世界トップ選手のペース走は平地でもMペース(これでもTペース走にこだわりますか?ダニエルズに騙されるな!)

前稿で世界トップ選手のペース走はMペースであることを指摘したところ紹介した選手たちは高地2000mでのトレーニングであり実質Tペースではとの批判を多くいただきました。
「日本国内と比較する場合、夏場であれば気温・湿度の負荷があるのでMペース基準で今後は考えてはどうか?」が前回の提言でした。

本稿では
・ジャック・ダニエルズはMペース走はEペースと変わらない(意味がない)と言っているがそんなはずはない。Mペースで効果あり。ダニエルズは式を使え!
・世界トップのペース走は平地でもMペース。よって我々もペース走の基準をMペースとすべき
・世界のトップ選手はのペース走IV、ミックスIVでTペースを活用している。
ということを主張したいと思います。

1 Mペースでも効果が得られる理屈

ペース走の理屈は「ある一定のスピードを超えると乳酸が溜まりだすLT1(ダニエルのEペース上限付近)、LT2(ダニエルのTペース)付近で練習することで、身体が慣れて、心肺や筋肉もも鍛えれ、走技術も向上し、よりそのスピードを速くしていこう」という練習です。

よってLT1を意識した遅めのペース走であっても、一定の改善は期待されます。LT1を意識したペース走を行う指導者は国内ではtwolapsの横田真人コーチ、シスメックスの森川賢一監督になりますが、遅めのペース走をペース走の中心に置く指導者は国内外少数派と思われます。

twolapsで練習している飯島陸斗選手(1500m3:41.54,VDOT77,E3:28~56,M3:08,I3:00)が最近練習ログを公開してくれましたがペース走と位置付ける練習は、8キロ3:20、10キロ3:30~40とLT1前後の遅めのペース走でした。あと10000×8’3:00でMペース、変化走<400⇔400>×10が70.5(キロ2:57)でTペースといったメリハリをつけています。

国内ではLT2≒Tペースを意識し、Tペースで行うペース走が一般的です。
理由はジャック・ダニエルズが「Mペースで走ることはEペースで走ることと同じ≒Mペース走はLT(この場合LT2と思われる)改善に意味がない」と著書で書いておりこの考え方があまねく国内に普及したからです。

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皆さんの練習ログを見ていくと概ね20分閾値走、8~12kmTペース走をされている方が大多数と思います。両角速監督、櫛部静二監督の本でも概ねTペースでこのような練習を行うことが例示されています。

Tペースはダニエルズによれば「1時間レースで維持可能なペース(トップ選手のハーフレースペース)」ですので8~10キロ走れて当たり前という理屈です。

ところが5000m用の練習として一般的に行われるTペース8キロペース走がきちんとこなせる人間とそうでない人間に分かれるというのはこれまでも指摘したところです。これは数学が得意か不得意かと同じで個々人の個性の問題ですのでTペース8キロ走ができなくても何も問題はありません

そもそもなぜできないかと突き詰めると多くの方がダニエルズが示すTペースと同じタイムでTペース走を行おうとしていると思います。しかしこれはレース時でのTペースですので今日の体調では例えばT4分はIペースであることもあり得るわけです。Iペースで8キロも走ろうと思えば3.4キロで限界がきてオールアウトになるのは当たり前です。

仮にTペース走を常にこなしきれたとしてもその日の体調ではかなりムリ目であるためムダな力を入れて走っている可能性がありますこれではフォームを乱しますし場合によっては故障につながりかねません

要はTペース走が苦手な人を含めきちんとこなせて故障も減らせるトレーニングがあればそちらをやればよいだけの話ということです。
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海外のトップ選手のペース走はMペースが基準になります。前稿で紹介した海外選手のペース走は高地であるとの批判を多々受けました。で色々探したところ平地でトレーニングするトップ選手のペース走もMペースである選手を多く見つけることができました
Tペースはインターバルで用いることが多いようです。8~12キロペース走をTペースを基準に行う日本のトレーニングに比べてかなり負荷が低いことがわかると思います。

Tペースより遅いMペースでペース走などを行うメリットは何か?

・ゆとりあるペースで走ることで一歩一歩の動きをきちんと確認しムダな力を入れずにトレーニングすることが可能

(⇔Tペース走のデメリット「ゆとりが少ないペースで走ることで動きが雑になりムダな力が入るリスクがあること」)

であることを指摘できます。twolapsの横田真人コーチが講演会おっしゃっていた

・陸上というものは、短距離もそうだがスピードを出そうとしてもスピードは出ない。より力を使わないで走ること言うことがどの種目でも共通に大事だが、我々はスピード練習をバンバンやるというよりは逆に長い距離を走る上で、そんなにスピードを使わなくてもでる。彼女のレースペースの場合、1k3分程度だが、彼女でも全力疾走というスピードではない。全力疾走しなくても、これくらいのペースなら余裕を持って走れるということをきちんと覚え込ませる練習

がMペース走でこそ可能となると訴えたいです。

2 アーチー・デイビス(英国800m1:44.72),ロビー・フィッジボン(英国1500m3:36.97)のMペース走IV3.2k×2+1.6k+0.8k×2(英国Brighton平地)

21年欧州室内1500mに出場し、800m1分44秒台を持つイギリス期待の若手アーチー・デイビスのトレーニングです。1500m3:36.97のRobbie FITZGIBBONも一緒に走っています。

Archie Davis(英国,VDOT79,E3'23~3'51,M3'03,T2'56,CR2:48,I2:42,R58)
800m 1:44.72 , Stockholm (SWE) 2021
1500m 3:37.92, Padova (ITA) 2021
1Mile 3:54.27 , Gateshead (GBR)  2021

Robbie FITZGIBBON(英国,VDOT79,E3'23~3'51,M3'03,T2'56,CR2:48,I2:42,R58)
800m 1:49.18 Watford (GBR)  2018
1500 Metres 3:36.97 Nijmegen (NED)  2017 

デイビスは5000m以上で記録を出していないのでVDODの評価が難しいところですがVDOD79で分析していきます。

(メニュー)3.2k×2R1分+1.6kR1分+0.8km×2R30秒
(結果)
3.2k(1.6k×2)①5:06'3:10/km,5:08'3:11/km,②5:01'3:07/km,5:02/3:08/km
1.6k 4:51'3:01/km
800m①2:21'2:56/km,②2:20'2:55/km

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VDOD79のMペースは3:03ですので、2マイル’3.2キロ×2本はかなり余裕残しだとわかります。次の1マイルがほぼMペース、最後の800m2本はTペース。この程度のペース走IVで1分44秒台で走ってるんですね?!
私の10kMペース走をラスト2k上げる感じくらいの設定です。
走っている様子を見ると2マイルも1マイルも本当にゆとりあるフォームで走っていることがわかります。

AWの記事によればケガで思うに任せなかった20年シーズン後コーチと話し合いを持ち、マラソンまでの有名なコーチングの成功を収めた陸上競技のレジェンド、ジェフ・ワトキンに目を向け、彼は持久力セッションと閾値トレーニングに関する知識を共有し始めましたのだそうです。ジェフのセッションを見て、自分がやる必要があったのは、ボリュームが大きく、アクティブな回復が速く、以前よりもわずかに遅いペースのトレーニングと考え取り入れたそうです。なるほどペースが遅く、レストも短いはずです。

3 トム・ランドルフ(英国800m1:44.98,21欧州U23銅)のMペースIVおよびミックスIV(英国テディントン/平地)

続いてこちらも中距離王国イギリス期待の若手トム・ランドルフのトレーニングを見ていきます。ランドルフはSTRAVAでトレーニングログを公開しています。最近は自転車60~80分を取り入れることでロングジョグと代替をはかっているようです。

ランドルフの1分44秒98とマシューズの3分35秒57へのトレーニングはきちんとまとめて紹介したいと思います。

Tomas Randolph(英国,VDOT79,E3'23~3'51,M3'03,T2'56,CR2:48,I2:42,R58)
400m 50.67 Loughborough (GBR) 2017 
800m 1:44.98  Lahti (FIN)2021
1500m 3:55.89 Brighton (GBR) 2018 

ランドルフはここ数年1500mの記録を残していないのでデービスと同様VDOT79として分析していきます。

1)ランドルフのMペース走IV1.6km×2+150m×4+200m×3+300m×2

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ランドルフのテンポ走はだいたい3分6~8秒程度であることが多いですが動画を見てもその後のショートを含め相当余裕を持った動きの練習だとわかります。正に「全力疾走しなくても、これくらいのペースなら余裕を持って走れるということをきちんと覚え込ませる練習」であることがわかります。これぞ世界の中距離トレーニングの神髄でしょう。
走り込み期ということですがショートは800mレースペース以上、レストを3分前後とって1本1本しっかり走っています。

2)ランドルフのMペース走IV1.6k×3+150m×8

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こちらの1.6kは3本。ラストでも3分1秒とMペースです。150mはSTRIDESだから流し的に150mを8分、2分休みをとてやっています。

4 ルーク・マシューズ(豪州1500m3分35秒)のMペース走(豪州メルボルン/平地)

次はオーストラリアのルーク・マシューズを見ていきましょう。800mと1500mのPBは日本記録より少し速いくらいの選手です。2018年の英連邦大会800mで銅メダルに輝いています。

Luke Mathews(VDOD80(,E3:21-49,M3:01, T2:54,,CR2:45,I2:41,R58)
800 m: 1:45.16 min (2016)1500 m: 3:35.57 min (2017)

マシューズはシーズン前に高地合宿を行っているようですが大半の練習は地元の平地で行っています。以下見ていきます。

1)マシューズの9.4キロMペース走(3:14~16/km)平地

ルーク・マシューズのホームコースともいえるメルボルンのコールフィールドイースト競馬場で行うペース走です。1周2.4km程度を3~4周、体調などで2周程度だったりケースバイケースですが3分8~16秒で走っています。twolapsよりは速い感じですがMペースに対し90~95%とかなりゆとりめです。

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2)マシューズのミックスインターバル(ペース走IV2kM+1KT+2KM+1KT+400×3)平地

こちらはマシューズのミックスインターバルですが、2キロはほぼMペース、1キロはTペースを1分レストでつないだあと、400m3本のインターバルを1500mのレースペースで走っています。

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5 ジェイク・スミス(英国,ハーフ60分31秒)のMペース走(英国カーディフ/平地)

イギリス期待の若手ジェイク・スミスのトレーニングを見ていきましょう。ハーフ60分31秒の選手です。Tペース2分53秒、Mペースは3分1秒となります。

JAKE SMITH(英国,VDOT80.5,E3:20~48,M3:01,I2:53)
5000m13:38.01 Gateshead (GBR), 2021
ハーフ1:00:31 Gdynia (POL),2020

ジェイクはトレーニングを地元ウェールズの平地エディンバラで行っていることが多いです。以下見ていきます。

1)ジェイク・スミスの11.2キロ(7マイル)Mペースビルドアップ走

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ジェイク・スミスの11.2キロ(7マイル)ビルドアップペース走です。

入の3分31秒から7キロは3分5秒とかなりゆとりあるペースを少しずつ上げていき8キロ目でMペース2分59秒、ラスト1キロはTペース2分49秒に上げています。11.2キロ(7マイル)ペース走の後は一旦3分半にペースダウンしてから20秒20秒のファルトレクを3キロ行っています。

多くの皆さんがペース走はTペースにこだわってい動きが硬くなったり後半垂れてしまったりという練習になっている方が少なくないと思いますが、一度ジェイクのように5~6キロはMペース残り3~4キロはTペースまで上げるビルドアップに変えられてはいかがでしょうか?上げられなければ今日の自分のTペースはMペースだったというだけの話です。より安全に有効なトレーニングを積むことが可能になります。

2)ジェイク・スミスのMペース変化走(6.4k×3)

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Mペース以下3分1~5秒で6.4キロ、間の1マイル’1.6キロを3分15秒に落とす変化走です。最後の6.4kmは2分52~56秒とTペース近くまで上げています。このトレーニングはかなり負荷が高いトレーニングですが順調に練習を積めた仕上げの時期に行うトレーニングだと思います。


6 ニック・ウィリスのMペース走(アテネ五輪に向けてのトレーニング)(米国アナーバー/平地)

最後に1500m北京五輪銀、リオ五輪銅のニック・ウィリスがアテネ五輪に向けてのトレーニングでの事例を見ていきましょう。このシーズン、ウィリスは3分32秒で走っています。

こちらのページでニック・ウィリスと同僚のNate Brannen(06英連邦大会1500m銀)のアテネ五輪に向けて4月12日から7月18日まで約3か月間のトレーニングが公開されています。
2004年(ミシガン大学)当時、ウィリスは週42~80マイル(67~128km、月間300~500キロ程度)走っていたようです。日曜日は15~25キロロング走を走るなど走り込みをベースに中距離トレーニングをしています。

6月からほぼ毎週のように1500mなどに出場し7/2のローマで3分32秒68の記録を残しています。
●6/5 アディダスオレゴンクラシック1500m 3:36.24 3位
●6/18プレフォンティンクラシック 1マイル 3:53.51 2位
●6/28 1500m 3:38.71 6位
●7/2 ローマ 1500m 3:32.68 9位

2003年時点のPBは 3:36.41ですので
NICK WILLIS(NZ,1500m3:36.41,VDOD79VDOT79,E3'23~3'51,M3'03,T2'56,CR2:48,I2:42,R58)
として見ていきましょう。

1)ニック・ウィリスの6.4キロMペース走(5:00’3:06/km)4/24

4/24に6.4キロのペース走をしていますが3分6秒とMペース(+3秒)です。ダニエルの20分閾値走を意識したトレーニングといえるでしょう。

2)ニック・ウィリスの8キロMペース走(5:30’3:25/km)5/15

5/15には8キロのペース走をしていますがこの日に至っては3分25秒、もはやEペース上限≒LT1です。もはや
・このペース走で1500m3分32秒で走れるのかよ?
という心の叫び
を消すことができません。

他にも Ron WarhurstコーチによるドMメニュー「The Michigan(1600mCR+2kM+1200mCR+2kM+800m5k+2kM+400m全力)」を定期的に行うなど色々なトレーニングを行っての結果ですがこの一月半後ウィリスは3分32秒台を出して世界のトップ中距離ランナーの仲間入りを果たします。

ちなみにミシガンの2キロペース走でウィリスは大体3分5秒(M+7秒)でつないでいることをインタビューで答えています。同僚のメイソン・ファーリックは3分0秒~2秒くらいなのでウィリスはもともとゆとりあるペースで走る選手なのかもしれません

おわりに~これでもTペース走にこだわりますか?~

国内では今日もきっとTペースで8~12キロを走る高校生、大学生、市民ランナーがたくさんおられたと思いますが世界トップ選手のトレーニングを見ているといかにケガのリスクが上がるだけの練習に勤しんでいることが改めて思い知ることができます。

800m1分44秒台の若手選手、1500mで3分32秒で走った大学生のメニューなどを見てきましたが世界トップ選手のペース走は平地でもMペースです。これは体調によってMペースでも十分LT2に刺激を与えることが可能であること、負荷が強くなりすぎることからMペースで行っているものと思われます。

・さあみなさん、これでもペース走はTペースにこだわりますか?

さて私は是々非々あった前稿

にて横田真人コーチの選手たちのペース走が遅いことを指摘しました。

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こうなりますが遅い場合はEペース上限となるわけです。横田氏の米国長期留学は納得性の低いコーチだったため思う成果を得られなかったことを引退時にインタビューで答えられていましたが、ウィリスのペース走を見ていくと横田コーチの選手たちのペース走が遅いのは横田コーチの米国での経験が背景にあるからなのだろうと改めて思います。

サブ3復帰もできないボンクラ市民ランナー(今年3月に10km38分26秒で走っていることを前提に以下読んでください)の練習ログなど誰も興味ないでしょうが昨年福井陸協の9.98教室で森川賢一監督と今年2月横田真人コーチの講演を聞いて以来、私は所謂Tペース走というものをほとんどやらなくなりました。Mペースですらペース走をすることが少なくなりました。というより4分20~35秒の8~12キロ走は体調によって十分Mペース走と考えています。

エリウド・キプチョゲのメニューをマネして、1k×12,(2k+1k)×5のMペースIVなどもやりましたが15年前にサブスリーをしていた際、あるいは去年まで当たり前にやってきたTペース走をほとんどやらなくなった最大のメリットはペース走をしていて「リラックスして走ることができる」「フォームが乱れない」ことと感じています。あと疲労蓄積も明らかに少なくなりました。

一方で4分25秒(M+10秒)での8~12キロペース走であっても息は上がりませんがTペース走をやった時と同じような心肺の負担はかかっているように思います。有酸素運動の限界できちんと運動できている感触があります。

みなさんに全てのTペース走をやめろとまではいいません。2回に1回のTペース走をMペース走、LT1走(Eペース上限)あるいはTペースIVに変えることを試されてはいかがでしょうか?疲労の蓄積は間違いなく少なくなります。そのことでジョグや他のポイント練習の質を上げることができるであろうことは経験上請け負えます。

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