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コーチ物語 クライアント18「感動繁盛店をつくれ!」その1

「このご時世じゃ、なかなか客足は伸びないなぁ」
 私は頭を抱えていた。居酒屋あかりや。カミさんと二人で六年前にスタートした、家庭料理が売り物のお店。最初は大将である私が厨房に入り、カミさんが接客を行うという、小ぢんまりとしたお店であった。
 だが一年もすると評判が高まり、お店を移転しお座敷のある中規模店になり、さらにスタッフも雇って徐々に拡大を行っていった。そして今では、市内に二店、隣町の郊外に一店の計三店舗を経営するお店になった。
 私とカミさんは今では経営者として、三店舗のスタッフ育成と事業展開に日々頭を悩ませることとなった。また厨房も完全に店長や料理長に任せるという体制をとっている。そのため、スタッフは自分たちのペースで仕事ができるのでやりやすいと評判である。が、その反面教育が行き届いていない点も否めない。
 先日もお客さんとちょっとしたトラブルが発生した。どうやら靴を間違えて履いて帰ったお客様がいて、それについて管理が悪いとイチャモンをつけられたのだ。まぁお客が酔っていたということもあり、周りから抑えられてその場は事無きを得たのだが。
 だがこのときのスタッフの言葉がまずかった。
「それはお客様の自己責任ですので、当店では責任を持てません」
 後からその言葉を聞いて冷や汗が出た。確かにスタッフの言うことも一理ある。が、この言葉は周りで聞いていたお客様に反感の目を持たれることとなった。
 あかりやはおもてなしの心を信条としているお店。私は日々、どうやったらお客様へ心からのおもてなしをできるのかを日々考えている状況。そんな中で起こった今回の問題はかなり波紋を広げた。
 結果的に、その言葉を吐いたスタッフは周りから責められる形で辞めざるを得なかった。さらにそのスタッフがお店に対しての愚痴を外で漏らしてっしまったため、あかりやの評価は落ちる結果となってしまったのだ。
 客足が伸びないのはこのご時世仕方のないこと。これは業界全体がそう感じていることであり、あかりやだけの問題ではない。だが、それに輪をかけてこの問題が発生したため、私はとても頭を抱える結果となった。
「あなた、いくら考えてもなかなかアイデアが出てこないでしょ。少しは気晴らしをしたらどう? はい、コーヒー」
「あかり、ありがとう」
 かみさんからコーヒーを受け取り、ひとすすり。あかりやの名前はカミさんの名前からとったもの。六年前、店を出すときには二人でこんな店にしたいね、といろいろ語り合ったものだ。それが形になったことは喜ばしいこと。だがその反動も大きい。居酒屋の経営者というのは楽な商売ではない。
「そういえば、お店に飾るお花の業者を変えたんだっけ?」
 私は何気に請求書の束を眺めてカミさんにそう尋ねた。
「えぇ。この前PTAの方から紹介があって。とりあえず本店だけ変えてみたんだけど、安い上にアレンジメントが上手なのよ。そしてね、そのお花屋さんをやっているのが、まだ若くてかわいい女の子なの。すっごく頑張っているから応援したくなっちゃって」
 これはカミさんのクセだ。頑張っている人を見ると、自分のことをさて置いて応援したくなる。私もそれにつきあわされて、いろんな形でいろんな人を応援してきた。そのおかげで、今の固定客がついたようなものだ。
「へぇ、フラワーショップ・フルールか。まだ会ったことなかったよな」
「確か今日は本店のお花の入れ替え日だから。四時くらいに行けば会えるかもよ」
 カミさんの言葉になんとなく興味を持って、私は本店に様子を見に行くことにした。
 本来ならば本店、二号店、三号店へは週一回のミーティングの時だけ足を運ぶことにしている。あとは月一回の主要スタッフの合同ミーティングを行うだけ。朝礼などについては各店舗の店長に任せている。私は特別用事があるときだけ店に足を運んでいる。その他は業者との打ち合わせや仕入れ、その他事務的な作業と営業活動を行う。そのため、お店よりも別棟で借りている事務所にこもっていることの方が多い。
 だから、今日みたいにふらりと店舗へ足を運ぶことはめずらしい。だからといって店舗をないがしろにしているわけではない。それだけ時間が割けなくなっているというのが現状だ。
「おはようございます」
 店舗のバックヤードから足を踏み入れる。
「おはようございます!」
 元気な返事があちらこちらから返ってくる。この元気の良さだけは他の店舗には負けない自信がある。が、残念なことに全員へはまだ徹底されていないようだ。私が来たにもかかわらず、自分の仕事に一生懸命で顔も上げないスタッフが目についた。
 ここは注意をしたほうがいいのだろうか。それとも店長に言って後から注意をさせたほうがいいのだろうか。いや、何も言わずに自分から気づくまで待つべきか。そのへんのコミュニケーションのあり方一つとっても悩んでしまう。
 どうやれば気持よくスタッフが働いてくれるのだろうか。その方法について日々いろいろな本を読んでは研究を重ねているが、まだしっくりとした答えが出てこない。
「大将、今日は何か御用で?」
 店長の岸田が私に声をかけてきた。
「あ、いや。確か今日はお花屋さんが来るということを聞いたから。なかなかいい感じのお花屋さんだってカミさんから聞いたから、一度会っておきたくて」
「あ、舞衣さんのことですね。あの子はなかなかいいですよ。かわいいし、そのうえ腕前も確かだ。多分そろそろ…」
 そう言うと、バックヤードからお花を抱えて一人の女性が登場した。
「こんにちはー。フラワーショップ・フルールです」
「ほら、噂をすれば」
 確かに、店長の岸田やカミさんが言うとおり、かわいらしい女性だ。そして芯もしっかりとしてそう。
「こんにちは。はじめまして。あかりやのオーナーです」
「あ、大将さんですか。お噂はかねがねうかがっています。このたびはお花を入れさせていただきありがとうございます」
 舞衣さんは深々とお礼をしてくれた。なかなか好感が持てるな。
「じゃぁ早速作業に入らせていただきますので」
 そう言うと舞衣さんはすぐに仕事にとりかかった。あいさつの時も仕事の時も、常にニコニコした笑顔が印象的である。私はしばらくその姿を後ろから見つめていた。
 一通り作業が終わったときに、またこちらから声をかけてみた。
「お疲れ様。よかったら冷たいものでもいかがですか?」
「あ、ありがとうございます。じゃぁ喜んでご馳走になります」
 私は店長に言って冷たい麦茶を用意させた。もう秋の気配とはいえ、まだまだ外は暑い。
「じゃぁいただきます」
 そう言って丁寧な仕草で麦茶を飲む舞衣さん。こんな人財がウチにも欲しいところだ。
「あぁ、おいしかった。ごちそうさまです」
「いえいえ、でもお若いのにお花屋さんを営んでいるとか」
「えぇ、私の母が始めたんですけど、もう亡くなってしまって。でも一生懸命やればなんとかなるものですね。それに、私一人じゃないですから」
「一人じゃない、というとスタッフがいらっしゃるんですか?」
「えぇ、私よりアレンジメントが得意な女性が一人います。それと、ウチのスタッフじゃないんですけど、にぎやかな仲間もいますし」
「にぎやかな仲間、というと?」
「はい。ウチの二階に羽賀さんというコーチングをやっている方がいて。それにそこでバイトをしている専門学校生のミク。あと羽賀さんのお友達とか知り合いとか、しょっちゅう出入しているので毎日がとてもにぎやかですよ」
 私はここである言葉に反応した。コーチング。以前本で読んだことがある。あかりも一時期コーチングにはまって、自己流ではあるがトレーニングをしていたことがある。
 コーチングとは相手の中から答えを引き出すことで、相手のやる気を出させ行動を促す技術のこと。上司が部下を行動させようと思ったときに、今までだと指示命令でやっていたのを、コーチングを使うことでうまくいかせようというものだ。
 また、人によっては悩み相談としてコーチングを使っているということらしい。ある意味、カウンセリングに近いところもあると聞く。
「へぇ、コーチングをやられている方がこんなに近くにいたんだ。ぜひ一度お会いしてみたいなぁ」
「だったら私が話をしておきましょうか? 羽賀さん、時間があればすぐにクライアントのところにすっ飛んで行っちゃう性格だから」
「え、いいんですか」
 このとき、私の頭の中では今抱えている問題をどのように解決すればよいのか、そのヒントを得たい気持ちでいっぱいになった。
 いっそのこと、この羽賀さんというコーチに頼ってみるか。自分ひとりじゃ何も答えが出そうにないし。
「ぜひお願いします」
 気がつくと、舞衣さんに頭を下げている自分がいた。
「わ、わかりました。じゃぁまたご連絡しますので」
「ではこちらにお願いします」
 私は名刺を舞衣さんに渡して、また深々と頭を下げた。
 後から思うと、何気に本店に足を運んだのは大正解だった。まさか、この出会いが私の店をこんなにも変えることになるとは。
 このときはまだそんなこと思いもできなかった。

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