見出し画像

コーチ物語 クライアントファイル14「名探偵、登場」その1

 まさか、家に帰ってきたら死体があるなんて。そんな推理小説みたいなことが現実に起こるとは夢にも思わなかった。
 さらに驚いたのは、その死体が冬美であること。彼女はよく行くスナックで働いている女性。で、ここだけの話だが関係を数回持ったことがある。関係を持ったとはいっても、冬美と恋愛関係になったわけではない。その都度冬美にはお金を渡している。まぁいわゆるあれだ、援助ってやつ。
 自分も彼女なんていないし、まだ若いんだし。そういう欲求にかられることは認めて欲しい。認めて欲しいって、誰に向かって言っているんだろう?
 ともかく、そういう間柄の女性が自分のマンションの部屋で死んでいるんだから。犯人と疑われても仕方がない。
 どうする、警察に正直に届けるか? それとも死体を隠すか? はたまたこの
ままにして自分が逃亡するか?
 まぁどの手を使っても間違いなく警察にお縄になり、真犯人が見つからない限りは取り調べを受け続けて、最後はやってもいないことで自白して刑務所に入るんだろうな。
 あ、でもアリバイがあれば大丈夫か。そもそも冬美はいつ死んだんだ? こ
こで殺されたのか。それとも殺されてからここに運ばれたのか。
 そもそもどうやってこの部屋に入ったんだ? 冬美に鍵を渡した記憶はない。何度かこの部屋に呼んで、酒を飲んで、やることをやって。そんな記憶はあるのだが。ひょっとしてそのときにこっそりと鍵を複製させられたのか?
 ちなみに自分が死体を目の前にして、どうしてこんなに冷静に事を考えられるのか。普通ならパニックになっているところなのだろうが。
 実は推理小説マニアで、自分でも今まで何度か作品を書いている。何度か公募に投稿したことはあるが、残念ながら入選にかすりもしない。ま、趣味の世界なんだからこれでいいかなとは思っていたけれど。
 ふぅむ、こんなとき金田一耕助ならどう考えるのだろう? シャーロックホ
ームズなら、コナンくんなら、三毛猫ホームズなら。まぁ猫がホントに事件を解決するとは思えないけれど。
 とりあえずどんな行動をすれば一番良いのかを考えた。考えた結果、あるところへ電話をかけることにした。
「新城です。夜分遅くに申し訳ありません」
「あれ、新城さん。何かあったのですか?」
「えぇ、ちょっと困ったことが起きてしまって。それで力を貸して欲しいのですが……こんな時間にご迷惑でしょうか?」
「いや、いいけど。でもどうしたんだい?」
「本当に申し訳ないのですが、ボクの部屋まで来ていただくことはできないでしょうか。ちょっと見てもらいたいものがありまして」
「わかった。自転車を飛ばしていくから。新城さんのところって公園横のマンションだったよね」
「はい。お待ちしています」
 やっぱりあの人は頼りになる。実はここまで自分に冷静になれているのも、あの人のおかげなのだ。あの人が到着するまで、もう少し死体を観察してみるか。
 刺し傷はない。首にひも状の紫色の圧迫痕がある。絞殺か。だが近くにそのようなひもは見あたらない。
 衣服の乱れはない。ということは争った形跡がないということだ。顔見知りの犯行の可能性が高いな。ってことは、ますます自分が疑われるってことじゃないか。
 他に何かないか。注意深く冬美を観察する。冬美の今日の服装は、ロングパンツに長袖のTシャツ。ロングパンツもゆったりめのもの。おそらくこれは普段着だな。お店に出るときにはミニスカートや胸元の開いた派手な服を着ていることが多い。冬美とのつきあいは半年ほどになるが、今までこんなラフな服装を見たことがない。
 さらに化粧もよく見ればほとんどしていない。いつもは派手なリップとアイシャドウが印象的なのだが。冬美は今日は店は休みだったのかな。
 そんなことを考えていたら、チャイムの音が。どうやら待望の人が来てくれたようだ。
「はい。今開けます」
 玄関の扉を開いたときに、とてもビックリした。どうしてここにブルドッグがいるんだ。本気でそう思ってしまった。
「新城敦だな。ちょっと部屋を見せてもらってもいいか?」
 しゃべるブルドッグは黒い手帳を見せながら自分にそう話しかけてきた。頼みの綱よりも先に、最悪の人物が姿を現したようだ。
 ここで拒否をしても、この人達はどうせ無理矢理入ってくるに違いない。逃亡しても無駄なのはわかっている。仕方ない、正直に全てを話してみるか。
「わかりました」
 その時、ちょうど待望の人の目に入った。
「あれ、新城さん。どうしたんですか? 竹井警部までいるじゃないですか」
「おい、羽賀。どうしてお前ここに?」
「いやぁ、新城さんはボクの友人で。ちょっと用事があってここに来たんですけど。何かあったんですか?」
「何かあったかを確かめに来たんだよ。ちょいとタレコミがあってな。悪いがお前はここで待ってろ」
 そう、自分が待っていたのは羽賀さん。とても頭がよくて信頼できる人。コーチングっていう仕事をしていて、今まで何度も羽賀さんにはお世話になった。
 よく行く喫茶店で知り合って、ボクの作品を何度も読んで評価をくれたりもした。この前はボクの作品で探偵役として登場もしてもらった。今回も力になってくれないかと思って、羽賀さんに助けを求めたのだ。
「悪いが入らせてもらうぞ」
 ブルドッグ顔の刑事さん、確か羽賀さんは竹井警部って呼んでたな。そのブルドッグ、もとい、竹井警部が部屋の中に入り、早速お目当てのものを見つけた。
「新城さん、とりあえず署で事情を聞かせてもらえますか。おい、鑑識を呼べ」
 ブルドッグがそう吠えた。場は一転して騒然となってしまった。
「新城さん、一体何が?」
 竹井警部に連れられて部屋から出る自分に、羽賀さんが心配そうに声をかけてくれた。
「実は、家に帰ったら知り合いの……冬美の死体があったんです。どうしてな
のかはわからないんですけど」
「羽賀、悪いがお前とこれ以上おしゃべりさせておくわけにはいかねぇ。続きは署でたっぷりと聞かせてもらうからな」
 ブルドッグが羽賀さんに軽くかみついた。
「わかりました。でも今の新城さんのくちぶりだと、死体とは知り合いだけど殺したのは別人だって感じでしたね」
「さぁな。頭のいい犯人は最初は誰もそう言うんだよ。さ、行くぞ」
 逆らってもいいことはない。ボクは竹井警部に連れられてパトカーへと乗り込むことになった。
 今回の出来事、これは小説ではない。本当に自分の身にふりかかった出来事。冬美は知り合いだけど恋愛関係はない。その冬美が自分の部屋で死体となって寝かされていた。そして自分が第一発見者であり容疑者でもある。
 もう少し冷静に考えよう。自分が行動を起こす前に警察がやってきた。確か羽賀さんに「タレコミがあった」とか言っていたよな。ってことは、そいつが真犯人である可能性が高いんだ
 じゃぁ誰がどんなタレコミをしたんだ?
 警察だってバカじゃない。自分が無実を訴え、さらにそこにアリバイがあればタレコミをした人物を怪しむはず。
 そうだ、アリバイ。死体の腐乱状態から見て、冬美が殺されてからはそんなに経っていない。つまり殺されたのは今日だ。
 自分は今日一日、どんな行動をしたのかを思い出してみた。
 自分の仕事は電子デバイスの営業マン。この地域は中小の電機・電子製品の工場が多い。そこに電子デバイスを納品したり、開発の人と打合せをしたりするのが仕事。
 だが今日は本当にめずらしく、外の仕事があまりなかった。つまり時間をもてあますことが多かった。
 マジメな営業マンなら、空いた時間でお得意先でもまわるところなのだろうが。残念ながら自分は不真面目なサラリーマン。
 今日は天気もよかったので、人のあまり来ないスポットで昼寝をしながら次回の推理小説のプロットを考えていた。これじゃアリバイが無いも同然じゃないか。
 事態はどんどん自分に不利な方向に動いていく。ホントに困った。
 小説の主人公だったら、こんなときにどうやってこのピンチを切り抜けるのだろう? これで自分もピンチを切り抜けることができたら。これは小説のネタになるな。
 窓には夜の街が流れている。それと同じように、自分もこのまま事件に流されていくのかな。それとも流れに逆らって、本当の犯人を見つけることができるのかな。
 まだ見えないこの先に、本当なら不安を感じるところなのだろうが。パトカーに揺られながらそんなことを考える自分におかしくなった。ホント、自分って変なやつだよな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?