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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第四章 本当の心 その5

「そうはならないって、どうしてなんですか?」
 私は率直にその疑問を、大柄の男にぶつけてみた。
「あ、紹介します。彼はジンといいます。私立探偵をしているのですが、今回の件では私と一緒にいろいろと動いてもらっています。そして今の大磯さんの疑問についても、ジンさんが調べてくれました。ジンさん、お願いします」
 羽賀さんが口を挟んでくれたおかげで、私は感情的にならずに済んだ。でもどうして司法解剖で怪しまれないのだろうか?
「なぁに、簡単なことだよ。ズバリ、この件は警察の一部の人間もグルだってことだ。証拠を握りつぶすのなんてわけないほどの人間が絡んでいるんだよ。詳しくは企業秘密だからこれ以上言えんがね。あとおまけに、おそらく司法解剖に関わっている病院の先生。こいつもグルだ。リンケージ・セキュリティから甘い汁のおすそ分けを頂いている連中だよ」
「そ、そんな。じゃぁ全ては佐伯孝蔵の思いのままに動いている、ということなのですか?」
「あぁ、そうなるね。それがこの腐った日本の現実なんだよ」
 あらためてそう言われて、私は愕然としてしまった。じゃぁ、私がいくら頑張っても太刀打ち出来ないんじゃないのか。目の前に立ちはだかる大きな壁。それを頭の中でイメージしてしまった。
「坂口さんに石塚さん、二人も犠牲者が出てしまって。これ以上私は活動を進める意味があるんでしょうか。羽賀さん、教えてください」
 私が思わず口にした言葉。けれど羽賀さんは何も言ってくれない。当たり前だ。そんなこと、羽賀さんが決めることではない。頭ではそうわかっていても、誰かに頼らないと自分の答えが見いだせない。
 どのくらい沈黙が続いただろうか。おそらくそんなに長い時間ではないのだろうが、私にはとてつもなく長く感じてしまった。
 その沈黙を破ったのは、まだ口を開いてない男。この店のマスターである。
「大磯さん、でしたっけ。まぁこれでも飲んで」
 そう言って一杯のコーヒーを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
 私はそのコーヒーを口にして、一度は気持ちを落ち着けてみた。そのとき、ようやく羽賀さんが口を開いてくれた。
「大磯さん、以前にもお聞きしたと思いますが。あなたは何のためにこの活動をやろうとしたのですか?」
 なんのために。それをあらためて問われて、私は心の中で自問自答してみた。
 一体何のために私は日本を裏で動かそうとしている佐伯孝蔵に逆らおうとしているのか。なんのために犠牲者を出してまでこの活動を続けようとしているのか。自分の本当の心はどこにあるのか?
 また沈黙がその場を包み込んでしまった。何度自問自答しても、本当の自分の心が見えてこない。
「あんた、家族を飛行機事故で失っているんだってね」
「ジンさん……」
 ジンという男が突然私にそう言ってきた。一瞬、どうしてそんな昔のことをと思ってムカっとしてしまった。が、私も大人だ。ここは冷静にその言葉を受け止めた。
「えぇ、十五年前に起きた飛行機事故でね。あのとき、私は仕事人間だった。家族にかまってあげるはずの時間を割いてでも仕事に打ち込んだ。その結果があれだ。悔やむに悔やまれなかったよ。そしてどうしてあんな事故が起きたのかを調べ始めたんだ。その結果……」
「その結果?」
「あの事故は、ロシアに盗まれた軍事機密を北朝鮮が秘密裏のうちに処理しようとして起された事故だというところまではいきついた。でも、どうしてその事実が公表されないのか。日本政府はどうしてそれ以上のことを調査しないのか。そこが疑問のまま今に至っているんです」
「だからリンケージ・セキュリティに入って、その情報を探ろうとした。けれど探れなかった。そうでしょう?」
「どうしてそのことを?」
「大磯さん、あんたの個人情報なんざ簡単に手に入る。そんな時代なんだよ。で、そんな矢先に先日の飛行機事故だ。パターンは十五年前と非常に酷似している。さて、ここで問題だ。この二つの事故とリンケージ・セキュリティ、いや佐伯孝蔵。その関係は何でしょう?」
「その関係はなんでしょうって、やはりあの二つの事故と佐伯孝蔵は関係があるんですね。一体どんな関係があるんですか。教えてください。ねぇ、教えてください」
 私はジンにつかかった。だが身体の大きなジンは私のことをなんともなかったかのように受け止める。それこそ、大きな壁が立ちはだかっているかのように。
「そんなに慌てなさんな。マスター、羽賀さん、教えてやってもいいよな?」
「はい、大磯さんはご家族を亡くされた当事者ですから。ボクはかまいません」
「オレもかまわないよ。まぁちょいと苦労して引き出した情報ではあるけどね」
「よし、二人の許可が出たからオレの口から話そう。いいか、大磯さん、冷静に聞くんだぞ。まずこの二つの飛行機事故。どちらも外国のスパイが仕掛けた事故のように見えるが。実はな……」
「実は?」
「実は、佐伯孝蔵のパフォーマンスでもあるんだよ。つまり、こういうことが起きないように我社にセキュリティ管理を任せなさいと日本政府にアピールするためのね」
「ちょちょっと、それどういうことなんですか?」
 私はまだ事態がよく把握できていない。ジンの言葉は更に続いた。
「今回の一連の軍事機密の漏洩。これも実は佐伯孝蔵が裏ですべて手を回していたとしたら」
「裏で手を回していた?」
「あぁ、恐ろしい事実をオレたちはつかんだんだよ。ロシア側のスパイとして活動をしていた信和商事。この会社、実はな、すべて佐伯孝蔵が仕切っていたんだよ」
 えっ、どういうことだ? 佐伯孝蔵はあくまでもリンケージ・セキュリティの人間。さらにその敵とされているロシア側の信和商事。これも取り仕切っていた。となると、身内同士で争いを起こしていた、ということなのか?
「大磯さん、かなりパニックになっていると思いますが。ボクたちがたどり着いた事実がそれなんです。佐伯孝蔵はどうしてそんなことをやっていたのか。ここからは推測ですが」
 今度は羽賀さんが口を開いてくれた。羽賀さんの言葉は更に続く。
「佐伯孝蔵はあえて情報を盗む側を演出することで、守る側、つまりリンケージ・セキュリティという正義の味方をつくろうとしたんです。仮面ライダーだって悪の組織のショッカーがいなければ、その存在意味はありませんからね」
「ということは、佐伯孝蔵は正義の味方をつくりだすために、あえて悪の組織を裏で立ち上げていた、ということですか?」
「はい。そのおかげで日本政府にリンケージ・セキュリティの存在を知らしめることができました。が、最近その正義の味方の存在を日本政府が軽く見はじめた。だから……」
「だから、飛行機事故のパフォーマンスを見せることで、日本政府に再度正義の味方の存在をアピールした、ということなんですか?」
「御名答!」
 ジンが私を指さしてそう言った。
「十五年前は、一時期だけ相志党が野党に回った時期があった。連立内閣が与党になり、総理大臣が変わった時期があったよな」
「はい。そういう時期がありました」
「そして今も、友民党が第一党になり政治を取り仕切っている。そもそもリンケージ・セキュリティは相志党のおかかえセキュリティ機関だったが、それ以外の党が日本を取り仕切ろうとしたときにこういう事故が起きている。つまり、この事故は日本を取り仕切る政党に対してのリンケージ・セキュリティのパフォーマンスなんだよ」
 マスターが涼しげな顔でカップを磨きながらそう説明する。あまりにもさらっと言ってくれたため、そんなに重大なこととは気づかないかもしれない。が、実はそれはとても大きなことである。
「じゃぁ、私の妻や子どもは佐伯孝蔵のパフォーマンスのために殺された、ということなのですか?」
「そうなるね」
 ここで私の心は再度燃え始めた。冗談じゃない、そんなことのために人の命を簡単に取り扱うなんて。この日本はおかしい、いや、佐伯孝蔵が狂っている。
「さて、これだけの事実を知った上であらためて聞きましょう。大磯さん、あなたはなんのためにこれから活動をしようと考えていますか?」
 何のために。ここで私の頭の中は一瞬、佐伯孝蔵に対しての復讐の炎が燃え盛ろうとしていた。
 が、ここで別の自分が、いや頭の中に出てきた妻と子どもがこう私に言ってくれた。
「それは違うよ。もっとみんなの笑顔のために行動して欲しいな」
「えっ!?」
 幻覚を見ていたのだろうか? でも、はっきりと私の目の前に妻と子どもが現れて、私に直接そう語りかけた。そう感じたのだ。
 私は一度大きく深呼吸をして、そしてもう一度自分の心に問いてみた。
「私は何のために活動をしようとしているのだろうか……」

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