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コーチ物語 クライアントファイル14「名探偵、登場」その7

「もう一度事実を整理してみましょう。竹井警部、署内でホワイトボードが使える会議室とかないですか?」
「まぁねぇことはねぇけど。でも部外者を簡単に入れるわけにはいかねぇな」
「じゃぁ、新城さんをボクの事務所に連れて行くって事は?」
「オレが一緒だったら大丈夫だろう」
「よし、決まりっ。じゃぁこの後すぐにボクの事務所に来て下さい。たぶんそのころには新しい事実も出てきているでしょうから」
 羽賀さんはそう言うと、モーニングの代金をテーブルに置いて先に出ていった。
「ったく、勝手に決めやがって。まぁいい。じゃぁオレ達も行くぞ。あ、ここの代金は。自腹だぞ!」
 そう言うと竹井警部もポケットからモーニングの代金を出してテーブルに置いた。そしてそそくさと喫茶店を出て行った。その後を慌てて追いかける。にしても竹井警部、十円玉が多すぎだよ……。
 喫茶店を出ると警察署の駐車場で竹井警部が手招きをしている。どうやらこの車に乗っていくぞということのようだ。さすがにパトカーではなく覆面車を使うようだな。
 車の中で竹井警部に一つだけ聞かれた。
「おまえさん、プロの小説家になりてぇのか?」
「う〜ん、そんなに才能がないのはわかってます。まぁ運が良ければって程度で思っていますけど。今は書くことが好きなんですよ。自己満足の世界でいいかなって思ってます」
「ふん、もったいねぇなぁ。せっかく今回いい体験をさせてんだから、本気で目指せばいいのに」
 そう思っても、世間が自分を認めてくれない限りは簡単にそうはならない。プロの道、完全にあきらめたわけじゃないけど。一応公募には何点も出している。でも一次通過が二度ほどあっただけで、それ以上は望めない。実力ってのをわかってんだよな、自分でも。
 そうして羽賀さんの事務所に到着。羽賀さんは準備万端で自分たちを待ちかまえていた。
「じゃぁ早速もう一度考え直してみましょう。こちらが前回新城さんと考えたときの記録です。ここで出た事実はこれ」
 羽賀さんはホワイトボードにこう書き記した。
・冬美が新城さんの部屋で殺されていた
・服装はいつもよりもラフであった
・冬美の靴がなかった
・凶器となるひも状のものが見あたらない
・男性の声で冬美さんが殺されたというタレコミの電話があった
「さらに新城さんと冬美さんの会話から思い出されたものはこれ」
・彼女に食事を作ってもらったけれど嫌いなものが入っていたときの対応
・自分勝手というセリフ
・リンゴは好きかという質問
「そして冬美さんの性格を裏付けるものがこれ」
・ふだんは派手な服装をしている
・言い寄られる男性は多いが誰でも良いというわけではない
・かっこいい男性が好み
「あれっ、冬美に男がいるっていうのは?」
 それを羽賀さんに尋ねたが、羽賀さんの答はこうだった。
「それは確認された事実ではありませんから。ひょっとしたらどこかで大きな思い違いをしていないかをこれから確認したいんです」
 大きな思い違い? なんだろう、それは。
「まず冬美さんはどこで殺害されたのか。前回は靴がないことから、新城さんの部屋ではなく外で殺されて運ばれたのだと思っていました。けれど……」
「けれど?」
「竹井警部、その日に大きな荷物が運ばれたりしたという目撃情報はないんですよね?」
「あぁ、それは今のところねぇな」
「車で近くまで運んで、抱えて連れて行ったってことは?」
 自分の疑問には竹井警部がさらに答えてくれた。
「それもねぇと思うぞ。あのマンションの前は駐車禁止区域だ。実はあの日、あの地区の駐車禁止の一斉取り締まりがあったんだよ。人を運ぶにしても、あんたの部屋は3階だ。5分や10分じゃすまねぇだろう。そんな車があったという記録も目撃証言も今のところ出てねぇ」
「となると、やはり殺害されたのは新城さんの部屋ということになります」
「でもよ、男女二人の目撃記録ってのも出てねぇんだけどよ」
「男女二人ならばね。しかし男性と女性、一人ずつなら多くの人が目撃しているはずですよ。ただ印象に残っていないだけでね」
 羽賀さんの言葉でわかった。
「そうか、例えば最初に合い鍵を持った冬美が先に自分の部屋に入る。そのあと犯人の男性が様子を見て部屋に入る。それなら特に怪しまれない」
「まだ殺したのが男性だとは断定できませんよ。ひょっとしたら女性かもしれません」
「女性って、どういうことだ?」
「竹井警部、冬美さんの交友関係は男性中心に調べたんですよね。何か出てきましたか?」
「残念ながら、これといった男性は見えてこねぇんだよ」
「では女性は?」
「だから、女性ってどういうことだ? タレコミの声は男性だって話だぞ」
「そこも盲点なんです。まずはそれが本当に男性の声だったのか。さらに真犯人の声だったのか。それが証明されていません」
「おいおい、事態を複雑にしねぇでくれ。羽賀ぁ、お前が思っていることをズバリ言ってくれねぇか」
「もうちょっと待って下さい。もう少しでその事実がハッキリすると思いますので……」
 ちょうどその時、羽賀さんの携帯電話が鳴った。すぐに音が止まったところを見るとメールのようだ。羽賀さんはすぐにそのメールを確認。
「わかりましたよ。やはり最初の仮説が走りすぎていました。もっと事実となる証拠をしっかりと集めないと、すべて思いこみで走りすぎていたようです」
「おい、何が送ってきたんだよ?」
 竹井警部がいう通り、自分も羽賀さんに送ってきたメールの内容が気になる。羽賀さんはそれに対して説明を始めた。
「まず結論から言いましょう。冬美さんを殺害したのは冬美の彼女です」
「彼女!?」
 羽賀さんのその言葉に、自分も竹井警部もビックリした。彼氏ではなく彼女という言葉。これはどういうことだ?
「出会い系サイトの記録を追ってみたんです。あ、竹井警部、ここからはどうしてそれがわかったのかを追求しないで下さいね。企業秘密ですから」
 竹井警部はあんぐりとした表情のまま、こっくりとうなずいた。
「でも、どうして出会い系サイトなんですか?」
 自分の質問に羽賀さんはこんな答を出した。
「冬美さんの通話記録と携帯サイトの閲覧記録をハッキングさせてもらいました。その結果、頻繁に出会い系サイトを通してある女性とコンタクトをとっていました」
「女性? 男性じゃなくて?」
「えぇ。女性です。冬美さんはバイセクシャル。レズの気もあったようです。しかもふだんはプライドが高いのですが、レズプレイの時は逆。相手に従順に振る舞っていたようです」
「おい、羽賀。どうやってそれを……」
「それは聞かないでください。あ、ちなみにこのくらいだったら冬美さんの携帯電話の通信記録からすぐに割り出せますよ。竹井警部、あとでもう一度警察で事実を確認しなおしてくださいね」
「あ、あぁ、わかった。それでどうしてその彼女が冬美を殺害したんだ?」
「嫉妬です。冬美さんが男とつき合っていると知っての。メール記録にその会話が残されているはずです」
「で、相手は誰なんだよ?」
「そこから先は警察の仕事です。これも出会い系の記録から相手の電話番号かメールアドレスがすぐに割り出せるでしょう」
「じゃぁ、このセリフはその彼女に対して向けられたものだというのですか?」
 ホワイトボードを指差して質問した。
「冬美さんの性格から見ると、ふだんは料理はしないんじゃないかと。でもその冬美さんが相手のために作った料理を相手が拒否した。嫌いなものが入っていたんでしょうね。そうかんがえていいでしょう」
「じゃぁ、リンゴの件は?」
「相手の嫌いなものがリンゴだった。そう考えるのが普通でしょうね」
「じゃぁ、今朝話した風船の爆発の話はどうなるんだよ?」
「相手の女性は冬美さんのことを心から愛していた。しかしその冬美さんが新城さんと関係を持っていた。そのことに対して我慢にガマンを重ねた。けれどやはり最後は爆発。そして殺害。そう考えていいでしょうね」
 なんという大どんでん返し。これは全く予想もできなかったことだ。
「事実は小説より奇なり、です。ボクたちがいくら推理をしても、一つの事実にはかなわない。これが現実ですよ」
 羽賀さんの言葉は心にズシリときた。その言葉は今まで自分が書いてきた推理小説を根本から否定された気がするから。否定された、といっても悪い気はしない。むしろ自分の弱点を突かれたものだった。
「こうしちゃいられねぇ。羽賀、どこでその情報を手に入れたかは目をつぶってやる。だがこれ以上違法なことに首を突っ込むなよ!」
 竹井警部はそう言うと一目散に事務所を出て行った。

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