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コーチ物語 クライアント18「感動繁盛店をつくれ!」その3

 翌週から、全社員を巻き込んでの研修がスタートした。全社員、といってもパートやアルバイトの参加の強制はできない。やはり時間的な都合があるから。とりあえず正社員だけ本店に集合。集まるのは全員で十名。それに私とかみさんを含めた十二名で行うことに。
 今までも何度か研修を行ったことはある。これは私やカミさんが受けたものを、見よう見まねで社員へ行うことが多い。またあるときは商工会の派遣事業でコンサルタントの先生の講義を受けたことがある。が、申し訳ないがこのときは私も眠気がくるほどつまらない内容であった。
 だが今回はかなり期待している。羽賀さんは打ち合わせの段階から、私たちの要望をしっかりと聞き入れ、さらにワークを中心とした講義を行ってくれるということだったから。
 初回の内容は「お客様への感動のつくり方」。いきなり核となる内容である。これには私もカミさんもかなりの期待を寄せている。
「さて、これから五回シリーズで研修を行ないます。コーチングというのをやっている羽賀と申します。まぁ堅苦しいあいさつはこのくらいにして。早速ですけどみなさんにやってもらいたいことがあります」
 自己紹介もそこそこに、羽賀さんはみんなに折り紙を配りだした。これで何をするのだろう?
「では、今からこの折り紙を私が言うとおりにちぎってもらいます。まずは半分に折って、角の一つをちぎってください」
 羽賀さんはそう言うと、折り紙を半分に折って四隅の一箇所を手でちぎった。私たちも同じようにしてみた。
「さらに半分に折って、また一箇所をちぎって」
「また半分に折って、もう一箇所をちぎって」
「もう一回半分に折って、ちょっとしんどいですが、また一箇所をちぎって」
 最後は紙も厚くなり、ちぎるのには一苦労した。
「はい、それで紙を広げてください。どんなふうになりましたか?」
 折り紙を広げてみる。なんともいえない模様になっている。これでお店のかざりでもつくろうというのだろうか?
「では、今広げたものを隣の人と比べてください。さて、どんな違いがありますか?」
 私はカミさんのものと比較。すると、私のつくった模様とは全く異なるものができあがっていた。さらに他の人とも比較をすると、誰ひとりとして同じ模様になったものはなかった。
 みんなは口々にへぇ、とかほぉ、とか言いながら比較をしている。
「さて、ここで感じてほしいことがあります。私からみなさんにお伝えした言葉はまったく同じものです。しかし、それを受け取った結果は皆さんバラバラですよね。これは人とのコミュニケーションでも同じことが言えます。こちらが感じて欲しい意図と、相手が受け取った意図が全く同じということはなかなかないものです。それぞれの価値観で受け取るものは異なります」
 みんなはウンウンと頷きながら羽賀さんの話に耳を傾けている。中にはメモを取っている社員もいる。
「そこで『感動』というのを考えてみてください。みなさんは普通、感動を人に『与える』という表現を使っていますよね」
 これには一斉に首を縦に振った。一般的に感動を与えるというし、感動をどうやって与えればいいのかを考えているのだから。
「では、みなさんが伝えたい感動と、お客様が受取る感動は同じものでしょうか?」
 ここで気付かされた。そうか、そうだったのか。
「これについて、ちょっと周りの人と話をしてみてください。
 羽賀さんの促しで、私は社員二人に今気づいたことを話してみた。
「今まで感動を与えなきゃと思っていろいろと仕掛けを考えてきたけど。それってこちらの押し売りみたいなものじゃないかな。ほら、お客様にこう感じて欲しいと一方的に考えていたけれど。ひょっとしたらお客様は別のことを考えているかもしれない」
 私の言葉に二号店の店長、牧野が応えた。
「それ、ぼくも今感じました。お客様ってこちらが思ってもいなかったところに反応して、逆に思って欲しいようには感じてくれないんですよ。それがさっきのちぎり絵と同じだったんですね」
 横で聞いていた一号店の副店長、川添も同調した。周りの言葉にも耳を貸すと、同じような意見が飛び出している。
「はい、よろしいでしょうか。今聞き耳を立てていたら、みなさん同じようなことを話されていましたね。ではあらためて。そちらはどんな話をしましたか」
 羽賀さんはカミさんのいるグループをさして意見を求めた。出てきた意見は私が言ったのと同じようなことだった。
「そうですね。もうみなさんお気づきでしょう。感動というのは与えるものじゃないんですよ。感じてもらうものなのです。与える、というと感動の押し付けになります。相手がこちらの言動のどの部分に感動を覚えるのか。それは人それぞれです。だからこそ、私たちは何をしなければいけないのでしょうか? これもさっきのグループで話をして、お手元に準備した付箋紙にいくつか書いてみてください」
 テーブルに準備された付箋に、私は今思っていることを書き出してみた。大きな声であいさつをする。お客様の履物を並べる。今日のおすすめ料理を伝える。お客様と笑顔で会話をする。などなど。一生懸命黙々と書いていると、羽賀さんからこんな言葉が。
「おやおや、みなさん目の前の付箋に書く事に一生懸命ですね。よかったらまずは思ったことを口にしてみましょう。書くのはその後で十分ですよ。大事なのは書くことではなく、対話をすることです」
 そうか、言われたとおりだな。ということで今書いているものをまずは発表しあうことにした。
「じゃぁ、まずは私から」
 そう言って書いたものを一通り発表。すると二号店の店長牧野も一号店の副店長川添も似たようなことを発表してくれた。さらに川添からはこんな意見も飛びだした。
「今思ったんすけど、うちの店では毎月イベントをやってるじゃないっすか。それも感動になるんでしょうけど、もっと当たり前のことを徹底したほうがいいんじゃないっすか」
 なるほど、確かにそうなるな。このとき、先日本店に顔を出したときにあいさつをしなかったアルバイトのスタッフのことを思い出した。あの調子だと、お客様に対してもあいさつができていないのではないだろうか。仮にお客様の前ではあいさつができていても、スタッフ間でそれができていなければ意味はない。
「じゃぁ、当たり前のことというのを書き出してみようか」
 そう思った瞬間、羽賀さんからストップの声が。
「じゃぁ一旦お話をやめてください。ではどんな意見が出たのか、各グループから発表してもらいましょう」
 ここで羽賀さんは各グループから出た、私たちがやるべきことの意見を、付箋を貼り出しながらまとめていった。
 すると面白いことに気づいた。出てきた意見の大半が、私たちのグループで今から出そうとしていた「当たり前のこと」だったのだ。
 羽賀さんもそこに着目をしてくれた。
「こうやって並べて見ると、ほとんどが当たり前の行動ですよね。これを徹底させることが私たちには必要なのです。これらは例えて言うならば、みなさんが毎日食べている白いご飯のようなものです」
 白いご飯、どういう意味だろう?
「白いご飯は毎日当たり前に食べていますよね。けれど、それがなくなるとどう感じますか?」
「はい、なんだか寂しくなります。私、海外留学の経験があるんですけど、そのときには無性に白いご飯が食べたくなりました」
 これは三号店の店長、三崎の言葉。三号店は女性とファミリー向けをコンセプトとしているので、店長もスタッフも女性中心の構成にしている。
「そうですね。さらに白いご飯も、お米のとぎ方やお水の種類、炊き方の工夫でいかようにもおいしくなります。そんな炊きたてのご飯を口にしたら、どう感じますか?」
「やっぱ日本人でよかったなぁって思いますよ」
 一号店の店長、名物のひょうきん男木崎の発言。これには一同笑いが飛び出た。
「でしょー。だから私たちのサービスもそうあるべきではないでしょうか?」
 なるほど。あいさつ一つとっても、お米の研ぎ方と同じように一つ一つをしっかりとていねいに行う必要があるのか。
 さらに羽賀さんの話は続く。
「さらに、ボクから一つ提案です。ぜひお客様が今何を望んでいるのか。それを感じ取ってください。お客様が要望してからサービスをするのでは当たり前すぎます。お客様が要望する前に、こちらからサービスを仕掛けるのです」
「そんな、エスパーみたなことできませんよ」
 一号店の料理長、楠の言葉。こいつはクールなところがあり、そのノリは一号店の店長の木崎とは正反対である。
「確かに、私たちはエスパーではありません。だからこそ次の四つのステップを心がけてください」
 羽賀さんは付箋に四つの言葉を書き出した。
「まずは『見る』。これはお客様が何を要望しているのかをしっかりと見るのです。タバコを取り出したら灰皿が欲しいということ。グラスが空になったら飲み物が欲しいということ。このくらいだったらみなさん察知できますよね」
 一同、首を縦に振る。
「さらに次は『聞く』。お客様の言葉に耳をかたむけるということです。このお店、しずかな雰囲気でいいよねと言われたら、お客様は賑やかさよりも静けさを要望しているんだな、ということになります。そういうお客様は呼ばれるまでそっとしておいたほうがいいということになります」
 なるほど、それは一理あるな。
「そして次は『質問する』。今お客様が何を要望してるのか探りを入れるのです」
「具体的にはどんなふうに?」
「たとえば、集団でにぎやかに来店されたお客様に『なんだか楽しそうですね。今日は何かあったのですか?』と聞いてみます。すると、お客様がどういった意図で来店されたかがわかりますよね。結婚式の二次会だったり、何かのお祝い事だったり」
「あ、そうか。それがわかればそれに合った料理をすすめられるな」
 気難しい楠も納得。そして羽賀さんはその言葉にあわせるように四つめを見せてくれた。
「すばらしい! 四つめはまさにそれ。『さぐる』です。これはこちらから提案を持ちかけるということです。例えば、今日のみなさんにぴったりのお料理がありますよ、というようにね。それがピタリ合えばお客様は喜んでくれますよね」
 なるほど。この四つのステップは使えるな。まずは見る、そして聞く。さらに質問をしてさぐりを入れる、か。これは徹底させたいな。
「このようにして、お客様の期待をいい方に裏切ることなのです。その印象が強ければ強いほど、お客様は間違いなく何かを感じてくれますよ」
 期待をいい方に裏切る。これは私の心に強く残った。まさにこの羽賀さんの講義が私の期待をいい方に裏切ってくれたのだ。おかげで私だけでなくスタッフみんなの心の中にこの内容が深く刻まれたことは間違いない。
 これからが先のことを考えると、ワクワクしてきた。

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