コーチ物語 クライアント18「感動繁盛店をつくれ!」その5
一通り、メンバーの強みと弱みを書き上げた。そして自分のシートが手元に戻ってくる。強みのところは当然ながら見ていて気持ちいい。しかし弱みのところはあまり見たくない言葉が並んでいる。これがどのようになるのだろう?
「ここからが本番です。たとえばこちらの方のシート、弱みの言葉の一つに『気が短い』とあります」
そう言って羽賀さんが取り上げたのは一号店料理長の楠のシートであった。そのとき、一瞬ムッとした顔をした楠。だが次の羽賀さんの言葉でそれが変わった。
「この気が短いをもっといい言い方に変えられませんか? 例えば……取り組みが早い、とか行動がすばやい、とか」
なるほど、そういう言い方にできるか。
「このように、それぞれのシートの弱みの言葉をすべていい言い方、強みの言葉に変えてあげましょう。これは一人の人のものをみんなで寄ってたかって考えてあげてください。どうぞっ」
羽賀さんの言うようにみんな一斉に行動を始めた。最初はなかなかいい言葉が思いつかなかったが、だれかが口火を切るとどんどんそれが出てくる。やればやるほど楽しくなる。もちろん、言われた本人は上機嫌。そうやってみんなでそれぞれの弱みを強みに変えていった。
「さぁ、できましたね。では今並んでいる強みの言葉の中から、自分のもっとも好きな言葉、自分はこれだという言葉を三つ選びましょう」
どれ、私は……「判断力に富む」「常に前向き」「人を喜ばせる」の三つを選んだ。ほかのメンバーもそれぞれ選び終わったようだ。
「では最後です。その三つの言葉を並べて『私は○○な人間です』という言葉を作りましょう。さっき選んだ三つを自分の好きな順番に並べるだけでいいですよ。それをシートの下に書いてみてください」
そこでこんな文を作ってみた。
『私は常に前向きで人を喜ばせるための判断力に富む人間です』
なんかいいね、これ。自分のキャッチフレーズとしていけるじゃない。ここで気づいた。なるほど、羽賀さんは自分自身のキャッチフレーズを作らせようとしていたのか。これが自分を売り込む武器になるのか。
その後、各自が発表し拍手をして終了。それぞれがそれぞれの武器を得ることができた瞬間である。
その日の夜、妻のあかりと二人で話をした。羽賀さんの研修を受け始めてから、なんとなくメンバーの目の輝きが違ってきたこと。そして私自身もワクワクを感じ始めたこと。次の研修課題は社員教育の方法について。これは頭を悩ませているものの一つだ。今羽賀さんの研修を受けている連中はある程度出来上がっているのでいいのだが。アルバイトなどの新人をどうやれが効果的に教育できるのか、そこが問題となっている。
そして翌週、今度は今までのテーマとは少し違うことを参加メンバーも感じているようだ。どことなく緊張感が走っている。
「ども! じゃぁ今日も張り切っていきますか。ところでちょっと面白い遊びをしましょう。動作の足し算というものです」
羽賀さんが始めた動作の足し算。これは私たちが輪になって、一人目が何かを動作したら二人目は前の人の動作に加えて一つ動作を足す。三人目は一人目と二人目の動作をしてもう一つ動作を足す、というもの。これがどこまでいけるかにチャレンジというもの。
なぜかご指名で最初の一人目となった私。ついで一号店の店長、二号店の副店長と次々に動作が足されていく。最初はいいのだが、だんだん覚えるのが難しくなってくる。今回メンバーは十一名。最後の十一人目はカミさんである。が、カミさんまでなんとかクリア。これで終わりかと思いきや
「さぁ、二周目に入りますよ。次は大将、よろしく!」
えぇっ、一周で終わりかと思って気を抜いていた。えっと最初はこれで、次はこれで……えっ、六番目はなんだっけ? 途中でわけがわからなくなってしまった。
「あー残念!」
迷っている私に、無常にもアウトの宣告。ここで羽賀さんがこんな解説を始めた。
「実は今みなさんがやったのが、教育には必要なことなんですよ」
今やったことって、どういうことだろう?
「先ほどみなさんは前の人の真似をしていましたよね。それだけ真剣にしっかりと観察したはずです。けれど気を抜くとなんだっけって忘れてしまう。そうじゃありませんか?」
確かにそのとおりだ。
「人を教育するのも同じです。まずはお手本を見せる。そして真似をさせてやらせてみる。それを言葉だけで解説してやってみろと言っても、その動作のイメージができないので、それができるわけがないのです」
ドキッとさせられた。我社には一応一通りのマニュアルというものがある。それほど詳しいものではないが、最低限の接客手順がそこには示されている。そして今までは、新人にそのマニュアルに沿った説明をするだけで終わっていたのだ。こっちとしてはちゃんと説明をしたはずなのに、そう感じることが多々あったのはそのせいか。
「さらに詳しく手順を示すと、実は昔の人の有名な言葉になるんですよ」
そう言って羽賀さんはある言葉を書き出した。それがこれである
『やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば人は動かじ』
確か聞いたことがある。山本五十六、じゃなかったかな。
「これは太平洋戦争時代の海軍大将、山本五十六の言葉です。実は人を教育するためにはこの通りのことをやればいいんです。それを仕事の中で覚えさせる。これをOJTというんです」
OJT、言葉だけは聞いたことがあるがどんな意味かは知らなかった。
「OJTとはOn the Job Trainingの頭文字をとったものです。このように仕事を離れて教育をするのではなく、仕事をやりながら教育を行うやり方のことをいいます。これは普段からみなさんもやっているでしょう。しかし、なかなか相手が覚えてくれない。これは教育のやり方がまずかったんですよ」
教育のやり方がまずかった。この言葉は響いた。だが二号店店長の牧野が羽賀さんの言葉に反論した。
「そうは言っても、相手が学ぼうとする意志がなければこっちがいくら教えてもダメなんじゃないですか?」
牧野の言い分もわかる。彼は今までアルバイトやパートの指導を一手に引き受けてきた。それなりのプライドもある。だが、やはり人によってはなかなか仕事を覚えてくれないし、一日で辞めていった人もいるくらいだから。
だが羽賀さんの回答は意外なものであった。
「そうそう、そうなんですよ! いやぁ牧野さん、鋭いところに気づきましたね。いくら山本五十六式を用いても、意識の高い人とそうでない人では学びのスピードに差が出てしまいます」
牧野は羽賀さんの意外な答えに面食らっているようだ。確かに羽賀さんの言うとおりだと、首を縦に振ってはいるが。
「そこで大事なのがベンチマーク。今あなたはどの位置にいるんですよ、ということを客観的に見せてあげることなんです」
「ベンチマークって、パソコンとかの性能でよく見られるあれですか?」
牧野はパソコンにも強いため、すぐにそんな答えが返ってきた。私もパソコンにはそこそこ強い方で、ベンチマークという言葉は目にしたことがある。羽賀さんの説明は続く。
「私はパソコンには詳しくないのですが、確か従来品との性能を比較するためにベンチマークテストとかいうのをやるそうですね。これ、人材育成でも同じことが必要になるんです。ベンチマークとは、今自分がどの位置にいるのか、それを客観的に知ることなのです」
「それがどのように有効なのですか?」
これは私の言葉。羽賀さんはすぐに答えてくれた。
「はい、今いる位置。これはスタート地点になります。スタート地点がわかり、目指す姿、つまりゴール地点がはっきりすれば、自分が何をやるべきかが自ずと見えてきます。しかし、意識が低いと言われている人は自分が今どの位置にいるのかをはっきりと自覚していない場合が多いのです」
確かにそうだな。今まですぐに辞めていったやつらを思い出すと、多くは「自分はこのくらいできる」と過信していた者が多い。だが私の目からみるとまだまだ。だからちょっと厳しくしつける必要があると思っていた。
「さらにこのベンチマークは、自分が今どの程度成長をしたのかを客観的に見ることができます。例えて言うならば、学校の成績があまり良くなかった子がちょっと勉強にめざめて頑張ったとき。自分の頑張りが番数で出ますよね。で、成果が上がったと感じたらさらに上を目指す。このときの番数がベンチマークなのです」
なるほど、そのとおりだ。今いる位置を客観的に知る、これは大事なことだ。
「じゃぁ、具体的にどうやれば今いる位置を知ることができるんですか?」
牧野は必要以上に羽賀さんに食いついてくる。それだけ今まで人材育成に対しては一生懸命やってきた証拠でもある。この牧野の姿勢を見て、私はあらためて人事をやり直さないといけないと感じた。牧野を一店長にしておくのはもったいない。もっとトータル的に見ることができる、その位置につかせるほうがいいかもしれない。
「具体的には大きく三つの手法があります。一つめは先程からお伝えしているベンチマーク。相対比較です。これは他者と比べてどの位置にいるのかを客観的なテストなどで知ってもらうことです。難点としては、人と比較をされるのが嫌いな人にとっては苦痛になりかねないところですね」
「それ、わかります」
引っ込み思案の二号店副店長、石塚がボソリとそうつぶやいた。羽賀さんはちらりと石塚を見て、次の手法の紹介を始めた」
「二つめは他面評価。これはその人そのものをいろいろな人から見てもらって、いろいろな角度から評価を行うのです。先程のベンチマークが相対比較なら、こちらは絶対比較になります」
「その、いろいろな人ってスタッフってことですか?」
「いえ、スタッフに限りません。取引先、お客様、経営者、とにかくいろいろな人に評価をしてもらうのです。そしてそれを定期的に行うことで、本人の成長度合いが測れます」
この羽賀さんの言葉に石塚もにんまりとした。どうやら石塚にはこの方法が合っているようだ。
「そしてもう一つあります。これがチェックリスト。これは目標とする項目をあらかじめ提示しておき、どれだけ達成したか、その個数を見るものです。最初の段階ではチェックの数で相対評価ができ、実施していく段階ではチェックの個数を個別に見ていくので絶対評価ができます」
なるほど、これはいい。私の頭の中ではこのチェックリストがイメージできた。さっそくそれに取り組んでみよう。
一同が羽賀さんの言葉に思わず納得。そんな時間を共有できた日であった。
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