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タバコの煙が目に沁みる

よしなしごと【気まぐれ選25】

 自販機でタバコを買う。ひと箱410円、考えてみれば高い。
(注:日本たばこ産業(JT)は2010年、たばこ税の増税に伴い大幅な値上げを実施。代表的な銘柄の「マイルドセブン」は1箱300円から一気に410円になった)

 何やかやと値上がりが続いて、この値段。しかも、この端数の10円というのが何だかなあと思う。
 JTは税金をそのまま転嫁して値段を決める。端数は吸収させていただきます、というような企業努力とか誠意のかけらもないのか。とまあ、心の中でぶつぶつ。とも思うが、今日もタバコを買いに行く。

 この10円というのが、またクセもので。
 小銭がなくて1000円札で買うと、お釣りが590円。100円玉5枚、10円玉9枚、ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ・・と落ちてくる。スロットマシンなら好ましい音だが、自販機だと嬉しくもない。財布の中にコインが14個増える事態はうっとおしい。

 もちろん私にも人並みの学習能力があるので、こういう場合の対処方法は分かっている。
 1000円札を入れた後10円玉を1枚追加投入する。1010円から410円を引けば、お釣りは100円玉6個で済む。
 例えば、スーパーのレジで、89円とかの端数が小銭できっちり支払えた時の快感。暗算でパッと上手にお金が払えるかしこいワタシ♪
というようなことをボンヤリ頭の隅で考えながら、タバコを買った。

 家に帰る道を歩く。気のせいか吹く風もやさしく暖かい。春が来たんだなあ・・。と、何気なくポケットをさわった。

 ん? 妙な感じ。タバコの箱の感触がない。

 え? こっちだったかな、バッグの中を見る。ない。内ポケット?、ない。・・・結局どこにもタバコはなかった。途中で落したようにも思えず、立ち止まって数分前の記憶をよみがえらせてみる。

 1000円札と10円玉を確かに自販機に入れたのだ。「商品を選んでください」と事務的な女性アナウンスがあって、もうちょっと優しく言えないかなあと思った。
「タスポをタッチしてください」とも言われた。留守電みたいな声だとも思った。ジャラジャラとお釣りが落ちる音が聞こえて、100円玉6枚を確かに手に取った。のではあるが・・。

 肝心のタバコを手にした記憶が、ない・・。

 しばし、逡巡。あわてて自販機のところまで早足で取って返す。走れメロスか・・、違うな。
 結果は・・。ない、のである。自販機の商品受け口の奥まで手を突っ込んでみる。しゃがみこんで覗いて見る。しかし、ないものは、ないのである。タバコは煙となる前に、煙のごとく消えた。恥ずかしながら少し涙が出た。
【よしなしごと0390・2013年3月 6日 (水)掲載】

【よしなしごと】シリーズは『tanpoPost』に2004~2013年にかけて掲載したブログ記事です。エッセイ風のショートストーリー、パロディ、ニセ論文、小ネタ、などなど。思いつくままに書き散らした小文をランダムに【選】としてご紹介します。お付き合いいただければ幸いです。

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