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【エッセイ】犬が繋げる縁

 思い返せば、いつも隣には犬がいる人生だった。

 実家の駐車場に生後間もない犬が迷い込み、保護したことが始まりだ。八歳から二十五歳までの間、犬と生活することが当たり前だと思い込んでいた。
 
 愛犬は、私が落ち込んでいると、心配して側にいてくれる心優しい子だった。一七歳と犬としては長い期間を生きてくれた。


 没後も愛犬が周囲との縁を繋いでくれていたと思っている。


 私はコミュニケーションが酷く苦手な人間だ。職場などで雑談が必要な場面でも沈黙を貫くことに徹していた。けれども、周りで犬の話題が上がれば「わたしもかつて犬と暮らしていました」と、口を閉ざしていたにも関わらず、堰を切ったように愛犬の話を披露し、雑談に参加することが出来た。
 かつて暮らした犬をきっかけに多く愛犬家の方々との繋がりが生まれた。


 その繋がりの中で、特にチワワという犬種に縁を感じるようになる。仲良くなった方々がの多くがチワワを飼っている、過去に飼っていた。

 離れて住んでいる実の姉も、良くして頂いた会社の上司や同僚、親しい仲になった女性もそうだ。みんな一様にロングコートのチワワ飼いだった。今にも泣き出しそうなほど潤んだ瞳、小さいながらも百獣の王のような風貌。そんな印象と、嬉しそうに写真を見せる飼い主の表情は同じ記憶の棚にある。

 確かにチワワに縁はあったはずだが、実際に対面する機会は訪れなかった。しかしながら、昨年ついに好機が巡ってきた。


 三十歳にして長年勤めた会社を退職し、地元に帰省した。それから気力が出ず、無為な日々を過ごしていた。そんな生活から抜け出すため、勢いで約三週間のアジア一人旅へ出た。

 旅も半分を経過した頃、観光地巡りにもほとほと飽きてしまい、現地に住む人の生活を見るためにタイの田舎街を散策することに。
 穏やかな街をあてもなく歩いていると、カフェの前に佇むスムースコートのチワワと目が合った。涙で輝く瞳から目が離すことが出来ず、吸い込まれるように店内へ。


 細長い店内でクロワッサンとアイスコーヒーを注文。席へ着き、次の行動に向けて呼吸を整える。商品が届くまでの間、クロワッサンと同じ色をしたチワワの元へ向かう。後ろから見て気がついたが、犬には珍しい鍵しっぽをしている。

 隣に立ち、ゆっくりとしゃがみこむ。目を細めて耳を折りたたみ、撫でられる準備をしてくれる。小さな体に手が触れる。硬めの毛質が手の平を刺激する。それが癖になり、いつまでも撫で続けていたいと思う。毛の長さは違えど、瞳の美しさは共通していた。

「初めまして。あなたがチワワね。ずっと会いたかった」と、店内で小さく呟く。

 かくして日本ではなく、タイにてチワワとの邂逅を果たす。愛犬から始まった縁が異国の地まで繋がった。

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