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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第2章 忍び寄る影 その7

「優馬、あなたは一樹から一体何を預かったって言うの?」
 優馬とにらめっこをしてそう言ってみる。けれど優馬はケラケラと笑うだけ。その答えが出てくるはずがなかった。
「旦那さんは優馬ちゃんに何も渡さなかったの?」
「そんなの、無いと思う。優馬に直接渡しても無くしちゃうのはわかってるし。それにそのセリフをいつ聞いたのか、それが思い出せないの」
 優馬に大切なモノを預けている。この言葉をどこで聞いたのか? 私の頭の中のイメージでは、その場に優馬はいない。ということは、二人っきりになったとき。最近そんな場面といえば……
「リビング、違う。ダイニング、ここでもない。玄関、違うわ。もっと暗かったような気が。寝室、でもないし。あぁ、どこで聞いたんだっけなぁ」
 私は家の中を一部屋一部屋イメージしてみた。がどれもしっくりこない。家の中じゃないの? でも、夫の一樹と外出したのは、あのビデオに写っていたデパートの時しかない。やはりあのベビーカーに取り付けたおもちゃがそうだったのかしら。
「紗織さん、どこかで先入観にとらわれていないかしら?」
「先入観?」
 ミクさんの言葉で私は考え込んでしまった。先入観ってどういうことなの?
「ほら、例えば頭の中で一度描いたイメージが抜けなくて、そこに固執しているとか。こうじゃないといけないはずだ、なんて思い込んだりしてたり」
 こうじゃないといけないはずだ。そのことで頭を巡らせてみた。私、ひょっとしたら思い違いをしていたのかもしれない。優馬に大事なモノを預けているという言葉はやたらと覚えている。が、それは今回のこととは関係ないのかもしれない。
「だぁ」
 優馬がにっこりと私に微笑みかけてくれる。この微笑み、夫の一樹にそっくりだ。
「あーっ、そうか、そういうことか!」
「えっ、紗織さんどうしたの?」
 私が突然叫んだので、ミクさんはびっくりしていた。
「わかった、わかったのよ。そういうことだったんだ。ミクさん、羽賀さん達に連絡はとれる?」
「え、えぇ。でも何がわかったの?」
「本物の情報のあるところ。ここだ、ここだわ。間違いない!」
 私は勢い良く叫んだ。
 小一時間ほどして、羽賀さんとジンさんが戻ってきた。
「羽賀さん、そちらはどうだったの?」
「ダメだ、マスターからの呼び出しの結果は、これはダミーだってことしかわからなかったよ。どこかに本物があるはずなんだが」
 羽賀さんは落胆した表情でそう言い放つ。
 私はここで一つ提案をしてみた。
「羽賀さん、本物の情報がどこにあるかわかったら、私にもこの先を手伝わせてもらってもいいですか?」
「えっ、紗織さん本物の情報のあるところ知っているんですか?」
「はい、知っているというよりも先ほど気づいたんです。これが隠し場所だったんだってことを」
「ど、どこなんですか? 早く教えてくださいっ」
 そう言って私に迫る羽賀さん。さすがにこれはびっくりした。
「羽賀さん、落ち着いて。で、本物の情報はどこなんですか?」
 ミクさんの言葉で落ち着いた羽賀さん。それを見計らって私は解説を始めた。
「夫は私に、優馬には大事なモノを預けているから、と言ったのを思い出しました。けれど、こんなちっちゃな優馬に何かを預けるなんて不可能です」
「まぁ、確かにそうだなぁ」
 ジンさんが深々と感銘深くそうつぶやいた。
「けれど、わかったんです。夫は常々優馬はオレに笑った顔がそっくりだって言っていました」
 私はもう一度優馬の方を向いた。優馬はニコッと笑って私たちの方を見る。
「そこでわかったんです。夫が優馬に預けたもの。それは笑顔だってことを」
「でも、笑顔じゃ情報とは関係ないんじゃないか?」
 ジンさんがボソリとつぶやく。私はそこで胸を張ってこう言った。
「それが大有りなんです。その情報、ここにありました」
 私が取り出したのは携帯電話。
「携帯電話に?」
「はい。実はこの携帯電話は顔認識でロックが解除できるようにしています。しかもおもしろいのは、顔ごとにユーザー登録っていうのができるんです。それで前に優馬の笑顔で登録をしたことがあるのを思い出しました。そのときに夫が言ったんです。優馬の笑顔は自分にそっくりだって。だから、大事なモノがあるときは優馬の笑顔に預けるって」
「でも、それっていつ聞いたんですか?」
「二ヶ月くらい前です」
「そんなに前じゃぁ、今回の情報が入っていないんじゃないですか?」
「いや、ジンさん、そうとも言い切れないよ。とにかく優馬ちゃんの顔認証で見てみようじゃないですか」
 私は言われたとおり、優馬の顔で携帯電話のロック解除の認証を行ってみた。けれどうまく解除できない。優馬をさらに笑わせてみるけれど、なかなかうまくいかない。
「おかしいですね……うまくいかないなぁ」
「紗織さん、落ち着いて。旦那さんと優馬ちゃんの顔が一番そっくりだと思える時って、どんな笑顔でしたか?」
 私は冷静になって考えなおしてみた。一樹と優馬が一番似ている顔。それはどんな時か。
「あ、そうだ。寝顔でニヤリと笑った時だ」
「となると、優馬ちゃんを寝かさないといけないですね」
 結局、優馬が寝るのを待つことになってしまった。しかも寝ただけではダメ。そのときにニヤリとわらった顔を狙わないと。これはなかなか難しい。これは根競べだ。
 その瞬間を待つために、私たちは二時間も三時間も粘った。そして……
「きたっ!」
 何十回と繰り返して、ようやく認証できる一枚を撮影。いよいよ秘密の扉が開かれる。そんな感じがした。
 恐る恐る携帯を見る。一体どこにそんなデータが入っているのだろうか?
「紗織さん、貸してみて。こういうのはだいたいこの辺に……」
 パソコンに詳しいミクさんが私の携帯を触ってみる。すると……
「ビンゴっ! 見て見て、ここにQRコードがいくつか保存されてるわ。羽賀さん、携帯とって」
 ミクさんは別の携帯電話でそのQRコードを撮影する。すると今度は文字情報が出てくる。
「見て、これがどうやら情報みたい」
 ミクさんの携帯にはなにやら暗号のような文字がたくさん並んでいる。素人の私には何が書いてあるのかさっぱりわからない。が、ジンさんはうなっている。どうやらよほど重要な内容らしい。
「なるほどなぁ。こいつはロシアが隠したがるわけだぜ。羽賀さん、これ、どうする?」
「後は依頼主である友民党に任せるしかないだろう。だが、その前に……紗織さん、ごめん」
 羽賀さんは私の携帯を思いっきり床に叩きつけた。さらにハンマーを取り出し、私の携帯電話をたたき壊した。
「これでもう紗織さんが狙われる理由がなくなる。危ないものは処理してしまわないと。さて、あとはジンさんに任せてもいいかな?」
「あぁ、了解した。ミク、さっきQRコードを撮影した携帯をこっちによこせ」
 ミクさんはジンさんに携帯を放り投げる。ジンさんはもう一度内容をざっと確認して、事務所を足早に出て行った。
「それにしても、紗織さんの旦那さんも手のこんだことをやってくれたな。まさかあっちがダミーだったとはね。でも、旦那さんはどうして組織を裏切るような行為に走ったんだろう?」
 私もそれが疑問だった。夫はどうして今回、このような行動に出たのだろう。今の暮らしのままでも私は満足なのに。夫は何をしたかったのだろう?
 そんなことを考えていたら、羽賀さんの携帯メールが鳴り響いた。羽賀さんは慌ててそれを開く。そしてしばらくそれを読んだ後、私に手渡した。
「紗織さん、ジンさんからだ。さっきのQRコードの情報の一番最後に、旦那さんから紗織さんへのメッセージがあったらしい。それを送ってきたよ」
 私は慌ててそれを読み始めた。そこにはこんなことが書いてあった。
「紗織、これを読んでいるということはオレはもうこの世にはいないことを意味している。だからここにオレの思いを残しておく。
 オレは君と優馬を幸せにしたい。その一心で今までのことをやってきた。けれどそれは紗織と優馬が住む日本を危険にさらす事になる。それでは幸せにはつながらない。そこに気づいたんだ。
 本当の幸せはなんなのか。何をしなければいけないのか。その使命に気づいたからこそ、無謀な行動に出た。
 この情報がコジローさんを通じて日本の役に立つことができれば。そのことを理解して欲しい。
 この平和な日本を守るために、オレの命が役に立てたのなら、オレは本望だ。
 紗織、愛しているよ」
 私はこれを読んで、おもいっきり涙してしまった。

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