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動いてる今。

 毎日からだを使ってへとへとになって働くようになってから、ものすごく大変なんですが気持ちはどんどん開いて行って今までの自分では思いもしない行動ができるようになったような気がしています。

 働くことは私にとってものすごく大切なことで必要なことです。

 今の仕事は本当に私にとって必要なものでした。
 私はこの仕事に就けて良かったと心から思っています。


 そうして自分に必要なものって意外と自分ではわからないものなのかもしれないと感じたりしています。


 私、生きていてよかったし、自分にとって必要なものや人に出会うことのできる運を持っているのかも知れないと思う時があります。

 私、しあわせなのかも知れないと、思う時があります。

 今の自分の境遇がいいものとは言えないということはわかっています。
 不幸と言うしかないという見方も確実にできるけれどでも、その中に含まれているしあわせにつながっていきそうなものを見落としてはいけないとも思うんです。それを見つけたいと思いながらどうにもならないことの中で私は今を生きています。

 こんな状況になってしまったことが怖くてたまらないけれど、それと同時に新しいいいことを見つけたくて、探したくて、怖いことやおかしなことを苦しいと思いながら、明るい方に進んで行くためにどうしたらいいのかを一生懸命見つけようともがいています。

 私は生きていることが好きだから、しあわせだから、前を向くことができているんだと感じて感謝しています。

 生きているだけで自分のことをしあわせだと感じるkとができるようになったのは東日本大震災を経験したからかも知れません。

 生きてることはそれだけで特別なことだとその時からずっと感じ続けています。もしもいろんな偶然に守られていなかったら私はその時死んでいました。確実に死んでいました。本当に、生きていられたことは奇跡だと大げさだけど思います。子どももです。何かのよくない偶然が重なっていたら子どもも私も死んでいました。

 今生きていることは当たり前のことではないということがいつも頭のどこかにあります。

 本当に沢山の人達が亡くなってしまったことを目の当たりにしたことは、私を変えたような気がしています。

 でも具体的にきちんと言語化できる自覚はありません。
 逆にそんなことをしてはいけないような気がしています。
 それはある意味亡くなられた方々に対する冒とくになってしまう一面もあるような気がするからです。


 被災地から別の地域に越したことで人のきれいではない面をいくつも見てしまったような気もしています。

 被災したことは私にとって本当に大きな経験でしたが、その経験を共有できる人がいなかったことはとても辛いことでした。

 今経験しているくるしいことも共有できる人は身近にはいません。
 それどころかそれを地用して傷つけてきたり自分の利益につなげようとして困らせてくる人ばかりがいるような気もしています。
 辛いです。

 その苦しみに向き合い続けていたらきっと私は前を向く力を失ってしまう気がします。
 でも仕事をすることでそれ以外のことに向かって行くことができて、そのことが救いになってくれている面があります。だから感謝ができています。


 動き続けていることで救われている自分自身を私は好きだし肯定しています。否定なんてしていません。

 それと同時に今までの私を支えてくれていた人やものにも感謝の気持ちを持っているし、これからも感謝し続けていきたいと思います。

 だからこそ、私が大切にしていたものをおかしな理屈をつけて人に向済ませてしまったり、私自身を物理的に傷つけてくる人を絶対に許すことはできません。

 自分以外の人の尊厳を傷つけて喜んでいるなんて最低だと思います。

 そうする理由が妬みなら、傷つけてくる人が自分自身を満たす行動を自分がすればいいだけです。
 それをしないで人を傷つけて喜んでいるなんて間違っているとしか思えません。

 私、絶対に負けないで自分の思うことにまっすぐに向かいたい。

 自分を大事にしたいんです。




 働き始めてからひどいことをして邪魔をしてくる人に出会い、そのことで更に自分はまっすぐに自分自身の理想に向かっていきたいと思うようになりました。汚い人に負けるのは絶対に嫌です。だから頑張り続けます。


 生きていることを嫌いにはなりたくないし、後退はしたくないんです。

 今感じている可能性を手放したくはないし、自分が妥協し他ことを他の人のせいにはしたくありません。
 そうして逃げても何もいいことなんてないことは最初からわかっていました。

 でも正直、ものすごく苦しくなってしまうことも予測がついていたので、できることなら避けて通りたかったというのも正直な気持ちです。

 なんとなく誤魔化しきって暮らすことができていたらこんなふうにはならずに済んだとも思います。 

 それを許してくれなかったのは周りの人達がものすごい勢いで欲張って暴れたからです。

 してはいけないことを彼らがしなければこんなふうにはなっていませんでした。本当に残念です。

 でもそうなってしまったのなら最後まで頑張り切るしかありません。

 私は不可能に近い努力をするしかない状況に陥ってしまったことを現実として受け入れるしかないのです。

 それを理解してくれる人がいるのかどうかも分らないまま、私はそのまま前に向かうしかないのです。


 だからニット。
 だから食事。
 だから夢。

 そのために必要なことを一つずつ最初からまた作っていくしかありません。

 ぐちを言ってしまうぐらい私にとっては苦しいだ作業です。
 辛いなぁ。

 とりあえず一回、休憩します。





ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。