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春、雷。

 通り雨が過ぎてゆく。
 真っ黒な雨雲が幾棟も並んでいる団地の上を覆っている。

 今日は洗濯ができない。
 瑠璃は小さくため息を吐く。

 雨足は少しずつ強さを増している。子どもに傘を持たせて置けばよかった。後悔の気持ちが浮かぶ。
 気になって、玄関の傘立てを見た。
 子どもが使っている黄色の傘が刺さっていない。
 瑠璃は少し気が楽になって、部屋の中に掃除機をかけ始めた。

 埃を吸い取る音が、一人っきりの部屋に響いて軽く反響する。

 雨の音は窓を閉めているのでそんなには聞こえてこない。掃除機の音だけが静かに響き、床がきれいになってゆく。子どもの部屋は砂混じりの埃で汚れていた。昨日何人かの友達を連れてきていたから。

 掃除が進む。
 散らかっていたオモチャをプラスティックのケースに入れていく。

 掃除、楽しい。
 心地いい空間が広がっていくのが楽しい。

 息が深くなっていく。
 空気が澄んでいくような気がする。

 ふと窓の外を見る。
 雨がざんざん降っている。

 そして、少し遠くの方で、ピカッと稲光が光るのが見えた。

 ドキン!
 鼓動が。

 いくつもの光が黒い雨雲の中から生まれ、瑠璃の胸は強い鼓動を何度も打ち、掃除の手が止まる。

 遠くでよかった。
 そう思う。

 

 去年、買い物に出た時、いきなり強い雨に降られてびしょ濡れになってしまった。おまけに近くに雷が落ち、瑠璃はしばらく外に出るのが億劫になってしまった。風邪も引いた。


 あの時の記憶が不意に浮かんで、消えていく。


 春なのに。
 春だから?


 ドシャン!ドシャン!ドシャン!
 大きな音。

 雷は容赦なく音を立て止まらない。

 ここにいられてよかった。

 ホッとした瑠璃は温かい紅茶を淹れにキッチンに向かった。

 雨足はまだ強いまま。
 窓は開けない。


 

ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。