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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第四章 本当の心 その1

「そうですか。ありがとうございます。この度はいろいろとご協力を頂き感謝します」
 私は羽賀コーチからの電話で一安心をした。そうか、坂口さんも同じ思いだったんだな。
 机の上にあるタバコに手を伸ばす。そして火をつけようと思ったがやめた。そうだった、そろそろ禁煙をしようかと思ったんだった。
 思えば彼らと知り合ってから、私の気持ちは大きく変化した。私が務めている会社、リンケージ・セキュリティの子会社であり技術部門を任せているリンケージテクノロジー。そこの社員である坂口さんは私と組んで日本固有のさまざまな技術情報を守り続けてきた。
 今まではこれが日本の国を守ることだと固く信じていた。だが、これが一個人の意思によって動かされていた事実を知ってから、私の気持ちは大きく揺らいだ。
 リンケージ・セキュリティの社長の佐伯孝蔵。彼は日本の情報を守るという大義名分のもと、多くの政治家に圧力をかけてきた。中には自分たちに有利になるような法案まで通している。
 さらに、自分の活動にジャマとなる存在がいれば、裏から手を回して抹殺しようとまでしている。しかしそれが事実である証拠がない。
 今回、私のパートナーであった坂口さんもその被害にあった一人だ。彼は部下の兵庫という男に背中を刺されて入院中だ。
 こういった事実はいつまで闇の中に葬られることになるのだろうか。私はそこに対して憤りを感じている。しかし、一個人の力ではどうしようもないことがある。
 そんなとき、羽賀コーチと出会った。いや、正確に言えば彼が私の前に現れたと言っても過言ではない。
「大磯さん、ですね。リンケージ・セキュリティの」
 会社を出たときにそう声をかけられたのは、石塚さんが亡くなってから二週間ほどした時だった。石塚さんとは坂口さんたちと五人でメンバーを組み、日本の軍事衛星に関する情報をハッキングしてロシアとの交渉に有利になるようにもっていこうと試みた。だがその過程で石塚さんは何者かに殺害された。
 これは坂口さんの部下の兵庫が行ったことだとあとからわかったのだが。
 私は初めて合う羽賀コーチに、なぜか妙な親近感を覚えた。最初は警戒をしたのだが、羽賀コーチが私に会いに来た目的を知って、逆にお願いをしたのだ。
「ボクは今、ある人から頼まれて今回の一連の真相を究明しようとしています。今回大磯さんの所に訪れたのも、あることを直接聞きたかったからです」
「あること、とは?」
「はい。大磯さんは何のために坂口さんや石塚さんと組んでみようと思ったのですか?」
「何のために……か。それはもちろん、この日本を守るためだ。今のままでは日本として大事な情報は海外に漏れてしまい、日本としての地位を脅かされることになる」
「だったら、リンケージ・セキュリティの仕事がまさにそれにあたるのではないでしょうか? わざわざ危険なことをしてまで、こんなことに手を染める必要があったのでしょうか?」
「そこなんだよ」
 私は思わず力が入った。
「リンケージ・セキュリティの仕事、これは一見すると日本のためにも見えるが、実のところは日本を裏で動かそうとしている佐伯孝蔵のために他ならない。そこに疑問を感じつつも、今の仕事を続けなければいけないところに矛盾を感じていたのだ」
「だから坂口さんたちと行動を起こそうとした。そうですね」
「えぇ。けれど、まさか犠牲者を出すことになるとは……私はこれからどうしていけばいいのか……」
 言いながら、今の自分の立場をあらためて認識することになった。本当にどうすればいいのか、全く先が見えない状況であった。
 だが、次の羽賀コーチの言葉が私に光を与えてくれた。
「しかし、大磯さんたちが動いてくれなかったら、日本は非常に危険なことになっていたかもしれませんよ」
「えっ!?」
 私はその言葉にドキリとした。と同時に、間違っていなかったのかという安心感にも包まれた。
 羽賀コーチの言葉は続く。
「今回、最終的に政府に情報を渡したのは私たちです。けれど、その情報を入手したのは大磯さん、あなた達だ。それがなければ、今回のロシアとの交渉は不利になっていたかもしれません」
「じゃぁ、私たちが行ったことは間違いじゃない、と?」
「少なくとも私はそう思っています。ただし誤算だったのは、おそらく仲間の中に裏切り者がいることです」
 ここで一つ疑問が浮かんだ。
「私がその裏切り者じゃないという証拠はあるのですか? 私にこれだけのことを話して、私が裏切り者だったらどうするんですか?」
 その答えに、羽賀コーチはにこりと微笑んでこう答えた。
「私は大磯さんを信じていますから」
「信じているって、その根拠は?」
「うぅん、直感、かな」
 直感って、この人は何を言い出すのか。けれど、逆に私自身が羽賀コーチの言葉を信じられるようになった。そして一つのアイデアがひらめいた。
「羽賀さんはコーチングをやられているのですよね。だったら私をコーチングしてもらえないでしょうか? 先ほどお伝えしたとおり、私はこれからどうすればいいのか、これに迷っています。ですから、ぜひそこを導いてもらえないでしょうか」
 こうして私と羽賀コーチのコーチングがスタートした。自分でも驚きの出来事だったのは間違いない。だが、これが間違いでないことをしっかりと認識できてきた。
 その後、坂口さんが何者かに刺されたという連絡があった。このニュースにはさすがに驚いた。
「羽賀コーチ、誰が坂口さんを?」
 私は真っ先に羽賀コーチにそう切りだしてしまった。もちろん、羽賀コーチがその犯人を知るわけがない。だが羽賀コーチはこんな答えを出してくれた。
「それについては現在調査中です。しかし犯人の目星はつきはじめています」
 その段階ではそれ以上のことは話してくれなかった。
 その間にも、羽賀コーチとのコーチングで自分のやりたいことがより明確に見えてきた。そして最後にはこんな言葉を発していた。
「羽賀コーチ、私はわかりました。自分の社会的な役割が。基本的には今までのままでいいんです。ただし、大きな目的が違います」
「どのように違うんですか?」
「はい。今までは会社の仕事として、情報漏洩を守ったりという仕事をしていました。けれど今度からは日本のため、そして自分の為にこの仕事を続けていきます」
「なるほど、日本のため、そして自分のためにですね。具体的にはどのように進めていこうと考えているのですか?」
「そこなんですよ。今のままの活動を水面下で続けていても、なかなか思うようには動けません。しかし、今の会社を抜けてしまうと、怪しまれてしまう危険性がある……」
 ここで羽賀さんは少し思い悩んで、そして私にこんなことを伝えた。
「まだ情報として流すのは早いかもしれませんが。ほぼ確定していることなので大丈夫でしょう」
「はぁ、なんでしょうか?」
「裏切り者の正体がわかりました」
「えっ、そ、それは誰なんですか?」
「坂口さんの部下であり、リンケージテクノロジーの開発主任である兵庫さんです。彼は実はリンケージ・テクノロジーの社長の佐伯孝蔵の縁故採用であの会社に入社した人物です」
「ということは、我々の情報はリンケージ・セキュリティ側に筒抜けだった、ということなのですか?」
「えぇ。ただし、石塚さんが入手した情報の在処だけはわからなかったですけどね」
「そうだったのか……じゃぁ、私がこの行動をしていたこともリンケージ・セキュリティ側にはもうわかっているということ……」
「はい、そうなります」
 このとき、私は決断した。
「わかりました、私は会社を離れてこの活動を行います。新しい会社を興そう。表向きは企業のセキュリティを管理する会社にして、裏では今の活動を続ける。でもそうなるとやはり……」
「やはり?」
「坂口さんの力が必要です。今までは彼とコンビを組んでいたからこそ出来ていたことが多かったですから。でも、坂口さんは今回刺されたことで、もうこの活動からは抜けるんじゃないかな……」
 私は自分の言葉に酔いながらも、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

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