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【謹賀新年】ご縁のある皆様へ

 謹んで新年のご祝辞しゅくじを申し上げます。当方は、例年通り祖国で年明けを迎えました。淑気しゅくきに募る大和やまと魂は、大きく和する国を志した先人の想いを継承することではないでしょうか。
 本稿をお読みの皆様とは、noteを介した卓上の航海でご縁をいただいておりますが、この日ばかりは、帰港きこうした心持ちで筆を執っております。

 歴史に名を刻んだ文豪も、元日に合わせた作品を新聞などの媒体に寄稿きこうしました。皮肉たっぷりで面白いのが、明治四十三年の夏目漱石です。その書き出しを抜粋して、以下にご紹介します。

 元日を御目出おめでたいものとめたのは、一体何処どこの誰か知らないが、世間がれに雷同らいどうしているうちは新聞社が困るだけである。雑録でも短篇でも小説でも乃至ないしは俳句漢詩和歌でも、いやしくも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないにきまっている。

初出:「朝日新聞」明治四十三年元日

 作中の告白によれば、原稿紙に向かったのは十二月二十三日のようです。言わずもがな、インターネットのない時代ですから、元日の作品をリアルタイムで発信することは叶いませんでした。
 それが可能になった現代も、旧年中に年賀状を書き進めるがごとく、新年を寿ことほぐ作品やメッセージを事前に用意することは珍しくありません。
 本稿も、元日早朝の航海公開に向けて、二日前の三十日に執筆しております。お正月らしく神道の概念を用いれば、予祝よしゅくとも言えます。つまり、前祝いです。

 かつてお正月は、生き延びる意志を確認するための習わしだった、と考えられています。それは、元日を起点におく暦が、人々の生活と深く関係し、古くから生き延びる鍵になっていたからです。
 新暦に変わり、暦の感覚が薄れても尚、年明けの神社はにぎわいます。人々が列をなす初詣はつもうでです。凛とした寒さにへこたれず、良い年になるように祈念きねんするのは、本年も生き抜く意志に他なりません。

 当方を含む日本人の多くは、無宗教という意識で自身を捉えています。特定の信仰を持たない一方で、初詣は神社、葬式は寺、結婚式は教会へ行くなどと、見方によっては節操せっそうがありません。これは、世界的に見ると稀有けうなこと、或いは不気味なことのようですが、日本古来の神と、一神教に代表されるそれは、本質的に異なる存在です。

 日本古来の神は、八百万やおよろずの神と言われる通り、森羅万象に宿ると考えられてきました。台風や地震、津波なども例外ではありません。人々の生活をおびやかし、時に破滅をもたらす存在も神と捉えます。
 恐らく先人は、人知の及ばない強大な力はもとより、すべての物事に知り得ない何かがあると考え、それを神と呼んだのでしょう。つまり、未知みちこそが神ではないか、と思います。
 それを象徴するがごとく、古神道こしんとうには教義がありません。開祖も分かりません。ただ、日本人の感性が結晶化された道と言いましょうか、古神道は宗教というより文化に近いと思います。

 未知に対する憧憬しょうけい畏怖いふの念は、日本人の謙虚な生き方をつちかってきたと思います。情報技術が高度化し、ややもすれば、何事も分かった気になりがちな世相だからこそ、信仰を超えて、未知に神を見出す心持ちは、とても大事なことではないでしょうか。
 結局、人は自身の無力を実感し、折に触れて祈りを捧げるのです。

 先に述べた通り、今日という日に祈る言葉は、新しい年を生き抜く意志の表明でもあります。だからお力添えいただきたい、という自発的な態度です。
 本稿も、そのような意味合いがあり、兄弟航路として、産みの苦しみを感じながらも、引き続き卓上の旅を続けてゆく決意です。

 道なき未知を進む先は、地平線の彼方、或いは深海しんかい、時には雲海うんかいへ飛翔するやもしれません。
 本年は、飛ぶに相応しいたつ年のようです。それに気づいた今、いささか興奮気味に、当方の乗る舟が龍へ変貌する姿を思い描いております。
 まだまだ分からないことだらけの未熟者ですが、ご縁をいただく皆様方、本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
 
                            令和六年元日

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