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【雑誌『モノノメ』より】 推しが山いっぱいに増えてくれたら死ぬ(東千茅)

◆ 要約(☢ネタバレあり☢)

筆者の東千茅さんは、都市生活に不足を感じ2015年に奈良県宇陀市に移り住み、里山生活を送っている。食べ物を自給することで生を根底から十全に生きることができると考えて、移住先の中山間地帯にある棚田で主食である稲作に取り組んだ。

稲は非常に手がかかる作物である。湿地でなければ満足に生育しないので水を貯めなければならないが、水をコントロールするには相当の技術と労力を要する。苗代作りや田植え、田草取りや刈取りには多大な労力と時間を要する。農業機械を導入すればだいぶ楽にはなる。
しかしほぼ手作業でやりたくてやっている。なぜなら、厳しい労働と引き換えに手に入れるだけの魅力を米に感じているからである。稲作の快感ゆえに、筆者は稲を食い物にしながらそれ以上に稲に食い物にされているのだ。彼らに「ほなみちゃん」と名づけ、せっせと奉仕する日々を送っている。

さらに、筆者の推しメンは他にもたくさん存在する。水田を作ることは他の水生生物の生息場所を作り、畦畔の草を刈ることはある種の植物の生息場所を作る。稲作を繰り返すうちに他の生き物の存在が目に入るようになり、気づけば推しが増えている。

このように里山で生き物を豊かにすることは、ほなみちゃんの生育環境を向上させることでもある。なぜなら田んぼとその周りの畦畔は密接な関係で成り立っているからだ。同様に、里山は田んぼや畠や畦畔や用水路や溜池や山林を包含し、相互のつながりと広がりを持っている。
ところが、筆者が稲作をしている棚田の周りの里山は荒れ果てており、ほかの生き物がほとんどいない。

そこで、この山を200年かけて雑木林に営む「里山2220」を始めた。里山は人間を含む多種による合作である。多くの穴があることによって、多種による共働の余地ができる。里山は多くの生物が蠢く動態そのものである以上、完成されることがない。

この里山にもっと推したちが躍動するまで、筆者は死んでもくたばるわけにはいかない。


◆ 感想


まず、筆者から発せられる自然に溢れる生きものたちや植物たちに対する変態的な愛情に、圧倒されます(笑)。
次に、多様な生態系の連なりによって成り立っている里山から棚田に至る環境の改善を200年計画で試みるという、壮大な野望に感動を覚えました。

ひとりの人間の寿命なんて長くても100年くらいですから、筆者は自分の身の丈や時間感覚を超越したスケールを、自然に対峙することによって獲得していったのでしょう。

SDGsなど地球環境全体の維持や保護に世界的な関心が寄せられている昨今。我々一人ひとりが地球という星の一員であり、この星に生きる者たちすべての歴史や命を繋ぐ一員であると実感すること。そして、それぞれの暮らしの中で行動を利他的に変えていくこと。
この課題について、自らの身体全体で世界に触れあうことで取り組んでいく筆者のスタイルは、読者である我々にとって大きなヒントになると感じました。

たとえば、家と駅の往復で歩いている近所の道から一本寄り道して、道端の草花に目を止めてみたり。休日には2駅くらい先まで、いつも通らない道を通って散歩したり走ったりしてみたり。
そんなちょっとした行動の変容の積み重ねによっていつもとは違った視点を獲得でき、自分が暮らす世界が豊かになったり、世界と直接触れ合う実感を得ることができたりするのではないでしょうか?

などと少し硬いことを書いてしまいましたが、そもそも筆者の東さんは棚田の生きものたちを「推す」ことをアイドルを応援することになぞらえているくらいに肩の力を抜いて取り組んでますので、そのスタンスを我々も見習っていきたいところですね。



このエッセイは雑誌『モノノメ創刊号に寄せられたものです。編集長の宇野常寛さんは雑誌のコンセプトについて、このように語られています。

雑誌の名前は「モノノメ」にしました。
由来は春の季語の「物の芽」で、いろいろな植物の芽の総称です。そし てそこに「ものの目」という意味も込めました。僕たちはいま、人の目 のネットワークの中に閉じ込められているところがあるので、別の目で 世界を観てみたい。そんな思いを込めています。
インターネットの直接販売と、このコンセ プトを理解してくれる施設でのみ販売します。初版は絞って 5000 部く らい。基本的には増刷しない。そしてこの 5000 部をほんとうに届けた い人 5000 人にしっかりと届ける。
ただ売って終わりにしない。そのあ と読者と一緒に考え続ける。 そんな雑誌を新創刊します。うまくいけば、定期刊行にしたいと考えて います(4ヶ月~半年に1回の頻度を考えています)。


『推しが山いっぱいに増えてくれたら死ぬ』 このエッセイで描かれている内容が、この雑誌のスタンスを象徴していると思います。もしご興味がございましたら、こちらの雑誌ごとぜひご一読ください。主に私が喜びます。

里山を開墾する仲間が、またひとり増えた!」と。



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