見出し画像

コーチ物語 クライアントファイル14「名探偵、登場」その5

「じゃぁ、話しますね。いいですか」
「もったいぶらねぇで早く話せ!」
 刑事さんも長時間の取り調べでイライラしているようだ。これ以上刺激するとやばいな。早速思い出したことを話すことにした。
「冬美が前に自分にこんなことを尋ねたんです。彼女の作った手料理で自分の嫌いなものを出されたらどうするかって。刑事さんだったらどうします?」
「その話がどう関係あるんだよ。肝心なところをさっさと言えよっ」
「ここ、とても肝心なんですよ。で、刑事さんだったらどうします?」
「どうするって……今だったらカミさんはオレの嫌いなものを知っているから出さねぇけど。そういや同棲時代にそんなことがあったな」
「そのとき、どうしたんですか?」
「そんときはガマンして食べようと思ったよ。でも一口食べてやっぱりダメだったから、素直にこれは嫌いなものだって話したな」
「でしょう。自分も同じようなことを答えたんです。そしたら冬美がぼそりとこうつぶやいたんですよ」
「なんてつぶやいたんだ?」
「普通だったらそうだよね。ホント、自分勝手なんだからって」
「自分勝手? 誰がだよ」
「それなんですよ、今思い出したのは。つまり冬美にはつきあっている男がいたってことなんですよ。自分の手料理を出すほどの。なのにお金をもらって自分と関係を持っている。それをつきあっている男が知ったらどう思います?」
「そりゃぁいい思いはしねぇな。ってことは、殺された冬美には男がいた。そしてその男が冬美を殺害したってことなのか?」
「自分が思うに、おそらくそうではないかと。タレコミの電話もきっとその男がやったに違いないんですよ」
 自分の推理が正しければそうなる。だが証拠がない。
「わかった。冬美の交友関係は今当たっているところだが。まだ男がいたという話はでてきてないからな。今の話はとりあえず参考として聞いておくことにする」
 意外にも冷静な態度の刑事さん。うぅむ、やっぱりこれだけじゃ自分が犯人でないという証拠にはならないか。
「あ、今の話を竹井警部にもお伝えくださいね。そしてぜひ羽賀さんの耳に入れてもらうようにお願いします」
「わかったわかった」
 だが刑事さんはそれから動こうとはしてくれない。今の話をあまり重要視していないようだ。困ったなぁ。なんとかして羽賀さんにこのことを伝えたいんだけど。
 そのとき、あの竹井警部が登場。
「よぉ、あれから何か思い出したことはねぇのか?」
 ナイスタイミング! けれど取り調べを行っていた刑事さんはこんなことを。
「大したことは出てません。強いて言えば、ガイシャに男がいたかもしれないってことくらいです」
 この刑事さんの言葉に竹井警部の顔色が変わった。
「バカ野郎っ! なにが大したことがねぇだっ。おい、今の話もう少し詳しく聞かせろっ!」
 どうやら竹井警部はわかってくれる人みたいだ。ここでさっきの話を繰り返して竹井警部に伝えてみた。
「なるほど。おまえさんは冬美の話で男がいると、そう思ったんだな」
「えぇ。でも冬美はそのことを明らかにしていませんでした。人に紹介するのがいやだったんでしょうかね?」
「うぅむ。わからんが……いや、あいつならひょっとしてわかるか?」
 竹井警部は携帯電話を取り出しあるところにかけ始めた。
「おぉ、オレだ。ちょいと相談がある。うん、新城のことだ。ちょっとまて、今代わるから」
 竹井警部は携帯をいじって机に置いた。
「スピーカーモードってやつにしたから。ここから話せばやつに通じるはずだ。こっちもあいつの声が聞けるはずだ。さっきの話を羽賀にもしてくれねぇか」
 やはり、電話の相手は羽賀さんだったか。なんだかホッとするな。
「あ、もしもし、新城です」
「新城さん、どうしました?」
 羽賀さんに話しかけようと思ったら、竹井警部が横から割り込んできた。
「こいつが事件のことで思い出したことがあるんだ。どうやら殺された冬美には男がいたらしい。でも冬美はその男を人に紹介するのがいやだったのかもしれねぇ。おまえならその辺の心境がわかるかと思って電話したんだが」
 自分が言おうと思っていたことをほとんどしゃべってしまったな。
「なるほど。新城さん、今の竹井警部の話をもう少し詳しく教えていただけますか?」
「はい、わかりました。えっとですね……」
 これで同じ話をするのは三度目。しかしおもしろいもので、三回も話をすると最初に話さなかったことまで思い出してきた。
「あのとき、冬美は何か自分に相談したいような印象を受けたんですよ。でも冬美って派手好きで割とプライドが高いんですよね。きっとつまらない男に引っかかったなんて思われたくなかったんじゃないでしょうか」
「どうしてそう思ったんですか?」
「う〜ん、自分でこんなこと言うのもなんなんですけど。冬美って意外に面食いなんですよ。ああいった商売やってると、他にも男が言い寄ってくるみたいなんですけど。なぜか自分だけしか相手にしなかったみたいで。まぁ他の男ってのも中年の脂ぎった客ばかりだって冬美は言ってました。自分を相手にしてくれたのは、割とかっこいいからだって」
「なるほど。なんとなく冬美さんの性格が見えてきましたよ。そして相手の男の姿もね」
「おい、羽賀。相手の男の姿が見えたって、どんなふうにだよ?」
 竹井警部がふたたび割り込んできた。
「おそらくですが。冬美さんはプライドが高いために絶対服従するような男性をそばに置いておきたかったのではないかと思います。まぁ、ペット感覚といえばいいかな。しかし人に紹介できるような容姿でそんな性格の男性なんていませんよね」
「なるほど、そうか、自分にも見えてきました。そんな性格だったらどちらかというとオタク系じゃないかと思われます。普段は冬美に服従していたんでしょう。しかし男にもそれなりにプライドがある。嫌いな食べ物を出されたらそこで激しく拒否した、とかあったんでしょうね」
「たぶんそうでしょう。かわいがっていた犬に噛みつかれた。そんな感じじゃないかな。だから新城さんにポツリとそのことを相談した」
 羽賀さんと自分の考えが一致してきた。
「でもよ、冬美の部屋には男がいた形跡なんてなかったぞ」
「そりゃそうですよ。そんな男は部屋に上げたくないはず。おそらく冬美の方が男の部屋に訪れていたと思われます」
 羽賀さんの見解はおそらく正しい。しかも男の部屋に行くときには普段の自分とは違う、もう一人の自分の姿で行っていたはずだ。それが殺されていたときのあの格好に違いない。そのことを話してみた。
「たぶんそうでしょうね。その男には結構気を許していたはずです。殺された冬美さんには表の顔と裏の顔があった。そう思って間違いないでしょう」
「よし、わかった。おい、早速冬美の交友関係を洗い直せ。どこかに男の姿があるはずだ」
 竹井警部は部下の刑事に早速指示。さっきまで自分の話をまともにとりあってくれなかった刑事が急にてきぱきと動き出した。
「あ、もう一つ思い出しました」
「何だ?」
「冬美の男の苦手な食べ物です。あのとき冬美は最初に自分にこう尋ねたんです。リンゴは好きかって」
「リンゴ? リンゴを嫌いなやつなんているのかよ」
 竹井警部の疑問に、電話の向こうの羽賀さんがこんな答えを出した。
「いや、ありえますよ。たとえば子供の頃のトラウマとか。昔やたらとリンゴばかり食べさせられたために、今は見るのもいやだとか」
「うぅむ、リンゴ嫌いねぇ。まぁその件も頭に入れておくか。羽賀、ありがとよ」
 そうして電話は切られた。
「ところで竹井警部、自分は今夜はどうなるんですか?」
「まぁ、まだ参考人として来てもらってる段階だからなぁ。留置所に入れておくわけにもいかねぇんだが。おまえさんさえよければ入っていくか?」
 竹井警部は本気か冗談かわからない答え。でも推理小説を書くのに、留置所に入っておくって経験もいいかも。そんなことを竹井警部に言ったら
「わはは、おまえさん変わったやつだなぁ。まぁ留置所ってのはちゃんとした手続きがねぇと勝手には入ることはできねぇんだが。うちの署のトラ箱でよけりゃ泊まってくか? そのかわり酔っぱらいが一緒になるかもしれねぇけどよ」
「えぇ、ぜひ。こんな機会滅多にありませんから。今後の小説の参考にさせてもらいますよ」
 言いながら思った。ホント自分って変なやつだなぁ。本当なら一刻も早くこんなところ出て行きたいはずなのに。
 で、結局竹井警部の案内で警察署の保護室、通称トラ箱へと案内された。あいにく今日は自分だけで、一人寂しく一夜を過ごすことになったが。おかげで新しい小説のプロットも見えてきた。この事件を元にしたおもしろいものが書けそうだ。そのことばかりを頭に描いて眠りについた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?