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コーチ物語 クライアントファイル14「名探偵、登場」その4

「羽賀さん、朝ですよ。羽賀さん」
「ん……あ……っと、おはようございます……」
 寝ぼけ眼の羽賀さん。昨日は遅くまでつき合わせてしまったからなぁ。
「羽賀さん、朝ですよっ。ご飯つくったからね。私はお店の準備があるから。じゃ、新城さんごゆっくり」
 舞衣さんってこうやってみると完全に羽賀さんの奥さんだよなぁ。独り身の自分からするとうらやましいや。
 このとき、さっき忘れてしまった事件に関するとても重要なことが思い出せなかったあの感覚が再び襲ってきた。あれ、なんだっけ、何かとても大事なヒントなんだけど。
「新城さん、どうしました?」
 羽賀さんの呼びかけで我に返った。
「あ、いえ。大事なことを思い出せなくて……事件に関してのヒントになりそうなことなんですけど……」
「まぁ朝ご飯食べながらゆっくりと思い出しましょうよ。わぁ、舞衣さん今朝は和食かぁ。げっ、やっぱ納豆がついてるわ。新城さん、納豆二つ食べませんか?」
 いくら好きでも朝から二パックも納豆は食べられない。それにさっき舞衣さんから、羽賀さんに納豆を食べさせるようにお願いされたばかりだし。
「ダメですよ、ちゃんと食べないと。舞衣さんからも食べさせるようにって言われましたし」
「しょうがないなぁ……」
 自分から見ると完全無欠のように見える羽賀さん。でもこんな意外な弱点があったなんて。なんだかうれしいなぁ。羽賀さんもやっぱ人間なんだな。
 それからは朝ご飯を食べながらなんてことない会話を続けた。羽賀さん、あえて事件については避けてくれたようだ。一通り食べ終えたところでノックの音が。
「羽賀ぁ、起きてるか?」
 あのぶっきらぼうな声はブルドッグのお巡りさん、じゃなかった、竹井警部だ。こんな朝から何の用だろう? 羽賀さんがまだ返事もしないうちに竹井警部は事務所へ入ってきた。
「おはようございます。お早いですね」
「バカヤロウ、こちとら徹夜だ。で、どうなったよ?」
 どうなったってどういうことだ? そしたら羽賀さん、急にボクの方を向いて申し訳なさそうな顔をした。
「新城さん、ごめんっ。実は……」
 羽賀さんが急に謝ってきた。その理由はこうだった。警察でいくら取り調べをしても、なかなか真実をしゃべることはないだろう。しかし友人との雑談だったら本当のことがついぽろっと出てしまうのではないか。だから自分を羽賀さんのところに泊めさせて話をさせることで何か新しいことが出てくるかもしれない、ということ。竹井警部としてはその新しい情報が早く欲しくて、こうやって朝から羽賀さんのところへと訪れたというわけだ。
「なんだ、そんなことだったら気にしないで下さいよ。昨日の夜は久々に謎解きのプロットをつくるみたいで楽しかったですから」
「新城さんにそう言われるとありがたいです。なんか騙したみたいで申し訳なくて」
「でよ、羽賀ぁ、なんか出てきたのかよ?」
 竹井警部はこっちの気持ちにはお構いなしのようだ。まぁ警察なんてそんなもんだろうな。
「あ、それについてはこちらにまとめています」
 羽賀さんが手渡したのはプリントアウトされた用紙。そこには昨日の夜羽賀さんと話したことをまとめたホワイトボードの写真があった。
「あれから二人で事実と、そこから推測されることをまとめてみたんです。そこでいくつか見えてきたことがあります」
 羽賀さんは昨日の夜話したことをかいつまんで竹井警部に説明し始めた。竹井警部はそれを真剣に聴いている。
「なるほど。じゃぁタレコミ電話の通話記録をまずは調べればいいんだな。それと被害者の靴、こいつを探すこと。あとは鍵がどうやって開けられたか。よし、わかった。あとは警察にまかせろ」
 あれっ、タレコミ電話の件は昨日の夜中に羽賀さんが竹井警部に電話したんじゃなかったっけ? 今の会話からすると、竹井警部は初耳のようだ。となると羽賀さんはどこに電話していたんだろう?
「で、新城さん。申し訳ねぇんだけど今のところあんたはまだ第一発見者であり、第一容疑者なんだよ。ホントなら昨日の夜も留置所に一泊してもらうところだったのをなんとか羽賀んところだったらということで無理矢理許可をとったんだ。でも昼間はそうはいかねぇんだよ。悪いけど署まで同行願えるかな?」
 なんだ、結局自分は容疑者のままなんだ。仕方ない、警察に逆らうわけにもいかないからなぁ。
「わかりました。じゃぁ準備してきますので」
 ちょっと落胆。結局しばらく警察にいなきゃいけないんだ。さぁて、この先どうやって真犯人を見つけようか。実際に行動することができないんだから。
「あ、竹井警部。納豆食べます?」
「おぉ、大好物なんだよ。いいのか?」
「えぇ、熱いご飯もまだありますから、お茶も入れますね」
 そう言って羽賀さんは竹井警部に簡単な朝ご飯を振る舞った。自分はその間に身支度。一旦羽賀さんのベッドルームへと移動した。
 そそくさと荷物をまとめていると、羽賀さんが突然カーテンから顔を出して小声で話しかけた。
「新城さん、大丈夫ですよ。ボクがなんとかしますから。あれだけのヒントがあればそれなりにこっちで動けそうです。もし何か思い出したりしたことがあったら竹井警部に遠慮なく言って下さい。ボクに連絡ができるようにしておきますから」
「そんな……羽賀さん、大丈夫なんですか?」
「はい、任せて下さい。新城さんは冬美さんが過去に自分の交流関係について何か話したことがないか、思い出してみて下さいね」
 このとき、またあの感覚がよみがえってきた。何か大事なヒントがあったはずなんだけど。でも思い出せない。
「わかりました。じゃぁよろしくお願いします」
「羽賀ぁ、お茶もう一杯くれ」
 羽賀さんとの会話は竹井警部のお茶のリクエストで中断されてしまった。まぁいい。あとは羽賀さんにおまかせしよう。自分の役目は思い出すことだ。どんな小さな手がかりでもいいから、それを思い出すこと。
「よぉし、そろそろ行くか。じゃ、あとは警察に任せて。なぁに、心配するなって。オレがなんとかしてやっから。じゃ、羽賀、またな」
 こうして自分の身柄は再び警察へと運ばれることになった。しかしまだモヤモヤする。あの思い出せそうで思い出せない大事な事ってなんだったっけ。パトカーの中でもそのことを必死に考えていた。
 結局その日の夕方まではずっと取調室で過ごすことに。竹井警部のおかげか、ドラマなんかで見る「おまえがやったんだろう!」みたいな激しい取り調べはなかった。けれど結構つらかった。どちらかといえば無言の時間の方が長かったからだ。
「何か他に思い出すこと、ありませんか?」
 警察もこれ以上気の利いたセリフはでてこなかったようだ。そんなこと言われて手品のように重要なことが思い出せたら苦労はしない。
「あ〜っ、今日も家に帰れそうにない、か。カミさん、怒ってるだろうなぁ」
 自分より少し年上だろう刑事さんは独り言のようにそうつぶやいた。
「結婚されているんですね。でも奥さんほったらかしで大変ですねぇ」
 ずっと黙っているよりはいいかと思って、そう刑事さんに話しかけた。
「でもカミさんもつきあってるときからこれはわかってたからあきらめてるみたいだわ。今まで何度デートをパーにされたことか。同棲しているときも結構この件でケンカしたからなぁ」
「へぇ、同棲されてた時期があったんですね」
「ま、まぁな。でも結婚前に少しでも同棲した方がいいぞ。これでお互いの悪いところも見えてくるからな。結婚してからそれが見えちまうと、離婚の原因になりかねないからなぁ」
 んっ、まただ。あの大事なことを思い出せないという感覚がよみがえってきた。しかも今までになく強烈に。
 同棲、悪いところが見える、納豆、好き嫌い、ケンカ……連想ゲームのように単語が頭の中にどんどん浮かんでくる。ここでもつれた糸が一瞬で解きほぐれた感覚を覚えた。
「そうか、思い出したっ!」
 思わず立ち上がって叫んでしまった。
「な、なんだ。おい、何か思い出したのか?」
「そうだ、そうだよ。冬美はあのときそのことを言っていたんだ!」
「おい、何を思い出したんだ。こっちにもわかるように話してくれよ」
「刑事さん、これは重要な手がかりになりそうです。しっかり聴いていてくださいね」
 頭の中では小躍りしている自分がいた。それだけ重要なヒントを見つけてしまったのだ。そのことを話したくてウズウズしている自分がそこにいた。

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