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コーチ物語 クライアントファイル14「名探偵、登場」その2

「で、それがおまえさんと被害者との関係って事なんだな。でもどうして被害者の冬美はおまえさんの部屋にいたんだ?」
 警察での取り調べ。予想通りの展開。こちらがいくら真実を述べても、警察は自分のことを犯人としか見ていない。まぁ自分が刑事だったら当然そう思うだろうな。肉体関係もあり、部屋に何度も来ている女性が、その部屋で死んでいるんだから。自分が第一容疑者になるのはあたりまえか。
「どうして部屋にいたかって言われても、そこはわかりませんよ。自分も昼間は仕事をしている身ですから。いくら関係を持った女性だからといっても、勝手に部屋にあがらせるなんて事はしないつもりです。部屋には通帳や印鑑だって置いているんですから」
 淡々と自分の考えを述べる。しかし警察はその態度がお気に召さないらしい。
「おい、いい加減本当のことを言っちまえよ。被害者の冬美がお前の彼女なら鍵くらい渡して部屋を片づけるなんてこと、当たり前にやってたんだろう?」
 当たり前。何をもってそういうのだろう。そもそも冬美とは恋愛感情はないのだから、彼女には成り得ない。冬美もお金だけの関係で自分と関係を持っているのだから。そこははっきりしている。
 その後も自分の考えを淡々と述べるだけ。わからないことはわからないと答えるし、ウソを言うつもりもない。当然隠し事もない。
「ったく、こんな容疑者も初めてだよ。仕方ないな、竹井警部にお願いするか」
 竹井警部、確か自分を連行したあのブルドッグ顔の刑事さんだな。羽賀さんとは知り合いだったようだけど。
 しばらく取調室で待っていると、あのブルドッグがやってきた。ホント、すごい顔してるよなぁ。今度小説で登場させてみよう。こういう顔の人って、実は裏側ではすごく心がやさしくて、捨てられた子犬なんてのを見つけて飼っていたりする。うん、そんな見た目とギャップのある刑事なんてのもいいよな。
 そんなことをふと考えてしまう自分。寝ても覚めても推理小説にはまってしまってるなぁ。そんな自分がまたおもしろい。
「新城、お前羽賀と知り合いか?」
 ブルドッグ、失礼、竹井警部の第一声がこれだった。
「あ、はい。羽賀さんとはよく行く喫茶店で知り合いまして。何度か自分の小説を読んでもらって評価をもらっているんです。それにスランプに陥ったときにアドバイスをもらったりして。結構お世話になっています」
「なるほど、羽賀らしいや。その喫茶店ってのはどこなんだ?」
 それからしばらくは喫茶店や羽賀さんの話になった。端から見ると単なる世間話にしか見えないだろうな。事件のことについて聞かれるわけでもないし。この刑事さん、見た目よりなかなか話せる人じゃないか。
「なるほどね。じゃぁオレも今度羽賀にそのカフェ・シェリーってところに連れて行ってもらうかな。ところでよ、冬美とはどのくらいやったんだ?」
 やったって、露骨な表現だなぁ。でもそんなに回数はやってない。なにしろ自分は安月給で働くサラリーマン。独身だし趣味でお金を使うことはそんなに無いとはいえ、決して裕福なわけでもないし。毎回冬美にはそれなりの金を渡しているから。それも必ず冬美の勤めているスナックで飲んだ後だから。多くても月に二回くらい。たぶんトータルでも十回くらいじゃないかな。そのことを正直に竹井警部に話した。
「なるほど。お前さんの話が真実なら、あの時間にあの場所に冬美がいるってことは不自然だってことになるな。ところでお前さん、帰宅はいつもあの時間なのか?」
「あ、そのことですけど。さっきも話したんですけどね。営業マンをやっているので帰宅時間って不規則なんですよ。まぁたまに気晴らしに飲みに行ったりすることもあるし。いつもその日のその時間にならないとわからなんですよ」
「なるほど。しかしそいつはおかしいな……」
 後半はぼそぼそっと独り言でしゃべる竹井警部。しかしその言葉を自分は逃さなかった。確かに「そいつはおかしいな」と言ったな。ここであることを思い出した。
「そういえば確かタレコミがあった、とか言ってなかったですか? それって誰から、どんなタレコミだったんですか?」
「そいつは言うわけにはいかねぇな。でもこっちからも一つ質問させてくれ」
 質問って、さっきからそれしかしていないような気がするけど。まぁ文句を言っても仕方ないのでどうぞと促してみた。
「お前さん、誰かに恨まれたりしてねぇか?」
 恨まれる。自分がプレイボーイで男のいる女を寝取ったのであれば恨まれることもあるだろうが。残念ながらそんな人間ではない。仕事関係でも、どちらかといえばダメな営業マンの部類に入るから。誰かに嫉妬されるなんてこともない。まぁ強いて言えば、そのダメ営業マンを使う課長には恨まれているだろうが。このことも正直に竹井警部に話をした。
「わかった。とりあえず今日のところはこのくらいにしとくか。今のところは第一発見者であり、被害者が死んだ部屋の住人だったってことで事情を聴いたに過ぎないからな。今日のところは帰っていいぞ。あ、ダメか」
「ダメって、どうしてですか?」
「いやな、まだ鑑識の調査が終わってねぇんだよ。それにお前さんも死体が転がっていた部屋で平気で寝るなんてことはできねぇだろ」
「う〜ん、それは困ったなぁ。明日も会社があるんですよね」
「そうだ、お前さん羽賀と知り合いだったろ。羽賀んとこに世話になれよ。オレからも話つけておくからよ」
 あ、それナイスアイデア。とりあえず一度家に帰り、明日の準備をして羽賀コーチのところへ送ってもらうことになった。なぜだか竹井警部直々に運転手になってくれた。この人、結構いい人だな。
「んじゃ羽賀、よろしく頼むな」
「えぇ、大丈夫ですよ。新城さん、あまり快適ではないですがどうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
 竹井警部と別れ、羽賀さんの事務所兼自宅部屋に通される。実はここには始めて足を踏み入れる。いつもは喫茶店でしか会ってないからなぁ。
「新城さんはボクのベッドで寝て下さい。ボクはこっちのソファで寝ますから」
「いえいえ、そんな。自分がソファで寝ますよ」
「お客さんにそんなことはさせられないよ。それに新城さんは明日もお仕事でしょ。ボクは幸い明日はオフ日なんですよ。まぁこの仕事のオフ日って、単に仕事が入っていないだけのことなんですけどね」
 羽賀さんは笑いながらお茶を出してくれた。
「でも災難でしたね。まさか家に帰ったら死体が転がっていたなんて。しかもその人は新城さんと顔見知り。もうびっくりですね」
「えぇ。さすがに自分も驚きましたよ。でもいくつか発見があったんです」
 そこで羽賀さんに、あのときに気づいたことをいろいろと話し始めた。ひも状の圧迫痕が首にあったこと。服装が普段着っぽいものであったこと。化粧も控えめであったこと。争ったり乱暴された形跡がなかったこと。羽賀さんは自分が話したことをホワイトボードに書き記していく。
「なるほど、これらが新城さんが気づいた事実なのですね。あ、もう一つ。靴はありましたか?」
 靴? 言われて初めて気づいた。そういえば玄関に冬美の靴はなかったはず。あれば部屋に入る前におやっと思うだろう。
「それはなかったですね。今始めて気づきました。ってことはどこからか運ばれてきたということですかね?」
「まだ解釈に入るのは早いよ。もう少し事実を拾い出してみよう」
 羽賀さんは大きく赤で「事実」とホワイトボードに書き記した。
「では現場の状況としての事実はこのくらいにして、冬美さんとの関係についての事実をはっきりさせてもらってもいいですか?」
「はい。警察でもそれは話したのですが、もう一度自分でも整理したいと思いますので。最初の出会いは……」
 それから冬美との出会いに始まり、お金で関係を持ちだしたこと、過去に十回くらいの関係があったこと。そのときの場所や時間についてのことなどを淡々と語った。羽賀さんはそれをどんどんホワイトボードに書き出していく。
 これが警察とは違うところだな。警察では質問されたことにしか答えない。というかそれ以上の回答を思いつかない。ところが羽賀さんは自分が言ったことをホワイトボードに書いてくれる。それを見ることで関連したことが次々と思い出されていく。
 おかげで短時間なのに警察よりも詳しい情報を伝えることができた。
「なるほどねぇ。冬美さんとの関係にはこういった事実があったわけですね。あ、この記録をデジカメに撮っておいてもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
 羽賀さんがデジカメを探している間、もう一度書かれてあるものを眺めてみた。ここに自分が犯人となるような動機は隠されていないだろうか。もし本当に自分が犯人だったら、どこで冬美を殺害するに至る事実は無いだろうか。
 もし自分が犯人だったら、これにもう一つ何か隠された事実がなければ殺意には至らないだろう。では殺意に至る動機とは?
 それを考えようとしたとき、羽賀さんがこんな言葉をもらした。
「第三者はどこに関与するんだろう?」
 第三者、そうか、確かタレコミがあったんだった。つまり冬美に関わる第三者がどこかにいるはずだ。そして当然ながら真犯人もどこかにいるはず。今のところタレコミをした人物と真犯人が同一である可能性は高い。が、別々の可能性もありえる。
「新城さん、今夜はもう少しおつきあいしていただけますか?」
「えぇ、もちろんです。自分の無実をどこで証明できるのか。そして冬美を殺害した人物はどこに関与しているのか。それを解かなければ眠ることなんかできませんよ」
 よぉし、ここからは自分の読んできた推理小説の知識をふんだんに使って、真実をつきとめてやるぞ!

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