どういう?」
「今行っていることから脱退をするのではないか。身の危険を感じて、もうやめてしまうのではないだろうか。自分と一緒に活動するのを恐れているのではないだろうか。そういう不安です」
 なるほど。そういうことだったのか。
「本来はクライアントである大磯さんに許可をとってからお話しするべきことなのでしょうが。双方が抱えている不安が同じだと感じたから、あえて独断でお話をさせていただきました。坂口さんのことを大磯さんにお伝えしてもかまいませんか?」
「えぇ、もちろんです。それでお互いの結束力が高まるのなら、私も心強いですから」
「よかった。で、これは私からの提案です。これからはできればお二人で私のところに相談に来るというのはいかがですか?」
「はい、できるだけそうさせていただきます。でも……」
「でも?」
「二人で行動しているところを、今回の本当の敵であるリンケージ・テクノロジーの上層部にかぎつかれたら……兵庫の一件で、私たちのことはばれているのでしょう?」
「おそらくは」
「だったら、これから私たちはどうすれば……そうなると、私も大磯も会社にはいられなくなる……」
 言いながら急に不安になってきた。もう会社には戻る席はないだろう。となると、これ以上活動も出来なくなる。一体どうすれば。表向きはセキュリティ会社の子会社の一社員なのだから。本当の顔は家族も知らない。それがある日突然、解雇になり路頭に迷う事になるかもしれない。
「それについてなのですが。これも話してもいいかな。大磯さんが一つ提案をしてきました。坂口さんと会社を作りたい、ということなんです。表向きは企業のコンピュータセキュリティを扱う会社。しかし裏では……」
「今まで通り、ハッキングで情報を収集し、主にリンケージ・セキュリティの動向を監視する」
「はい。大磯さんはそのことを真剣に考えています」
 なるほど、あえて巨人に戦いを挑もうということか。私の心は少し高揚した。これは大磯と急いで話す必要があるな。
「羽賀さん、大磯に連絡はとれますか? 大至急今の話を進めてみたいです」
「わかりました。その前に一つ教えてください」
「なんでしょうか?」
「坂口さんは今回、いろんな真実を知ることができました。二人の石塚さんのこと、部下の兵庫さんが裏切り者だったこと、そしてなにより、リンケージ・セキュリティのやろうとしていること。そして今は大磯さんのこと。これからもたくさんの真実を知ることになるでしょう」
 確かに羽賀さんの言うとおりだ。この一件で私は多くの真実を知ることができた。だがそれは決してよいことばかりではない。むしろ苦しさのほうが自分に降りかかることのほうが多いような気がする。
「坂口さん、この先も真実を知ることにためらいはありませんか?」
 私の心を見透かしたような質問。
 私はしばらく天を仰いで考えた。そして一つの答えを見つけた。いや、決断したといったほうがいいだろう。
「私は、これからも真実と共に生きていきます。それが自分にとって苦しいことになるかもしれません。しかし、真実を知らないことのほうがもっと苦しい。私は、私の真実を追い求めます」
「わかりました。これからもボクができることをご協力させていただきます」
 そう言って羽賀さんは私に手を差し伸べた。その手がとても大きく、そして頼りがいのあるものに感じられた。
 そして、これからの一歩を踏み出す新たな勇気を私に与えてくれた。

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