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日当たりのない窓際で見上げた天井は、僕の脳内を映し出したように白くのっぺりとしている。埋め込まれた空調は、節電のためにまだ稼働していない。外は清々しく晴れているというのに、薄ら寒い空気がだだっ広い室内を覆っている。古今東西の膨大な本と、紙を閉じた青いファイルが整然と並んでいる。ここは僕の左遷先、北側にしか窓がない研究資料室である。 数冊積み上げた本のてっぺんに、朝貰った光沢のある柿を逆さに一つ置いてみた。深緑の平たい蔕が底になり、ほっとする太陽のような暖色であるが、その子
改札を抜け、中央線の下り階段に差しかかった時、ママ!と呼び止められた。ぴったり後ろにいたはずの翼が、売店の前で大きく手招きをしている。歩み寄る前に腕時計をちらりと見た。 「これ買ってぇ」 ねだられたグミキャンディは、毒々しい紫色のパッケージに入り、愛らしいイラストが子供をたぶらかすように添えられている。 「偉い子はね、こんなところで欲しがらないよ!」 「ぼくは偉くなくていいもん」 視線を上げると、レジにいた女性店員と目があった。互いにマスクをしているけれど、どう見ても彼
残暑は天高く遠ざかり、金木犀の香りが散歩道にこぼれている。髪を二つ結びにした幼い娘が、父親の優しい顔つきを見上げた。 「パパが一番好きな人はだぁれ?」 親子の手はぎゅっと握られている。 「それはママだよ」 きょとんとしながらも、娘のつぶらな瞳は僅かに陰った。 「でもね、ママはみゅーちゃんが一番だよ」 娘はこくんと頷いた。 「パパはね、ママが一番だから結婚したの。これは何があっても変わらないんだよ」 「二番はあたし?」 「もちろん。ほとんど一番の二番だよ。ママとみゅーち